第七章(2) ソラの治癒
「ソラ、私の太もも(傷跡)に触れてみてくれない?」
「え??」
「いいからいいから、それでもし、私の体が不調になったら、それは私の自己責任だからさ。
とにかく、やってみるだけやってみてよ。
もし『私の考え』が間違っていなかったら、ものすごく大きな発見になるから!!」
嬉々として語るウズメに押されたソラは、恐る恐る、ウズメの傷跡に触れてみる。
すると、触れてすぐ、変化が見られた。
傷跡が、みるみるうちに縫われていく(治っていく)。
まるで、水滴が他の水滴と吸い合わさるように、皮膚が綺麗に繋がっていく。
その光景を、ウズメは少し恐れながらも見届ける。
ソラはというと、このまま触れていたら、ウズメの傷跡がどうなってしまうのか分からず(悪化しそうで)不安になり、離れようとする度にウズメが止める。
止めつつもソラに、「大丈夫・・・大丈夫・・・」と言いながら、傷跡の変化を見届ける二人。
彼女が傷跡に触れている最中、特に痛みなどはない。ちょっとこそばゆくはあるが、その程度。
ただ茫然と、自分の傷跡が治っていく様子を、ウズメは『過去の記憶』を踏まえながら眺めていた。
痛かった記憶・ヒスイとミラに心配され、怒られた記憶
傷跡になった事を若干後悔してしまった当時の記憶
その後悔が、倍になって襲いかかってきた最近の記憶
傷跡は消えても、ウズメの思い出は、消えない。本人が離さない。
ウズメは、当時の記憶を思い返しながら、当時をソラにも語る。
楽しそうに、ちょっと後悔を交えながら語るウズメの過去話に、ソラは思わず聞き入ってしまう。
そして、傷跡が完全に消えてからも、ソラはウズメの太ももから手を離さなかった(彼女から離れるのを惜しむ)。
彼女に抱きかかえられ、村へ連れて行かれる際にも感じていた、ソラにとっては初めて知る『人間の温もり』
焚き火の温もりとも違う、日差しの温もりとも違う、動物を触れた時に感じた温もりとも似ているが、何かが違う。
自分の手を握った温もりともまた違う、大きな活力(生命力)を感じる温もり。
ソラはウズメの手を通じて、様々なことを知ったのだった。
人間がどれだけの『生きる力』を秘めているのか、そして力強い生き物なのかを。
「___ソラ、もう大丈夫よ、ありがとう。」
「あっ!! すいません!!!
すっごく・・・その・・・・・ウズメさんの手が暖かくて・・・」
「それ昔から言われるんだけど、そんなに私って熱いのかなぁ・・・・・
_____というか・・・」
傷跡がなくなった(綺麗になった)ウズメの太ももや、ソラの力に気付くきっかけにもなった左腕には、まだ変化が残っていた。
目視では分かりずらいが、ウズメ本人が、『不思議な肌触り』を実感していた。
窓から差し込む太陽の光に太ももが触れた途端、光が反射するくらい、肌がみずみずしくなっていた。
太ももだけではない、まるで金色の腕輪をはめている様にも見える程、左腕までキラキラと光り輝いている。
しかも、ウズメがその金色の腕輪に触れてみると、その部分だけ肌がモチモチと跳ねる。
例えるなら、小さい子供の肌のような、動物の肉球のような。
しかも肌触りまで心地良く、ウズメはなんとも言えない(言葉にできない)心地良さを味わっていた。
ウズメの様子をぼんやりと見ているソラは、まだ彼女の行動が理解できない様子。
何故ならソラにとって、滑らかな肌触りも、赤子のような柔らかさも、生まれつきだから。
まだソラは知らないのだ、人間の肌が、環境や年齢によって変化するものである事を。
スライムの体表が、人間にとっていかに心地よく、『憧れ』の対象にもなりそうな程、美しい事を。
ソラがそんな事を考えているうちに、ウズメは自室で作業(古着の整理)をしていたヒスイを、無理やり連れて来る。
突然部屋に入って来たと思ったら、強引に部屋から連れ出そうとする(ソラの元へ戻ろうとする)ウズメに、ヒスイは事情を聞く事すらできなかった。
2階がいきなりバタバタと騒がしくなった為、キッチンで日頃の愚痴を解消していた(雑談を楽しんでいた)ミラと女将も、興味本位で2階へと駆け上がっていく。
