第十一章(2) 手を取り合う未来の為
当然、『魔族を束ねる存在』の来訪を、快く思っていない村人は、『ソラの時』よりも多かった。
村人達全員の前で事情を説明しても、聞く耳を持ってもらえず
「お前の一族の始末をこっちに押し付けるな!!!」「責任逃れだ!!!」
「今まで散々遊び呆けて(放って)おいて、今更すぎる!!!」
と、ルシベルに罵詈雑言を浴びせる村人。
子供達は、なぜ大人(両親)がここまで大騒ぎするのか分からない様子で、怒鳴り散らしている大人を止めようとする子供を、ソラ達(魔族勢)が宿の中に押し込めた(必死に抑えた)。
そんな大人の、辛く冷たい言葉を、ルシベルは『たった一人』で受け続けた。
村民が彼に対して物を投げたり、農具を構えた時には、ウズメ達が焦って止めに入ろうとした(宥めた)ものの、それ以外は特に何もしていない(傍観を貫いた)ウズメ達。
あえてルシベルを守らなくてもいい提案は、彼自身からの提案。
___いや、『お願い』だった。
「私を弁護する言葉もいらないから」という口止め(お願い)も添えて。
ルシベルは、村人たちの苛立ちが静まるまで(落ち着くまで)、ただひたすら耐えていた。
ただ黙って聞いているだけではなく、適度に相槌を打ち、自分の意思を合間合間に挟みながら。
その結果、ウズメが考えた『計画』を全員に発表するまで、丸一日を費やしたものの、彼の作戦は功を制した。
まだ悲しみや苦しみ(過去)が拭いきれない村人たちの気が変わったのは、窓の向こうから見える、彼が懸命に頑張っている姿を見てから。
酷い言葉を浴びつつも、自分の使命を全うしようと、誰にも届かないであろう『ウズメの体力』にガッツリ喰らいついている(負けないようにしている)姿には、誰もが感銘を受けた。
ウズメの体力は、並大抵のものではない。それは村に住んでいる人間なら、誰もが知っている。
「平和ボケしている」と彼女は言いつつも、ウズメの体力は、村に来てからも衰える様子は一切ない。
彼女が昼夜問わず仕事・練習に明け暮れている姿を見た、『兵士』という『体力勝負の仕事』を生業としていたツルキーですら
「もし俺が仕事(兵士)を辞めずに続けていたとしても、晩年まで頑張って仕事しても、彼女には到底
敵わないだろうね。」
と言わせるほど。
丸一日を費やした魔王との戦いに勝利したウズメの体力は、魔王の息子であるルシベルでも、ついていくのがやっと。
それでもルシベルは、弱音を吐くどころか、自分から「休憩にしよう」とも言わない。
ひたすら『彼女の両手』を握り、足を止めず、ウズメの動きに合わせ続ける。
その顔は、遠目から見ても本気なのが分かるほど、必死でウズメに喰らい付く(練習を重ねる)。
ここまでくると、もう『関心』なんて言葉では片付けられず、(見ていられなくなり)、誰もが心配になってしまう。
村人たちは心配するものの、飲み込みの早いウズメとの練習が楽しいのか、翌日には『互いに競い合うような目線』で踊る姿に、つい心惹かれてしまう。
これには、だんだん村人も、『本番』が楽しみになってくる。
今回の舞は、以前から見ている『ウズメのみの舞台』ではない事も、村人たちの期待を膨らませていた。
今まで『一人』で舞台を盛り上げていたウズメが、今度は『二人』で盛り上げる・・・という、今まで経験した事のない試み。
その基本を無知の状態から上達させるウズメも凄いが、そんな彼女を成長させたルシベルの力も相当なもの。
ただ一緒に踊っている(相手の動きを真似る)だけでは、誰もが目を奪われる舞台はできない。
互いに自分をアピールできる箇所を探し、一緒に踊るパートナー(ルシベル)も映えさせようとする。
その試行錯誤の積み重ねは、明らかに二人の舞を上達させていた。
「ほらほら、ルシベルもウズメも、今のうちに休んでおきなさい。
お腹がいっぱいの時なら、少しは落ち着いて休める筈だよ。」
「___そう言ってるヒスイの目も酷いよ。徹夜したんだね。」
眠気で足元が定まっていないのか、いつもは使わない手すりを使って階段を降りるヒスイ。
そして、屈伸をする度にヒスイの膝から聞こえてくる、『凝り固まった骨が砕ける音』
「ウズメ、ちょっと舞台から降りてくれる?
