第十章(1) 新たなる魔族の王・ルシベルの懇願(こんがん)
コンッ コンッ コンッ
「___?」
コンッ コンッ コンッ
大粒の雨が激しく窓を叩く音に混じり、『それ(雨音)とは違う音』を耳にしたウズメ。
玄関前に置いてある薪の束を持ち上げようとしたウズメは、一旦玄関に聞き耳を立てる。
ウズメの異変に気付いたツルキー・ソラ・オロチの3人も、ドアに近寄るとその音を耳にした。
音をよく聞いてみると、誰かが一定のテンポで、ドアをノックする音だった。
しかし、外は豪雨、出歩くのも困難な天気。こんな時に、誰かが訪ねてくるのは、明らかに不自然。
ただ、『開けない(無視する)』という選択肢は、どうしてもできなかったウズメ。
もしかしたらソラ達と同様、森で迷って助けを求めているのかもしれない。
もし宿の前で事切れていたら、後味が悪すぎる。
強盗のような『よからぬ集団』だとしても、ウズメにはまだ、『勇者の右腕だった頃の記憶』が、体に残っている。
数年が経過しても、その感覚が未だに消えないのは、彼女の舞いが、かつて戦っていた頃の名残があるから。
ウズメは一旦3人の方へ振り向き、[開けるよ・・・]と、目線で合図を送ると、3人は静かに頷く。
どちらにしても、ドアを開けるだけ(普段の何気ない動作)でも、だいぶ怖いこの状況。
厄介事の対処には慣れているウズメでも、『心霊的な恐怖』には弱く、ノブを握りしめる手にも力が入ってしまう。
ギィィィィィ・・・・・
「_____すいませんが、此処はカミノー村の宿でしょうか?」
「はい、そうですけど・・・・・」
「___じゃあ、『ウズメ』という『人間』をご存知ですか?」
「__________」
ウズメは、何も答えられなかった。
こんな豪雨のなか、村に来る時点で相当怪しいのだが、一番違和感を感じたのは、その『言葉』
普通
「『ウズメ』さんをご存知ですか?」「『ウズメさんという方』をご存知ないですか?」
と聞くのが普通。質問する本人が、『同じ人間』なら
魔族という存在を知らない、前世のウズメ(舞)だったら、何の違和感も抱かなかったかもしれない。
だが、わざわざ言葉に『人間』という単語を含ませた時点で、含みがあるのは、ほぼ間違いない。
ずぶ濡れになった真っ黒のフードを深々と被っている為、相手が男なのか女なのかも分からないが、今の一言である程度、相手の正体が掴めたウズメとツルキーの2人。
相手は、『魔族』 しかも『相当知能がある』
わざわざ家の中の人がドアを開けるのを待ち(勝手にドアを開けず)、此処へ来た目的まできちんと説明してくる相手が人間なら、2人はそこまで警戒しない。
だが、ここまで懇切丁寧でマナーのある魔族は、前代未聞。
しかも、相手はウズメを『名指し』で聞いてきた。
ただ、『名前』を知っているだけで、どうゆう人間なのかは知らない様子。
ウズメが怪しんでいる様子を察した訪問者は、咳払いをしながら、少し『言い方』を変える。
「この村は、『魔族』と共存している話を聞いている。
その発起人が、『かつて魔王を倒した勇者の仲間』である事も。」
この発言で、ますますウズメ達から怪しまれた訪問者だったが、彼は至って堂々とした姿勢。
逃げるでもなく、「改めて伺います」とも言わない、『怪しまれる事を恐れない態度』
今まで多くの魔族を迎え入れてきたウズメ達にとっては、今までにない新しいタイプ。
ウズメは相手の姿勢に負けじと、勇気を出して口を開いた(聞いた)。
「あの・・・・・私が貴方の探しているウズメですけど・・・・・
貴方は何が目的なんですか?」
「___やはりそうか。なら単刀直入に言う、
どうか『私たちの歴史』の為に、『大切な仲間』の為に
尽力してほしい事がある。
私は、勇者一行に倒された魔王の『息子』
『ルシベル』と申します。」
「っ??!!」
ウズメは、思わず腰を抜かした。
体がつい反射的に、いきなり回避の体制に入ってしまう(危険を察した)。
