第九章(2) オロチの味
ウズメは『火力』という言葉を聞いて、真っ先に思い出した記憶(思い出)がある。
それは、小学生時代の『家庭科の授業』
その日はグループ(班)に分かれて、皆で『ハンバーグ』を作っていた。
野菜を切り、それを挽肉や調味料で混ぜ、ペタペタと形を整え・・・・・
そう、ここまでは、どのグループも順調だった。
そしていよいよ、最後の難関である『加熱』 そこで、大半のグループは失敗に終わってしまった。
グループ(1)は、火力が強すぎて黒焦げに
グループ(2)は、火力は良かったのだが焼き過ぎて、食べられるのだが岩のような硬さに
グループ(3)は、慎重にやりすぎて、表面は焼けているのに、中は生のまま
グループ(4)には『親が定食屋を経営している子』がいた為、大成功だった
グループ(1)に振り分けられていたウズメは、惜しみながら『真っ黒な塊』を捨てるしかなかった。同じグループだった男子はというと、真っ黒になってしまったハンバーグに逆ギレして(納得できず)、後片付けもせずに昼休み(グラウンド)へ直行。
他のグループでも、グチグチ文句を垂らしながら後始末、成功したグループを恨めしく見ていた。
せっかく成功したグループは、美味しくできたにも関わらず、皆からの冷たい視線を浴びる。
その視線に晒されるなか、担任から褒められる・・・という、『後味の悪い終わり方』になった。
この授業で、一番勉強になった事は、『火力の難しさ』
_____そして、『成功する事は、褒められるとも限らない事』
ともかく舞は、この授業の苦い思い出(失敗)をきっかけに、毎日台所に立つ母を敬うようになった。
強すぎても焦げる、弱すぎても焼けない。その絶妙な加減を維持するのも、また難しい。
もちろんこの世界の厨房は、『ガスコンロ』でもなければ『IH』でもない。
主人は薪の上で火を育て、その火の力を維持したまま、その上で焼かれている食材にも目を向ける。
そして、主人は火の始末(鎮火)も完璧。だから宿では今まで一度も、火事になった事はないそう。
そんな主人が愛用している『釜戸』は、前世の生まれ故郷(田舎)にあった、地域の歴史博物館で何度も見ていたウズメ。
だが、それは『展示品』 実際に使いこなしている人は、後にも(前世でも)先にも(ウズメになっても)初めて見た。
ウズメ達も、釜戸が扱えないわけではないものの、客の注文を捌き切れる自信がない。
その上、宿の料理はほぼ釜戸が必須、さすがに『生物の食材』だけを提供するわけにもいかない。
だが、そんな宿の危機は
『ウズメの咄嗟の判断』と『新しい住民の加入』
によって、何とかなりそうだった。
「なんか、ごめんなさい、強引に村の一員に加える形になっちゃって・・・」
「いや、むしろ嬉しい。
俺もこの村が気に入った、それに『まかない』っていう料理も、毎日美味しいし。」
「『まかない』は料理の名前じゃないんだけど・・・・・まぁいいか。」
「___よしっ、ステーキ3人前完成したぞ!!」
「はーい、運びまーす!」
ミラが付け合わせの葉野菜をちぎりながら(サラダを作りながら)、横でステーキを焼きながら他愛のない会話をするリザードマン 『オロチ』は、凄い手捌きで料理をパッパッと作っていく。
どうにか宿の主人を厨房に運んで、一通りの説明をオロチに教え込んだだけで、彼は釜戸の扱いを完全に理解する。
その飲み込みの速さと、火力を自由自在に操れる力を目の当たりにした主人と女将は、安心した。
そこまでできるなら、お客様に出せる(責任が必要な)料理も、下処理(準備)も込みで任せられる。
主人がオロチに、料理のイロハを教えるのに没頭している姿は、まるで『お父さんと息子』
娘(ウズメ達)には恵まれてきたが、息子には恵まれなかった主人は、すっかりオロチを息子のように可愛がっている。
まだオロチが飲み込めない(理解できない)『味付け』に関しては、皆が担当する。
こればっかりは、とにかく食べて覚えるしかない。オロチは毎日『食べる気満々』
だから、オロチが人間の味覚(『美味しい』とは何なのか)を覚えるのも、そう遠くない。
火の調節が上手いオロチにかかれば、数人分のステーキを同時に焼いて、『好みの焼け具合』もきっちり調整できる。
時折、オロチが自らの口から火を吹き、『直焼き』・・・なんて芸当も。
その光景は、もはや一種の『パフォーマンス』 近々お客さんの前でやってもらう計画も練っている。
おかげで宿のメニューが一気に増え、大人になる一歩手前の子供を『バイト』として、社会勉強させられる(雇えるようになる)まで、宿の費用は潤滑に回るようになった。
まだメニューには載せていない、研究段階の料理もある為、しばらくは新メニューにも困らない。
あまりにもオロチが有能すぎて、最近の主人は、ちょっと頬を膨らませている(寂しがっている)が、相変わらずオロチは主人にベッタリ。
厨房になっていない時は、ただひたすら主人と『料理談義』に花を咲かせている。
だから、身動きができない主人も、滅多に取れない休みを満喫している(退屈していない)様子。
「ふぅー・・・一段落ついた。」
「こ、これで良かったのか?」
「うん!! もう十分すぎるくらい!!