一応また『採寸』しておきたいから。」
「そのセリフ、今日だけでもう4回目じゃん。そんなに私の体型がコロコロ変わるわけないよ。」
「いいじゃん別に!!
それくらい気合い入ってるんだから、今回の衣装にぃ!!」
「分かった分かった、とりあえず採寸はいくらしてもいいから、一旦皆で睡眠取ろうよ。」
「あ、ルシベルさん・・・・・様の部屋は、私の隣です。
主人がベッドを無理やり移動させて、荷物を一旦客間に移しただけの、元・物置部屋だけど・・・」
「いえいえ、いいんです。わざわざすいません。
___あ。気を使わなくても結構ですよ。普通に『ルシベル』と呼んでください。」
「_____じゃあルシベル、一旦あんたの採寸も、もう一回やらせて。
今回、『男の衣装』を作るのは初めてだから、何か要望があったら言ってちょうだい。
後から色々言われるの嫌だから。」
「遠慮しなくなった途端にこの距離感・・・・・まぁヒスイらしいけど。」
大慌てで用意した(休む場所には適さない)部屋ではあるが、村に辿り着くまでは雨風に晒され続けていたルシベルにとって、それらが凌げるだけでも(静かに眠れる夜は)、最高に至福。
城にある自分の部屋でも、なかなか落ち着いて眠れる精神状態になかったルシベルにとって、狭くて埃っぽい部屋でも大爆睡。
ある程度作戦が決まった後、ルシベルは1日中、ずっと夢の中から出られなかった(眠りから覚めなかった)為、ウズメ達は心配していた。
ベッドはかなり年季が入っているが、主人が購入した『新品の布団』は、疲れで心身共におかしくなる寸前だったルシベルを暖かく包み込んだ。
ひとしきり練習した後も同じく熟睡状態になり、ウズメも向かいの部屋で、泥のように眠ってしまう。
そんな二人を見たヒスイ達は、[似たもの同士だな・・・]と、心の中で思っている。
二人がそこまで練習に励むのは、これが一世一代の、『最後の戦い』だから・・・というのも一因。
だが、村全体に流れる、『焦りと緊張の空気』が、二人に無茶をさせる要因である。
そんな空気が流れている原因、それは、いつ来るかも分からない相手(魔族軍)を待ち構えている状況下が、ジワジワと皆の心を締め付けているから。
だから、とにかく皆でやれる事を、我先に手をつける。
何か作業をしていれば、気が紛れる(考えなくて済む)。だから村全体が、ずっと慌ただしい。
勇者一行の一員だった時代(昔)のウズメも、『待ち受ける側』ではなく『凸撃する側』だった為、待っている間のもどかしい感覚が積もるばかり(焦りが隠せない)。
「え?!! カミノー村、今日は入れないんですかぁ?!!」
「ごめんなさいねぇー!!
この前の大雨で家の大半が駄目になっちゃったから、立て替えるまでは入れないのよぉー!!」
「そうかぁ、それなら仕方ないなぁ。じゃあ真っ直ぐ城下町へ行こう。」
「一段落したら、また来てくださいねぇー!!」
『カミノー村 立ち入り禁止』の看板に驚く、多くの旅人たち。
若干苛立ってしまう人もいたが、女将一人でどうにか捌き切れている。
___当然、彼らは知る筈もない。
カミノー村が、『国の歴史を揺るがす大ピンチの全責任』を抱えている事を。
それを広めるでもなく、助けを求めるでもなく、村の中だけで解決しようと奮闘している事も。
もし、そんな話を聞いてしまったとしても、信じてはもらえない。
___というより、『関わりたくない』人間の方が大半だろう。それが普通だ。
だから村の外では、数多の人間が、いつもと変わらない(平和で穏やかな)日常を過ごしている。
魔族の姿を見かけなくなった理由を、『魔王が討伐されたから』という、根拠のない結論(自分たちの考え)を疑う事もせずに。
「___でもさ、なんか森の奥から、すんごい『綺麗な音色』が聞こえるんだけど・・・・・」
「あ、あぁ、ウチの演奏家(リーフ達)ですね。
修繕作業も、ああゆう音色が聞こえてくるだけでも、捗りますから!」
「なるほどなぁ。」
森の奥では、リーフ達が『地面に5つの線と点』を刻みながら、何度も何度も奏でては止め、奏でては止め・・・を繰り返していた。
まさか森の外にまで、楽器の音色が漏れてしまうとは思っていなかった女将は、とりあえず『それっぽい話』で話を濁す。