しかし、混乱する頭では体が上手く動かせず、そのまま床に倒れ込んだウズメ。
そんなウズメの様子を見て、魔王の息子(魔族の王子)ルシベルは、ゆっくりと宿に入ると、今まで被っていたビショビショのフードを取る(改めて挨拶をする)。
雨の中を、ずっと歩き続けたのか、髪も顔も濡れているが、彼は寒さに凍える様子を一切見せない。
彼の顔を見た瞬間、その場にいたツルキーやソラ達も、思考を停止してしまう(体が動かない)。
ウズメ達との話し合いで、魔王についての詳細は何も知らないソラ達ではあったが、そんな彼女達でも、彼が魔王の息子である事を疑えなかった。
風格や威圧感は、並大抵の魔物なんかではない。
ウズメやツルキーが、今まで見てきた(頭を下げてきた)貴族や王族とは、比にならない程。
頭に生えた湾曲したツノ 燃えるような真っ赤な瞳
まるで夕暮れが終わる直前のような、紫紺色の長い髪は、雨粒が伝うほど光る
その姿を見て、ウズメは思い出した。
かつて、傷だらけになりつつも立ち向かい、何度も何度も力の差に圧倒された、『最後の戦い』
それは、ウズメが『勇者の右腕』を名乗っていた、最後の瞬間。
ウズメの決死の争い(反撃)で、ようやく魔王の顔が露に。
それと同時に、勇者の剣が魔王の胸を貫いた際、その顔をようやく拝む事ができた。
ただ当時は、勝てる確証が限りなく低かった事もあり、ウズメ達は、魔王の顔をしっかり確認する(見る)余裕もなく。
だが、鮮明に刻まれた記憶が呼び覚まされると同時に、今更になって思い出した『魔王の素顔』
その顔は、今目の前でウズメを見下ろしている、若い魔族と『瓜二つ』
ウズメ以外の仲間に関しては、そもそも魔王の顔を知らないものの、ウズメの青くなりながら唖然とする様子を見て、彼の言葉が本当であることを悟る。
魔王の素顔を見たのは、あれが最初で最後だったものの、その瞬間が、劣勢だった戦況がひっくり返った『運命の一瞬』
それと同時に、この国の時代が大きく変わる、まさに『歴史的瞬間』
その瞬間が過ぎたと同時に、魔王軍は敗北。勇者一行の勝利に終わった。
それからすぐ、魔王は首を斬られ、その首は、城で魔術師達の手により葬られた。
炭も残さないほど、徹底的に燃やし尽くす光景が、ウズメの瞳の中で『録画』のように再生される。
その映像が現実の目線(ルシベルの姿)に切り替わったと同時に、ウズメは今の状況に『血生臭い未来』しか考えられなくなり、焦って体勢を元に戻す(立ち上がる)。
だが、彼女の目の前にいるルシベルは、至って冷静な顔で、紳士的な振る舞いを続けている。
よく見てみると、彼は武器を一本も身につけていない(完全に無防備な姿)。
よくそんな姿で、此処まで来れたのか不思議に思えるほど。
「当然訪問してしまい、申し訳ない。
ただ、『人の目も魔族の目も少ない』今だからこそ、私は此処へ無事に来ることができた。
___城から抜け出すまでも、かなり苦労したが・・・」
ルシベルが顔を擦った箇所から、血が滴り落ちていた。
雨に濡れていた為、気づかなかったウズメ達だったが、肌が暖炉の熱で乾いてくると、徐々にルシベルの顔に刻まれた傷が露わになる(見えてくる)。
その傷口から染み出してくる血の色は、あの時の光景(父親)と同じ。
ウズメは彼の頬から流れる血を見て、魔王の首が完全に首から離れた瞬間の『ズバッ・・・』という、生々しい音が頭に響くのを感じ、思わず口を押さえてしまう(吐き気を催してしまう)。
あの時は、自分たちの勝ち取る事に必死だった。決着がつくまでは、『帰れなかった』
約1日を費やして、最終決戦を生き残ることができたウズメ達だったが、あの頃の自分が、今では『魔物以上に恐ろしい存在』に思えてしまうウズメ。
今のウズメは、相手が人間だろうと魔族であろうと、傷ついていたら慌てふためく。
過去の自分から、どうして今のように変われたのか(常人の感覚に戻れたのか)、率直に疑問を抱く。




