第六章(5) ミラ ヒスイ・17歳 ミラ・13歳
村人が隣であれこれと話しかけてくる(助太刀を求めて来る)間、ウズメの脳内には、かつて魔族に襲撃された町での出来事が再生される。
耳から入ってくる言葉の数々は一切受け止めず(聞こえず)、ウズメは一人だけの世界の中に篭る。
各地を渡り歩きながら、魔王に関する情報を集めている最中の勇者一行。
立ち寄った村で、少し休憩していた(宿で情報をまとめていた)。
収穫は『今回も』イマイチだったが、何も情報が得られない(無駄骨)よりは、まだマシ。
だが、勇者の遠征が、そう易々と(遠征のみで)終わるわけがない。
必ずどこかでトラブルが起きては、どこかで足止めを喰らう。それがある意味日常(お決まり)。
まるでコーコンが、自らトラブルを招いている(疫病神)ように、勇者一行が村や町に赴けば、必ず何かしら事件が起きてしまう。
あの『人命救助』も、そんなトラブルの一環。
バァン!!!
「勇者様!!! すいません!!!」
宿で手続きをしている最中、突然ドアが開け放たれ、息切れをしながら勇者に懇願する1人の町民。
「と、突然町の門に、『傷らだけになった兵士』が這って来て・・・!!!」
興奮しながら恐怖している村民の言葉だけでは現状(内容)が理解できず、コーコンは『渋々』ながらも、一行で村の門(出入り口)へと向かってみると、そこも人だかりになっていた。
町民たちが取り囲んでいる者の正体は魔族ではなく、宿に飛び込んで来た人の言う通り、鎧が変形するまでボロボロになった兵士が、息を切らしながら勇者に手を伸ばしていた。
叫びすぎて枯れかけている声でも、何があったのか(事情)を勇者一行に必死で伝える兵士。
___だがウズメ達は、その姿を見ただけで、薄々何があったのかが想像できてしまう。
これも一種の『職業病』であり、『逃れられない因果』なのかもしれない。
『勇者が動けば、一大事(大惨事)も一緒になって来る』という・・・・・
「じ、自分は・・・・・マーロ村で起きた・・・事件の解決に、城下町から来た・・・兵士です。
ですが・・・・・奴らの力は、我々の想像を・・・遥かに超えていました。
___いいえ、これは・・・・・『私の慢心』から起きてしまった・・・のかもしれない。
今まで・・・魔族と一度も戦った事も・・・ないのに、何の考えもなしに・・・奴らに突撃を仕掛け
た結果・・・・・」
勇者一行は、急いでマーロ村へと向かうが、もう既に町は魔族に占領されていた。
あちこちから浮かぶ黒煙と、異様な静寂。
時折聞こえてくるのは、人のものとは思えない(魔族の)荒々しい鼻息と吐息。
村にとっては貴重な『食料・資金』を生んでくれる畑は、もはやその原型を留めてはいない。
門も完全に破壊され、ぽっかりと空いた穴(門の残骸)の前には、魔族が周囲を警戒していた。
何十・何百年という歳月をかけて、人々が創り上げた村は、たった半日で全てが瓦礫と化す。
まさに、『魔族の力の集大成』とも言える光景。
いくら武器を使い慣れている人間(兵士)でも、村を容易く壊滅させる力のある相手を前にすれば、あれだけボコボコにされても不思議ではない。
むしろ、深手を負いながらもちゃんと助けを呼びに来たのだから、懸命である。
しかし、『最終手段』として使われる勇者一行の心労も、大破した村や町を見る度に、心臓を直接締め付けられている気分になる。
そんな気持ちを胸に刻みながら、一行は『襲われた村人たちの苦しみ・後悔』を代弁するように、魔族の対処をする。
マーロ村を襲った魔族の強さに関しては、勇者一行の力なら問題なかった為、ウズメ達は門番の魔族を倒すと同時に、救助活動に入る(村へと侵入)。
___そして案の定、村の中の方が、外側よりもだいぶ悲惨なことになっていた。
あちこちに落ちている『人だったモノ もしくはその欠片』
あちこちに散乱している日用品はほぼ原型を留めておらず、壁は血痕で塗りたくられていた。
まだ生き残って(逃げ惑って)いる村民を探す魔族は、まるで獲物を探す肉食動物の様に、涎を垂らしながら血眼になっている。
勇者一行は、魔族を見つけ次第蹴散らしながら(倒しながら)、まだ残っているかもしれない希望(村民)を探して、家を一軒一軒調べて回る。
ガンッ ガンッ ガンッ
「やっぱり中からドアが塞がれてる、仕方ない、強引に開けるしかないか。
声を出して呼ぶ事もできるけど、まだ村に魔族がどれだけ残っているか分からないし・・・」