キョトンとするソラを前に、ウズメは「この子の両手もやってみてくれる?!」と、ヒスイの両手を無理やりソラの前に突き出した。
ヒスイの両手も、衣装を作成する努力の証が、『小さな紅い点(針が刺さった跡)』や『紅い線(糸で切った跡)』として残っている。
興奮気味でソラにお願いするウズメの横で、ヒスイは彼女の熱に押され、何も言えない状態。
戸惑いながらも、ソラがヒスイの両手を掴むと、手がどんどん綺麗になっていく様を、ヒスイも興奮気味で見ていた。
ヒスイもまた、両手の傷跡を、少なからず気にしていたのだ。
平和を夢見ていたウズメが、身体の傷や痛みに鈍くなっていたように、ヒスイもまた、新しい自分(裁縫)に熱中しすぎて、両手がボロボロになっている事に気付かなかった。
気付いた頃には、もう開き直るしかないくらい、傷だらけになった両手。
明るい場所で作業をすれば、怪我はある程度予防できる(手が傷だらけにならない)。
しかし、ヒスイは自分のイメージが消えないうちに仕事を区切らせたい為(熱中すると)、夜中まで作業を続行してしまう。
そんな自分の不手際も相まって、もう元には戻らない(綺麗にならない)覚悟で使い続けた両手が、爪まで美しく蘇った。
ビックリしつつも、キラキラと目を輝かせながら、綺麗になった自らの両手に見惚れるヒスイ。
「ひ、ヒスイさんの両手が綺麗に・・・?!!」
「うそぉ!! 信じられないくらい綺麗になってるんだけど!!
ちょ、ちょっとそこのスライムさん!! 私の両手も試してくれないかしら?!」
ヒスイの両手を見た女将は、戸惑うよりも先に、躊躇するよりも先に、自らの両手をソラに差し出す。
女将の両手も、長年の料理で積み重ねてきた『包丁(切り傷)の跡』や『かまど(火傷)の跡』が残っている。
案の定、女将の両手も、まるで手入れの為された貴婦人の指のように、滑らかでしっとりに。
まるで『両手だけ』若返ったように見えた女将は、
「今度は『頬のシワ』!!」「今度は『膝の変色した部分』!!」
と、ここぞとばかりにソラへ追加注文。
そこでソラも、薄々自身の力に気付き始める。
周囲に促されるまま、女将の様々な場所に触れていくうちに、だんだん女将の姿が綺麗になっていく。
本人は、特別な事をしているつもりはない、ただ相手に触れているだけ。
それだけでも、こんなに喜んでくれる人々に、ソラはこの短い時間帯で、多くのことを学んだ。
ちょっとの怪我でも、傷跡が残ってしまう人間の身体 残った傷跡が気になってしまう人間の心
そして、自分の体質が人間にとって、とてつもない有益をもたらす事
その有益が 多くの人間を救えるかもしれない『可能性』を
その学びは、今まで独りぼっちで生きてきたソラにとって、今まで感じた事のない幸福だった。
ハイテンションで喜ぶ女将やヒスイに交じって、笑顔を見せてくれたソラ。
そんな彼女を見て、ウズメ達はようやく心の底から安心できた。
ソラが村の生活(人間との共存)に、初めて馴染めた証でもあり、村にとっては大きな第一歩だった。
___それが果たして、『好転』するのか『事件』を招くのかは、まだウズメ達には分からない。
しかし、女将たちに交じって笑みを浮かべるソラの顔は、普通の人間とほぼ変わらない。
そんな笑みを見たウズメ達の肩の荷(不安)は、ストンと消えていた。
翌日には、宿に長蛇の列が。ほぼ全員の村人が、ソラの力を借りに、宿へと押し寄せた。
老若男女を問わず、諦めて受け入れてきた傷の数々を、ソラが1日で治してしまう。
薬もない、医師もいないカミノー村では、怪我をしても満足に治療ができない為、傷跡になりやすい。
だから、村人たちの体のどこかには、必ずと言っていいほど傷跡があちこちにある。
諦めていた傷跡が綺麗サッパリ消えた村人たちも、ウズメ達と同様、大いに喜ぶ。
ついこの間まで、魔族を村に入れたことをネチネチと愚痴っていた主婦も、態度をケロッと変えて(ソラに頭を下げて)しまう程、彼女の力は偉大だった。




