第六章(2) ミラ ヒスイ・17歳 ミラ・13歳
「_____ねぇ、2人とも、ちょっといい?」
「あれ? ウズメ、さっきまで裏で練習してたんじゃ・・・?」
「___ウズメさん、なんか顔色が良くないんじゃ・・・?」
普段のウズメは、ドアを開きながら相手を呼ぶのだが、今朝のウズメは、いつもとは全く違った。
静かにドアを開け、中(部屋)の様子を確認するウズメに、2人は少し驚いた。
だがそれより驚いたのは、声のトーン、いつものウズメの、半分くらいの声量しか出ていない。
いつもとは全く違うウズメの様子に、二人の脳内から引っ張り出される、数年前の記憶。
そう、こんなウズメを見るのは、初めてではなかった事を思い出した2人。
荷物持ちとして雑用を任されていた(勇者の旅に同行していた)頃から、ちょくちょく見ていた。
そして、こんなウズメになってしまう時は、大抵『ショックな出来事』『悔しい出来事』があった時。
手強い魔族との戦いで、逃走を余儀なくされた(戦えなくなった)時。
仲間が冷たくなり(亡くなり)、城下町の墓地に埋葬された時。墓に花を手向ける時。
町を魔族に占拠され、家族全員を失ってしまったヒスイを宥めている時。
そんな時のウズメは、別人のように静かになり、別人のように思考が『➖(マイナス)』になる。
元に戻るまでの期間は、その時によってバラバラなものの、いつも活発なウズメが激変してしまう姿を間近で見ていた二人にとって、早く元気な(いつもの)ウズメに戻ってほしかった。
だから二人にとって、無理にでも頑張らないといけない(魔王討伐への)旅路が終わった事は、もう落ち込んでいるウズメを見なくても済む為、どんなに大変でも(勇者が嫌いでも)乗り越えられた。
それなのに、どうして平和になった(戦わなくてもいい)今、そんな表情に(また暗く)なっているのか、まだ二人には理解できなかった。
「なんか・・・・・私今まで、『こんな悩み』を抱えた事なかったからさ、どうするべきなのか分から
なくて・・・
誰かから怒鳴られたり、こき使われるのは慣れてる・・・つもりだけど。」
「う、ウズメさん?」
ウズメは我に帰り、口を塞いだ。つい『前世』の話をしてしまったのだ。
ブラック企業に勤めて、身も心もボロボロになっていた頃。
あの頃も、まともに鏡を見る時間も余裕もなかった。
ただ、自分がどんなに無様になっているのかは、鏡を見なくても分かる。
学生の頃に比べて、異様に細くなった手足と、冷たい皮膚の感触。そう、まるで『ゾンビ』
「ごめん、今のナシ。ナシナシッ。
ふぅー・・・・・」
ウズメは、一旦深呼吸して、『どうして2人に相談しようと思ったきっかけ』を思い返す。
鏡を見ながら自問自答を繰り返し、結局悩みを消し去る方法は見当たらない(何も解決しない)。
延々と考え込むうちに、だんだん自己嫌悪に陥っていき、行きついた果てにあった思考が
『ブラック企業で働いていた自分』と『死闘を乗り越えてきた自分』
どちらがまともか どちらの人生がマシか
___というもの。
そしてウズメは、そんな自分自身の問いかけに対して、即答できた。
『今』 『ウズメである自分』
と。
何故なら自分には、『他人事なのに自分事のように思ってくれる人』が『二人』もいる。
これ以上に、幸せな事はないのは、自分自身が何度も何度も噛みしめている筈。
それを思い出した直後に、ウズメは鏡に対して問いかけるのを(自問自答するのを)やめた。
もう無関心な同僚もいなければ、部下の話を全く受け取らない(聞かない)上司もいない。
ならば、もういっその事、爆笑される(馬鹿にされる)覚悟で、話してみる事にした。
「_____2人はさ、私がどう見える?」
「___は???」 「え?? え???」
質問の意図がさっぱり分からない言葉に、ヒスイは口を開けて唖然。
どう返答したらいいか分からず、とりあえずヒスイを見るミラ。
そんな二人の様子に、自分が質問を省略しすぎた事に気づいたウズメ、仕切り直して二人に問う。
「ごめん、ちょっと言い方がおかしかった。
___実はさ、この前村に来てくれた『貴族のお嬢様』、いたでしょ?」
「あー、あのいかにも『私は偉いんだから平伏しなさい!!』みたいなオーラ剥き出しの人ね。」
「ヒスイさん、ちょっと言い過ぎです・・・」
だが、ミラもヒスイの気持ちが十分理解できる(同じ気持ちだった)。
ウズメも、『ああいうタイプの人間』は好かない(あまり関わりたくない)。
村が大きくなったことを、早速聞きつけてきた(茶化しに来た)貴族の家族連れ。
素朴でシックな村に似つかわしくない、コテコテでギラギラな衣服や装飾品。
道が広くなった事で、馬車が颯爽と森を抜け、使用人が家族の荷物を馬車から下ろし、主人の代わりにペコペコと頭を下げる(挨拶する)。
風貌だけではなく、彼らの発言も、村の不便さや閉鎖的な環境を皮肉ったものばかり。
皮肉を聞く側(ウズメ達)は、苛立つ気持ちを必死に堪えながら、『カウンセラー』になった気持ちで、その発言を大人しく聞いていた。
「こんな流行り物の一つもない、馬も1匹もいない村が、よく途絶えずに生き延びたものだ。
よければ、ワシの老馬の1匹でも分けてやりたい。」
「この村の女性は、揃いも揃って同じ身なりの人ばかりね。
まぁ、仕方ないわね。洋服屋の一つもないんだから、可哀想なこと。」
「___で、お父様、此処に『魔術の踊り子』がいるって、本当ですの?