本当にありがとう!!
明日のまかないも期待しててね!!
___あ、オロチさんも見ますか?」
「『見る』って・・・・・何を?」
2人が厨房を出ると(ホールに来ると)、既に多くの客人が、舞台の前でスタンバイしている。
そして、舞台の上にいる音楽隊(リーフ達)が弾き始めると同時に、2階から槍が降ってくる。
槍が舞台に刺さると同時に音楽が止まり、2階からウズメが降ってくると同時に、音楽も再スタート。
今回のヒスイの作品(ウズメの衣装)は、少し防具の雰囲気を残しつつ、歴戦を戦い抜いた槍と調和が取れている、例えるなら『ダメージの入ったワンピース』
あちこちを切り刻んであるにも関わらず、どことなく品があり、むしろカッコ良さすら感じられる。
この防具は、かつてヒスイが商人に押し売りされて買わされた『誰かのお古の防具』
あちこち穴だらけで、もう部分的にしか残っていない防具でも、幾つもの同類(お古の防具)を繋ぎ合わせる事で、別の物へと変えてしまう。それが『ヒスイの魔法』
以前とは違う『力強い動きと雰囲気』に、ホールは厳かな雰囲気になり、全員が舞台上から目を離せない(踊りにも音楽にも夢中)。
リーフ達の奏でる音楽の中にも、『剣同士がぶつかり合う音』や『風が耳の真横を通るような音』が混じり、まるで『特撮映画』を見ているような気持ちになれる。
歴戦のウズメにしか踊れない、『武闘』と『舞い』を混ぜた踊り方は、魔族でも圧倒される。
仕事を終えて夕食を食べているソラの肌にも『気泡』が浮かぶ(鳥肌が立つ)。
リーフ達は、舞台の熱で汗をかきながらも、自らの楽器に齧り付くように演奏する。
初めてウズメの舞台を見たオロチはというと・・・・・
「__________あ・・・・・あぁ・・・
そうだ・・・・・思い出した・・・」
「???」
ウズメの舞台を見て、「思い出した・・・」と呟くのは、ツルキー以来。
ミラは、少し顔が青くなりかけているオロチに、言葉の真意(呟いた理由)を聞いた。
「何を思い出したんですか?」
「___いや、『見た事』はない、『聞いた事』があったんだ。
『魔族と同等の力を持つ槍使い』の噂を。」
「_____それってまさか・・・」
「あぁ、そうだ。『勇者と並ぶ』くらい、魔族のなかで危険視されていた人間。
最初、話を聞いた時は、「そんな馬鹿な話あるわけない」と思っていた。
でもまさか、そんな人間が、今目の前で・・・・・」
「踊ってる・・・なんて、信じられないんですか?」
ソラがクスクス笑いながらそう問うのには、ソラ自身も、まさか自分たちがこんな未来を歩む事になる(一般人としての生活を送れるなんて)なんて、予想にもしていなかった(夢にも思わなかった)から。
ウズメの仕事もだが、まさか自分が暇つぶし程度で描いていた絵が、お金に変えられるほどの物(商売)になるとは、『荷物持ち係』だったミラには考えられなかった。
だから、彼女自身も、今が『夢』なのか『現実』なのか、時折分からなくなる。
不思議な(信じられない)くらい、幸せだから。以前の殴られ、蹴られ、罵倒される生活が嘘のように。
そして、あれだけ魔族にトラウマを植え付ける力を持っていた(勇者と並ぶほどの力を持っていた)ウズメが、舞台上であれほど可憐に踊れている事も、信じられなくても受け入れている今。
「_____なぁ、彼女って本当に、勇者の右腕だった
『ウズメ』っていう女・・・なのか?」
「_____はい、そうですよ。
___と言っても、『勇者の右腕』としてのウズメさんでもあり、『人間と魔族が平等に暮らす村の
代表』でもあります。
今はもう、魔物との戦いに専念していた頃の名残は、踊っている最中に(時折)しか見られませんけ
ど、私はそれで良かったと思います。
あの頃のウズメさんもカッコ良かったですけど、今のウズメさんは、前より何倍も美しく、何十倍も
かっこいい。
それだけじゃない、ソラさんやリーフさん達と同じように、私とヒスイさんの今後を、自分たち以上
に考えていた人なんです。
この村に来る前から、ずっと一緒に過ごす未来を、野営中に3人で語り合っていました。
___ウズメさんがいなかったら、私は奴隷として、一生雇い主に服従して、死ぬまでずっと『支
配』という名の『檻』に閉じ込められていたかもしれない。
そんな可能性もあったかもしれない未来を思うと、胸がザワザワする・・・・・」
「___そうだな、俺はまだこの村の一員になって短いが、彼女と出会わなかった(別の)未来を考える
と、すごく怖い。
_____そう考えると、『ある意味とんでもない人間』なんだな、ウズメは。」
「確かに・・・・・」




