第十章(6) 新たなる魔族の王・ルシベルの懇願(こんがん)
「これも全て、我ら一族の責任です。
魔族のいざこざを一切解決しないばかりか、その責任を全て人間社会に持ち込んでしまった・・・
そのせいで、一体何百人・何千人が、命を奪われ、それすら見て見ぬフリ・・・・・」
「そんな・・・・・むしろ私の方が申し訳ない。
私があの(決戦の)時、少しでも貴方の父親と対話をしようと試みていれば・・・・・
私たちが、貴方のお父様を、もっと知ろうと努力していれば・・・・・」
___と言いつつ、ウズメは深々と頭を下げるものの、心情は・・・
(_____でも、例え対話ができたとしても、『あのヒーローもどき』が素直に応じる未来が見えて
こないんだよなぁ・・・)
ルシベルは、コーコンの本性(本来のコーコン)を知らない。
だから、『魔王と勇者が平穏に対話できた未来』が、安易に想像できる。
ルシベルの『純粋な可能性(希望)』が、叶う未来が想像できない心境を、あえて口にできないウズメは、自分が『意地汚い・卑怯な人間』である事を自覚した。
そう、『自分もコーコンと同じようなもの』と。
そんなウズメの心境を、側にいたツルキーは察していた。
自分を責めるウズメに、ツルキーは背中をポンポンと叩いて慰める。
彼もよく知っている、命をかけた戦いに、綺麗事が通用したら、誰も苦労しない事を。
だからこそ、非道な選択も行動も許される。そんな事を疑問に感じていたら、戦えなくなる。
一体、どちらの方が罪深いのか、どちらが責任を負うべきなのか。
そんなの考えても、誰も答えを出そうとはしない(キリがない)。だから誰も考えない。
それでも頑張って考えようとするルシベルは、ウズメから見たら『正真正銘の勇者』
彼女が長年共に戦ってきたコーコンよりも、ずっと優しくて、ずっと強い。
___だからこそ、悩むのかもしれない。優しい人ほど悩みやすく、病みやすい。
「挙句の果てに、今までにない大戦争を引き起こそうとする彼らを、私は止める事すらできず・・・
貴女にとっても、私に頼られることは、不本意この上ないと思います。
しかし、全責任は私が背負います。だから、貴方の力が必要なんです・・・!!!
お願いします、どうか力を貸してください!!! この不甲斐ない私に!!!」
ルシベルは、勢いよく椅子から立ち上がると、その直後に頭を床に擦り付けて懇願する。
その背中から見えてくる、辛く重い気持ちが、余計にウズメ達の心を締め付けた。
どうして、誰よりも互いの種族の未来を存在が、此処まで苦しまなければいけないのか。
彼は種族の王としてはとても優秀なのに、どうしてこれほど苦しまなければいけないのか。
そんな疑問を打ち消す為にも、ウズメは『もう一度』、『もう一度だけ』、立ち上がる事に決めた。
「___要するに、ルシベル様が頼みたいのは、もうすぐ人間の領地を攻めてくるかもしれない、君の部
下を止めてほしい・・・って事ですね。」
「す、すみません。話が長くなってしまって・・・・・」
「いやいや、いいんですよ。
私としても、貴方様の強固な意思を聞けた事も大事ですけど、ずっと前から抱いていた私たち疑問に、
答えてくれましたから。」
「___ただ、この話を、国王陛下が信じてくれるかどうか・・・も問題だな。」
「全てを信じてもらえなくても結構です。
私が信じてほしいのは、人間と魔族との溝を、これ以上深くしたくない事。
もう、不利益で意味のない争いは、繰り返したくはない。
でも、まずは私の暴走している部下を止めなければ、この『理想郷(カミノー村)』が・・・
私も貴方たちと同様、この村を失いたくない・・・!!!」
ルシベルが、徐々に自らの感情を露わにする。
その姿は、未熟ながらも自らの力で奮闘する『思春期の男子学生』を彷彿とさせる。
彼の懸命な訴えは、多少迷いが見え隠れしていたウズメ達の心に、直接訴えかけた。
カミノー村だけではなく、この国全土を、異種族が手を取り合える世界で染める、それが『彼の夢』
それは、今は亡き愛する父親の夢の延長線であり、ルシベルの『魔族を率いる、新たな時代の王』の世界(未来)。
そんな未来を、ウズメとツルキーは、この目で見たい気持ちでいっぱいになっていた。
「此処こそ、新たな時代の先駆けであり、亡き父が夢見た世界を証明してくれた場所。
その夢を叶えてくれた場所を守る事こそ、私が亡き父にできる、『親孝行』だと思っています。
その為には、私だけの力では足りない。協力してくれる(共に歩んでくれる)存在が必要なんです。
ですから、皆様の力を、どうか・・・・・貸していただけないでしょうか?!!」
ルシベルの懇願は、壁が震えるほど宿中に響く。
その声を聞いた2階のメンバーが、ジロジロとホールを覗いていた(様子を伺う)。
___しかし、事情を知らない(無関係な)宿泊客は、リーフ達がどうにか抑えている。
こんな所に『魔族の新たなる長』がいたら、気絶してもおかしくない(パニックでは済まない)。
フードを脱いだ彼の姿を一目見ただけでも、彼が『また村へ迷い込んだ(野良)魔族』ではない事は、説明を受けなくても分かる。
