第二章(2) カミノー村
ウズメは心の中で、勇者 コーコンを『クソ野郎』『アイツ』と呼んでいる。
実際は「勇者様」「コーコンさん」と呼んでいるのだが、彼を慕う気持ちは微塵もない。
『戦闘技術』や『武器の扱い』については、ウズメよりも彼の方が上なのは、彼女自身も認めている。
だが、いくら力が強くても、博学でも、ウズメは勇者に心を許すことはなかった。
あくまでも『ビジネスパートナー』
全て(魔王討伐)が終わってすぐ、村を目指す彼女達3人を、勇者は引き止める(躊躇する)事もなければ、見送る事もしなかった。
___つまり、互いに『それ程の関係』なのは、自覚があった。
それが二人にとっては、互いを思いやっているつもり(無難)だったから。
だが、ウズメの『変人加減(お人好し)』は、勇者が誰よりも疑問視していた。
コーコンはいつも、自ら「困っています」と声を上げる人にしか、救いの手を差し伸べない。
国王からの命令があれば話は別なのだが、コーコンに関しては、『助ける人を選んでいる』
助けて得になる人間を品定めして、助けた後は相応の報酬を必ず求める。
それとは別に、ウズメがコーコンを心の底から尊敬できないのは、『この国で一番地位の低い人間(奴隷)』に対しての態度。
特にミラに対しては、『殴る』『蹴る』の暴力行為は当たり前。
髪を引っ張られ、ふざけ半分で湖に突き落とされ、食事や睡眠も十分に貰えない。
そんな非道な扱いを、他のメンバーも笑って眺めているこの光景が、この世界では『普通』である事実に、ウズメはしばらく自らの殻に籠って(心を失って)しまった。
城下町の一角には、檻の中に入れられ、手枷や首輪で自らの立場を露呈する奴隷が売られている。
ミラもかつては、その仲間の一人(商品だった)。
コーコンが彼女を選んだ理由を、ふとウズメが聞いた際、彼女は自分を殴り飛ばしたくなった。
「え? 彼女を選んだ理由?
そんなの
『絶対俺に逆らわない雰囲気』だったから。
下手に体がデカい奴を買っても、返り討ちに遭いそうだからな。
アイツが刃物を持ったところで、この俺に敵うわけがない。」
ただ、一方的に彼を批判できないウズメ。
勇者も勇者で、色々な重圧に耐えているのは、旅に同行している彼女も知っている。
人々から重すぎる程の期待(未来)を背負わされ、いくら辛くても、やめたくてもやめられない。
各地で魔族によって傷ついた人々を支えては、人々の生活を脅かす魔族を倒していく。
国から『勇者』という『生贄のレッテル』を貼られた人間の末路。
それに関しては、ウズメも同情していた。『それだけ』は。
同時に、勇者と共に旅をする仲間に関しても、簡単に抜けることは許されない、暗黙のルール。
もしそんな事をすれば、周囲の人間から『役立たず』『恥知らず』と言われ、一生遠巻きにされる。
言わば、『片道切符』のようなもの。
ウズメも、最初(出会う前)から『勇者の本性』を知っていたら、加入しなかった。
___それでも、ウズメは勇者一行に加わったことをきっかけに、2人に出会えた事に関しては、嬉しく思っている。
彼女にとって、『第1の親』『第2の親』と並ぶくらい、大事な存在。
ありのままの自分自身を受け入れ、他愛のない話でも、真剣な相談事でも聞いてくれる。
だからこそ、ウズメはコーコンの行いが、どうしても許せなかった。
当然、『前の世界』とは、倫理や価値観が違うことは、二度目の人生(14年)で学んでいる。
『前世の世界』でも、国を跨げば常識や価値観が変わってしまうのは、様々なドキュメンタリー番組から見て取れた。
この世界には、『テレビ』どころか『ラジオ』もない。
だから、自らの五感で感じ取り、自らが判断するしかない。
___だからウズメは受け入れられなかった、見ていられなかった。
例えコーコンの非道が、この国では『当たり前』だったとしても。
『虐待されるミラ』は、彼女にとって『自分の前世』
ウズメの『前世』では、殴られたり蹴られたり・・・といった、『肉体的パワハラ』は受けなかった。
ただ、彼女の受けた『精神的ダメージ』は『肉体的なダメージ』に匹敵する。