ウズメは、離れないように頑張ってついて来てくれたヒスイやミラと協力して、ドアに体当たりすると、あっさり3人は家の中へと吸い込まれた(ドアは壊れた)。
飛び込んだと同時に、ドアを塞いでいたテーブルや椅子も一緒に倒れ、衝撃で大破してしまう。
その痛みに堪える3人が目にしたのは、心許ない武器(おたま・包丁)を持ちながら震えている村民が。
ウズメたち(人)を見ても、隠れていた村民は武器が手放せない(警戒心が解けない)状態。
完全に正気を失い、疑心暗鬼になっている状態の村人たちに、ヒスイとミラは根気強く説得を試みる。
それにウズメも加わろうとすると、ヒスイから
「あなたは助けられる人を早く助けてあげて、後の始末は私達でやるから!」
2人が親身になって、警戒心むき出しの(今にも襲いかかって来そうな)村民達に寄り添い続けると、ようやく自分たちが危機的状況から解放された事を自覚し始めた(助けが来た現状を飲み込めた)。
それと同時に、今までの緊張感と危機感からようやく解放された喜びで、二人に泣きつく村人たち。
二人は泣いて喜ぶ村人たちを宥めつつ、生き残った村人たちをとりあえず一つの家にまとめていた。
その間にウズメは、村のあちこちを巡り、次々と生き残り(村民)を見つけ出す。
家だけではなく、納屋の中や井戸の底、大きな木箱の中も調べ尽くす。
危機に晒された人間は、思いもよらないアイデアで窮地を切り抜けようとする(生き抜こうとする)。
ウズメにとっては、『かくれんぼの見つけ役』をしているような気分。
夜が深くなる頃に、ようやく事態は収束。
村一帯を我が物顔で跋扈していた魔族は一匹残らず始末して、まだ生き残っている村人と、事切れた村人の確認も終えた。
結果として、村はかなり損傷が激しいものの、数名の村人の命は救えた。
___が、今回は犠牲となった人の数が多く、解決しても、スッキリしない結末となった。
魔族が村や町を襲撃する事件は、ヘンゼック王国では、特に珍しい事でもなく、どの村や町でも起こりうる事件。
そんな事件を率先して対処する勇者一行にかかる負担は、その辺にいる魔族の討伐よりも荷が重い。
しかし、大勢の人々から『命の恩人』として感謝され、国王からは直々にお褒めの言葉をいただける。
だが、ウズメはあまりこの責務(役回り)が、あまり好きではなかった。
もちろん、人々を助ける立場(勇者一行の一員)として、それなりの責任感と覚悟、そして誇りもある。
それでも、やはり辛い事に変わりない。
ボロボロにされた村や町を目の当たりにするのも辛いが、彼女にとって、それよりも心が痛むのは
助けに来た自分たちを見た人が怯えている表情
そう、まるで『魔族(恐怖の対象)』を見ているような・・・
戦えない人(一般人)にとって、相手が魔族であろうと人間であろうと、どちらでも恐ろしい存在なのは変わりない。
その大きな違いは、『自分たちを救う』か、『自分たちに危害を及ぼす』か、そのどちらか。
逆に考えれば、魔族と勇者一行の差は、それくらいしかない。
つまり少しでも判断を誤れば、人間であっても魔族と同等、危険な存在に他ならない。
魔族に占拠された村や町を一掃する度、ウズメはそんな考えを胸に詰まらせていた。
自分たちを警戒する、あの恐怖と怒りに満ちた人の目は、第三者から見た自分たちが、ただ単に褒められた存在ではない(危険な存在でもある)事を思い知った。
ヒスイやミラに、そんな心の違和感(葛藤)がないのは、二人が村を襲われた人々と同じような立場だから。
戦えないからこそ、自分たちにできる事を一生懸命に取り組む姿は、人々に勇気を与えるだけではなく、人々を安心させる力もある。
そして、勇者に引き取られた直後の二人も、ウズメ達に慣れるまでは、それなりの時間が必要だった。
普段から武器を持ち歩いている人間と、一緒に歩いているだけでも心労が溜まる筈。
それでも二人が慣れてくれたのは、ウズメ達と同様、覚悟が決まっていたから。
覚悟が決まっていたから、無理矢理にでも自分を押し殺し、勇者一行について行こうと必死だった。
しかし、そんな覚悟を国民全員に強いるわけにもいかず、ウズメ達の立場は、いつだって状況に左右されていた。
自分が果たして
『危機的状況の際に現れるヒーロー』なのか、それとも
『武器を振るって回る殺人鬼』なのか。
自分自身に問いかけられている様な瞬間は何度かあった。
そして、一般人に上手く溶け込めた(武器を持たない平和を謳歌する)彼女に、またその問いを迫られている。
自分は、人々を守る為に武器を振るってきた『人間』?