いつも3人は宿で練習をしているのだが、今の宿はウズメとルシベルの世界で占領されている為、森の奥で練習するリーフ達。
いつもの森では響かないような音色に、森の住民(動物・昆虫)の動きも、いつもとは違う。
音色の発端であるリーフ達を遠目で眺めつつ、心地良い気持ちでうっとりしている様子。
エルフの楽器から奏でられる音色には、リラックス効果が種族を問わずに発揮される。
普段から森を忙しなく駆け回っているイノシシでさえ、目を閉じて地面にうつ伏せ状態。
リーフ達が演奏している頭上では、餌を求めて飛び回っている筈の鳥が一切飛ばず、雛も空腹を忘れる(静かに聞き入る)程。
だが、リーフ達の空気も、若干ピリピリしていた。
今回制作する新曲は、『いつもとは全く違ったテンポ・流れ・奏で方』が求められるから。
何度も同じところでやり直しては、互いに意見を出し合いながら、少しずつ完成へと向かっていく。
3人が互いに納得するまで、森の演奏会(3人の練習)は終わりそうもない。
そんな3人の演奏は、森に近い村にも、しっかり届いていた(聞こえていた)。
距離が離れていても(小さな音でも)、耳に入った音色は、疲れ切ったウズメとルシベルの心身を癒し、深い眠りへと誘う。
ヒスイが部屋に入ると、ウズメはまるで『放置された人形』のような体制で熟睡している状態。
いつもの溌剌な彼女からは想像もつかない、完全に無防備な姿が見れるのは、ヒスイでも珍しい。
だからヒスイは、ここぞとばかりに、穏やかな顔で眠っているウズメの頭を、優しく撫でる。
少し汗でベタついている(湿っている)が、ウズメの頭を撫でられるのは、今くらいしかない。
「こうしている時は、『普通の女性』なのにね。
___でも、どうして、人一倍『普通の女性』を望んでいる貴方が、こんな目に遭わなくちゃいけな
いのか、未だに分からないよ。
_____私にできる事は、どうかこの戦いを最後に、ウズメが『普通の人生』を送れるように、祈
るだけだよ。」
ヒスイだけではない、丘の上で頑張って作業を続けるミラもまた、ウズメに『普通の生活』を送ってもらう為に頑張っている。
そう、『今度こそ』・・・・・
村で生活するウズメは、戦っている(過去の)ウズメより何十倍も輝いて見えた。
そんな彼女の生活が見られた事は、二人にとっても何より嬉しかった。
ウズメが危機に晒される度にヒヤヒヤする生活からも解放されるのも嬉しかったが、何よりも彼女が、自分たちと一緒に笑い合える事も嬉しかったのだ。
もちろん、二人にとってはコーコンからの暴力のない日々が、昔から思い描いていた理想でもある。
しかし、ウズメとの絆が深くなっていくにつれて、自分たちよりウズメが心配になっていった。
常に心臓が刃の(死が)目の前にある状況下で、ただひたすら自分の感情を押し殺して(無視して)戦うウズメは、守られる側からすれば、まさに『理想の英雄』
だが、ウズメだって守られる側と同じ人間。感情もあれば、意思もある。
それらを全て押し込めている人間が戦う様は、まさに『ロボット』
二人とも、そんな彼女が壊れてしまわないか、戦いが激しくなる度に思ってはいるものの、どうする事もできず・・・・・
そんな二人の葛藤の日々が、ようやく終わりを迎えたのに、迫り来る『無慈悲で大きな壁』
しかし、ウズメが、『再び戦う』・・・という選択肢を取らなかった事に、二人は内心驚いていた。
だが、同時に嬉しくもあった。
彼女が自らの口から「戦いたくない」という言葉を口にしていた事も・・・・・
「___もうウズメには、戦ってほしくない。それが私のエゴじゃなかったから、嬉しかった。
だからウズメには、これから先もずっと、老いておばあちゃんになるまで、穏やかに生きていてほし
いんだよ。」
「_____そして3人で、穏やかに人生を終わらせたい。」
「えっ?!!」
今まで爆睡していた筈のウズメが、微笑みながら見上げている(ヒスイを見る)。
ヒスイは顔を真っ赤にしながら(照れながら)、部屋から飛び出した。
だがその直後、勢いよく閉めたドアを見つめながら、その場でしゃがみ込んでしまう。
そしてドアに向かって、「ありがとう」と一言だけ告げて、ヒスイは自室に戻る。