その上、精神的にギリギリになると、自分自身の体が、知らぬ間におかしな事になっていた。
何を食べても味がしない(おいしくない)、視界が霧に包まれたようにぼやける・・・等。
目には見えないが、心は傷つき、苦しんでいる。
だからこそ、『心の傷』は目に見えないものの、決して許される事ではない。
その上、ミラは勇者一行のなかで一番最年少(10才)
にも関わらず、体の大きさが倍以上もあるコーコンやその仲間は、何かある度にミラを傷つけていた。
彼女が失敗すれば、罰として殴られる。機嫌が悪ければ掴みかかる。
そう、コーコンが『ミラを選んだ理由』が、ひっくり返っている状況。
これが本当に、周囲から『勇者』と称えられている人間のやる事なのか、もう疑うのも疲れてしまうほど、一行の旅路では『見慣れた光景』になってしまった。
___いや、ウズメだけが慣れなかった。慣れなかったから、一目散に彼らから離れたのだ。
そうしないと、コーコンに対する憎悪の念が強くなっていき、いつか自分自身を抑えられなくなる。
ウズメは一時期、コーコンの顔を見ること自体が苦痛になった時も。
彼女にとってコーコンは、『自分を突き飛ばした上司』にも見えてしまう程、嫌悪していた。
普段、国民に見せているニコニコした爽やかスマイルと、ミラやヒスイにだけ見せるニチャニチャとした不気味な笑み。
仲間にしか見せない素の彼は、あまりにも酷かった。
その上、コーコンは自分の醜い趣味(本性)を隠すのがとても上手く、傍観している仲間(一行)に対しても、時折圧力(脅し)を加えて、余計な口を叩かないようにする。
各々の『弱点』をよく理解して、圧力をかける相手によって言葉を変えて。
「もし少しでも俺の横行を喋るようなら、お前が俺に借りた金の倍額は返してもらうからな。
どんな非道な手段を使ってでも。まぁ、お前の代わり(弓矢使い)なんて、探せばいくらでもいる。」
「何か勝手な行動をとれば、お前を魔族の巣にぶち込むぞ。
ただ回復しかできないお前の泣き叫ぶ顔を見られるのが楽しみだ。」
「ウズメ、俺をあまり不快にさせるんじゃないよ。
もし君が、これ以上『あの小娘』を庇うんだったら、『奴隷をクビ』にする事だって簡単だ。
___知ってるよな?
『奴隷をクビにする』って事は、『亡き者』にされる・・・って意味だからな。
お前は力任せに動いているように見えて、意外と賢い。だから『この程度』で済ませてるんだぞ。」
そう言われてしまっては、手も足も出ない(反論すらできない)。
だから結果的に、ミラ・ヒスイを含めた全員が、コーコンの言いなり。
戦況が激しくなると、コーコンの傍若無人ぶりは加速していた。
ミラの傷跡は日に日に増え、日に日に深くなる(治りにくくなる)。
だからウズメも含めた仲間は、魔王の討伐に急いだ。
早くしないと(彼から逃げないと)、魔王ではなく、勇者によって命を絶たれそうだったから。
そんな全員の願いが通じたのか、どうにかミラもヒスイも無事にエンディングに加われた(生還)。
城下町での報告が終わったと同時に、ウズメは即座に二人を連れて城下町を出る(逃げた)。
だからウズメは、他のメンバーの今後は一切考えていない。
彼女にとっては、他のメンバーの心配より、自分たちの新しい生活の方が心配だったから。
「___もし、私が『あの時』、油断してなかったら、こんな未来があったのかな・・・?」
「ん??」「どうしたの、ウズメ」
「あっ、何でもない何でもない!!」
持ってきた荷物を整理しながら、ぼんやりと考え込んでいたウズメ。
魔王と戦う直前は、『かつての自分』を考える余裕はなかったが、最近になって、その『癖』が復活。
思い返しても、対して得をするわけでもなければ、以前の世界に帰りたいわけでもない。
ただ、前世の経験は、今に活かされている。___が、本人はあまり喜べない。
幼い頃の思い出は普通だったのだが、彼女が転生するきっかけとなった『社会人時代』は、世界が変わった今も思い出すだけで、吐き気を催してしまう。
だがその頃の経験が生きている現状が、妙に腹立たしい(納得できない)。
彼女を死に追いやった上司の罵詈雑言が、正しかった事を証明しているような気分になる為。