それとも、人々の生活を脅かす『魔族』?
___いや、普通の人間は、武器を軽々しく振るわない、常備しているわけではない。
現に今のウズメは、武器を背負っていない、側から見れば、普通の女の子。
そんな女の子が、改めて魔族を目にして思う事は・・・・・
「________皆、一旦、斧とか鉈とか隠して。」
「え?? 何でで・・・・・ちょ、ちょっとウズメさん?!!」
木こりたちの質問を答えるより先に、ウズメはスライム娘の前に跪き、顔を覗き込む(様子を窺う)。
特殊な液体状になっているスライムの髪は、よくよく観察すると、彼女が動く度に浜辺の様に波を打っていた。
スライムの色が個々で違うのは分かっているウズメだが、今彼女の目の前で縮まっているスライムの色には、違和感があった。
スライムには、『明るい色』の個体もいれば、『暗い色』の個体もいる。
だが、彼女の体の中で浮かんでいる『枯葉』や『砂利』が、彼女の体を濁らせている。
そんなスライム娘の姿から、彼女が震えている原因は、目の前を取り囲む(敵意むき出しの)人間に怯えている・・・だけではないように見えたウズメ。
人間でも、魔族でも、疲れていたり苦しんでいる時は、自然と体が震える(動いてしまう)。
一体、どれだけの間、あてもなく彷徨っていたのか、何日間も眠れなかったのかもしれない。
まだ相手(スライム娘)の事情は何も分かっていない(聞いていない)状況。
にも関わらず、ウズメの長年の経験は、『魔族との対話』にも役に立つ。
本人は、割とあっさり声をかけたのだが、実はウズメ、魔族と言葉を交わしたのが、今回が初めて。
いつの間にか、『魔族は人間と対話ができない』という勝手な偏見が、彼女のなかから消えていた。
「___あなた、お名前は?」
「_______ソラ。」
「ソラ。そうか、成程、『青空』の『空』ね。
___じゃあ貴方のその色は、やっぱり放浪によって染まったんでしょうね。
立てる? 支えてあげるよ。」
「え?」
ソラのモチモチした柔らかい身体を抱きかかえたウズメの手から伝わる、僅かな暖かさ。
まるで、中に小さな蝋燭(弱々しい火)が灯っている風船を掴んでいるような感覚。
ウズメは、その熱が途切れないように(火を消さないように)、宿へと彼女を連れて行く。
「う、ウズメさん?! 何を?!!」
ウズメの行動に、ずっと戸惑い続けている村民たち。
魔族を見て悲鳴を上げる村人もいれば、興味津々で家から覗いている村人も。
ソラは人々の反応を見て逃げ出そうとするが、ウズメは彼女を掴む手を離さない。
ウズメは、この出会いを無駄にはしたくはない。
『今後』の事も考えて、ウズメはこの出会いを、『偶然の事件』ではなく、『きっかけ』にしようと思っていた。
ソラをこのまま逃しても、また村に現れる可能性もある、他の魔族が迷い込んでこない保証もない。
その騒ぎが起きる度に、ウズメが駆り出されるのは、本人としても不本意。
せっかく平和な生活に馴染んできたのに、『魔族が迷い込んだ時の対処役』になれば、また槍を握る(戦う)羽目になる。
ウズメは、戦う為に魔王を倒したのではない。戦わない為に、死闘を乗り越えたのだ。
そんな自分の気高い決意を無駄にしない為にも、ウズメは今この場で、話をつける事に。
しかし、まだ村民がスライム娘を見る目は、まるで獣を見るような目(敵視)ばかり。
それもその筈、彼らはウズメ達(勇者一行)とは違い、ただ逃げて隠れるしかできなかった(何の対処もできなかった)、因縁の相手。
何十年・何百年もの間、魔族のせいで、どれだけの人の命が奪われてきたか、どれだけの財産を失ったか、それはウズメも分かっている(目にしている)。
しかし、だからこそ、彼女は
『繰り返さない道』を進みたかった。