私、もっと大きくて広い、海の見える町に行きたかったのですけど。
なんでよりにもよって、こんな何もない寂れた村に来なければいけなかったのですか?」
そんな口を叩いていた貴族の家族連れでさえ、村の料理の虜に。
一晩で口調が柔らかくなった貴族一家には、ウズメ達もびっくりだった。
まさか食べる物が変わるだけで、此処まで人間は変わる事が、ウズメ達にとっては大きな収穫だった。
舞が学生時代に読んでいた漫画にあった
「身体を見れば、相手の習慣や好き嫌いが分かる」
という言葉の意味が、ようやく理解できたウズメ。
学生時代は、(そんなのマンガの話でしょ)と思っていた。
しかしこの世界では、どんな人でも自由に食事ができるわけではない。
そもそも『奴隷制度』がある時点で、体形がその人の身分を物語ってしまう。
しかし、最近のミラは、だいぶ体に肉がついてきて、日々健康的になっている。
前は触れるだけで折れそうなほど細かった腕も、村の仕事や絵描きで鍛えられた事もあり、今ではウズメやヒスイの腕とほぼ変わらない。
ただ、『生まれた時から贅沢な食事が身についている人(貴族・王族)』の身体は、時代が変わっても変わらない(相変わらず太い)。
城下町で暮らす貴族・王族は、とにかく『珍しい食材』を食べる事がステータスとされている。
『味』よりも『見た目』重視の食事は、ウズメも城の晩餐会で、何度か口にした。
___が、正直「美味しかった?」と聞かれると、首を縦に触れない。
食材や調味料(素材)を大量に使えば、美味しい料理になる・・・わけでもない。
村の食事はシンプルながら、バランスが良い上に、新鮮だから安心。
簡単な調理でも美味しくなる食材ばかりで、調味料で誤魔化している城下町の料理よりもパクパク(軽く)食べられる。
「___もしかしてウズメさん、あの晩のダンスを、失敗した・・・とかですか?」
「ううん、そうじゃないの、ミラ。
あのお嬢様と、ちょっと話をしたんだけど、あの人、私と『同い年』だったの。」
「え? じゃあつまり、ウズメや私と同じ『17歳』・・・って事?!」
2人は、思わず耳を疑った。
確かに美しいし、気品もあった。それこそ、大人と何のの違和感もなく、大人な会話をしていた。
しかし、『ちょっと年上』だと思っていた相手が、まさか同い年だとは思わなかったヒスイは、「嘘でしょ?!」と、大声でウズメに問う。
あの、自分の不満や要望に正直だったお嬢様が、嘘を言っている(若く見せようとしている)雰囲気でもなかった為、ウズメは首を横に振る。
本当はウズメも信じられなかったが、本人が堂々と公言しているのを、疑うのはそれこそ失礼。
あのお嬢様を大人びた雰囲気にして(年上に見せて)いるのは、口調や教養の良さもあるが、あの全身を纏う服装やアクセサリーが、まだ未成年だとは思えなかった大きな要因だった。
母親と同じような、フリルで原型が分からないくらい大きなドレスと、重そうな帽子。
そして、ペンキの如く顔中に塗りたくられた化粧。
本心から「綺麗ですね!」とは言えない風貌に、3人だけではなく、護衛をしていたツルキーでさえドン引きしていた(言葉に困った)。
貴族の令嬢として、最低限のマナーなのかもしれないが、まだ幼さが残る姿を覆い隠す大量の装飾品や分厚い化粧は、残酷にも見える。
あの塗りたくられた化粧の奥は、ウズメやヒスイと同じ、『子供と大人の中間(大人になる手前)』の素顔が隠れている筈。
体格も、様々な重ね着のせいで、ちょっと丸く見えるが、顔の形からして、そこまで太ってもいないであろう。
「___もしかして、ウズメもあんな服が着たい・・・とか、あんな化粧をしてみたい・・・とか、思
ってるの?
さすがにそれはやめた方がいいと思うよ、ねぇ、ミラ。」
「そうですよ! ウズメさんは、ありのままが一番綺麗なんですから!!」
「だーかーら、話を最後まで聞いてってば!
あのお嬢様を見ていたらね、なんか自分の顔・・・というか外見・・・というか・・・
ともかく、自分がいかに『美に無関心』だったかを、直接訴えられたような気分で・・・・・」
そう言いながら、ウズメは『左の二の腕』を抱きしめた。
その仕草を見て、ウズメが何を自分たちに相談したいのかを理解した(察した)ヒスイとミラ。
だが、2人は何も言えなかった。何を言うべきか(何が正解か)分からなかった。
何故ならウズメが隠している二の腕は、『自分たちを守ってくれた証』でもあるから。