ただ、ウズメを心配そうに見ているヒスイとミラは、ずっとハラハラしている様子。
彼がどんな存在なのかは一目で分かるが、彼が何の目的で此処へ来たのかは、まだ知らないから。
(敵討に来たのでは・・・?!!)と思っている様子で、階段を降りようか(話に参加しようか)迷っていた。
そんな2人の視線に気づいたウズメは、下瞼に溜まっていた涙を拭き取ると、ルシベルのもとへ歩み寄り、彼の手を取った。
「___そうね、私が貴方のお父様にできる贖罪は、
かつて貴方達が夢見た、このカミノー村を守り、魔族と人間が手を取り合う、新たな時代を守る事。
だけど、その新たな時代を築く為には、今も進軍しているかもしれない、貴方の部下を止めなければ
いけない。
_____なんだって。」
ウズメが斜め上(2階の廊下)に視線を向けると、2人はすぐに彼女の言葉と状況を飲み込み、ゆっくりと階段を降りて来る。
ただ、それでも2人の心境は、まだ穏やかにはなれない(安心できない)。
むしろ、不安が大きくなりすぎて(一気に溢れ)、何も口にできない(言えない)状態。
「___でもルシベル様、私はもう、武器を持って戦いたくありません。
だから私は、『武器を持たずに』、この窮地を打破しようと思っています。
_____だって、ようやく『普通の生活』に落ち着いてきたのに、また武器を持って戦ったら、今
までの苦労が・・・・・」
そう言いかけた瞬間、ウズメが見ていたルシベルの顔が、急に『今まで対峙してきた魔族の顔』に見えてしまう。
彼女自らが発した心境が、『勇者の右腕としての視界』に変えてしまう。
目の前に立ち塞がる魔族が、虎視眈々と命を刈り取ろうと狙い、そんな彼らに矛先を向けている自分。
今まさに襲われるかもしれない、数秒後には我が身が冷たくなるのかもしれない。
そんな心境を交えた視界は、とても冷たく、無情なもの。
そんな光景を思い返したと同時に、ウズメは怖くなってしまった。
またあの惨劇に置かれた『今の自分』が、生き残れる未来が、全くと言っていいほど見えてこない。
だが、彼女は戦いたくない気持ちを譲れなかった。もう戦える技量がないから・・・ではない。
せっかく掴み取った『平和に染まり切った自分』を、自ら手放したくないから。
そんな彼女の心情を察したルシベルは、すかさず彼女(仲間)の両手を強く掴んだ。
彼もまた、『新たな時代の可能性』を手放したくない一心を胸に、ウズメを抱きしめる勢いで離さない。
「それでいいんですよ。貴女の考えは、当然です。
___それに、もし流血沙汰になったら、進軍を無事に止められても、後々になってトラブルの引き
金にもなります。
まだ進軍を止める方法は未定のままですが、『私と共に頑張ってくれる仲間』ができただけで、私に
とって大きな力です。」
ルシベル達が語り合っている間に、いつの間にか土砂降りだった空に、光が灯り始めた(太陽が見えてくる)。
そして、窓から差し込む太陽の光に照らされたルシベルの顔は、先ほどよりも明るくなっていた。
彼の顔は、ウズメとほぼ年の変わらない『青年』のような顔である事に、ツルキーは少し驚く。
先ほどの重苦しい語り方とのギャップに、思わず目を疑った(一瞬頭が混乱する)。
それこそ、城下町で悠々自適な生活にどっぷり浸かっている貴族・王族よりも、ルシベルの方が色々と優っている。
それ程まで、彼は『時期魔王』としての責任を感じている(自覚がある)証拠でもあった。
新たな時代を、魔族が生き残る方法を、必死に模索した結果、此処にいる(協力を求めた)。
___正直ツルキーは、貴族も王族も、『同じようなもの(我儘で強欲)』だと思っていた。
貴族・王族にも、『職種』や『管理地域』など、各々の違いがあるのは彼も周知している。
しかし、どの人も決まって、『同じような格好』『性格』をしていた。
だから、相手がどんな存在なのかを探る事自体が、無駄だと感じていたツルキー。
男は腹の脂肪を抱えるパツパツの服で、自分の職務がいかに苦労が多いか・いかに大切な仕事なのかを語ってはいるものの、自分の欲には忠実。
女は、むせかえるほど強い香水の臭いを全身から発し、自分より格下の皮肉で見下しながら、必死に自分をアピールする。
そんな貴族・王族を見てきたツルキーにとって、ルシベルはまさに『良い意味で異端』
___しかし、不思議と心が軽くなり、『喜び』と似た感覚のツルキー。
長い兵士生活で、凝り固まった彼の考えは、ルシベルとの出会いで大きく変わった。
今のルシベルの姿は、貴族・王族とは程遠い。
泥だらけの服と、その内側から見える細い体は、何日間飲まず食わずで、自分の責任を抱えて村まできたのかを物語っている。
それでも、相手に対する敬意を忘れず、出会ったばかりのウズメ達が、どんな人間なのかを観察して、しっかり受け止めていた。
何かと責任逃れに奔走して、自分より格下の相手をとにかく見下すのが当たり前の人間(城下町でふんぞり返っている貴族・王族)と同等の存在とは思えない程、まさに彼が『上に立つお手本』。




