第一章(3) 魔王を倒す、少し前の晩に
彼女の目指す理想の未来。
それは、魔族の脅威に怯える事なく、魔族によって滅ぼされる村や町もない世界。
護身用の武器を身につけなくても旅が自由に楽しめ、誰もがどんな場所に住んでも安心な世界。
そう願っているのは、彼女だけではない。
多くの人々が、魔族の被害で人生をメチャクチャにされ、村から村へ移動するのも命がけ。
そんな悲劇や煩わしさがなくなった暁には、故郷を失う心配もなければ、武器を持つ必要も減る。
つまり、勇者一行が握り続けた武器は、
『日用品』『護身用』から、
『調度品』『歴史的資料』『飾り物』になる未来がやってくる。
そうなったら、武器を扱う人も、変わらなくちゃいけない。
時代が変わるのなら、人々も変わる必要がある。その時代を楽しみたければ、多少の我慢も必要になる。
つまり勇者一行は、今まで『魔族の退治』によって生活費を工面していたのだが、その生計が成り立たなくなる未来がやってくる。
そうなった時、長年戦いに身を置いて来た勇者一行が、ちゃんと一般人と同じように働けるのか、それが不安だったウズメ。
だがウズメには、ある『考え』があった。
「二人はさ、『カミノー村』って、覚えてる?」
その村の名前が出てきた途端、ミラの全身が凍りつく。
まるで、『思い出したくない出来事』を思い出したように、だんだんと青くなる彼女の顔。
ミラの異変に気づいたウズメは、慌てて弁解する。
「ご、ごめんね! 別に過去を掘り返して、あれこれ言いたかったわけじゃなくて・・・!!」
「す、すいません、ウズメさん。話を・・・続けてください。」
「___で、ウズメ、そのカミノー村に何かあるの?」
必死に冷静さを取り戻そうとするミラの背中を摩りながら、ウズメを睨むヒスイ。
ウズメは小さく咳払いをした後、話を続けた。
「ほ、ほら、あそこの宿屋には随分お世話になったでしょ?
それで、色々片付いた後に、改めてお礼を言いに行きたくてさ・・・」
「___なんだ、お礼を言いに行きたかったなら、早くそれを言いなさいよ。
私だって、あの時お世話になった主人や女将のことは、ちゃんと覚えてるわ。」
「そうですね。
私も、もう一度お会いして、あの時のお礼をしっかり言いたいです。
あの時は落ち込んでて、ちゃんとお礼が言えてなかったので・・・」
「___まぁ、それは全部、魔王を倒した後の話だよ。
とりあえず、頭の片隅に入れててくれてれば嬉しいな。」
ウズメの言葉通り、この晩に語り合った内容は、まだしばらくは『思い出』のまま、『人生設計』とまではいかなかった。
まだ肝心の仕事をやり遂げない限りは(魔王を倒さないと)、実行に移せないから。
そもそも3人も含め、一行は魔王を討伐できる未来(最高の結末)が、まだ全然見えていなかった。
何故なら、今まで人間サイド(国の歴史)は、魔族にずーっとやられっぱなしだったから。
勇者一行も、魔王の根城を探す傍ら、魔族による妨害や侵略にも対応してきた。
道中、悲しい別れや、酷い光景も目にしている。
その度に一行は強くなっているものの、それでも魔族と互角に戦えるかは分からない。
それでも勇者一行が折れずに進んでいけたのは、数多の人々からの厚い支援があってこそ。
時には温かい食事を無償で提供され、時には無償で重症の治療も施してくれた。
彼らの支援の恩返しも兼ねて、勇者一行が廻った
ヘンゼック王国
を、魔族の脅威から解放する事は、国民全員の望み。
そんな重すぎるプレッシャーが同行する旅から、解き放たれる日が近づいてきている為、ウズメがソワソワするのも仕方ない。
彼女は『ウズメになる前』から、とにかくプレッシャーに弱かったから。
「___ヒスイ、ミラ。
私たちの人生は、魔王を倒し終わって、それでゴールじゃないから。」
「_____え??」「な、何よ、どうゆう意味よ・・・」
ヒスイとミラは、二人揃って首を傾げた。そんな二人に、ウズメは微笑みながら話を続ける。
「私はね、常に『先』を見てないと落ち着かない性格なの。
行き当たりばったりって、やっぱり失敗した時のダメージが大きいと思うんだよね。
___まぁ、それが最善の策の時もあるんだけど。
でも、私たちの人生は、そうもいかない。
常に次を意識していないと、あっという間に人生を損してしまう。そんなの、勿体無い。
だから私は、これから先も、人生を楽しく、充実した生き方をするために
『二人』と一緒に過ごしたい。」
「_____ちょ、ちょっと待った待った!!
途中までは何となく分かるけど、どうしてそこで私とミラの名前が出てくるの?!
別にウズメは、一人でも十分有意義に暮らしていけるでしょ?!」
「まぁ、言ってしまえばそうなんだけどね。
でも私、魔王を倒した後も、二人と一緒に過ごしたいの。
血は繋がっていなくても、私にとって二人は、『家族』と同じくらい大切なの。」
「わ、私も・・・・・??
『奴隷』の私も???」
ミラは、信じられないような顔をする。
何故なら今まで、そんな言葉を貰った事は一度もなかったから。
勇者との関係も、あくまで『契約(商品)』の関係でしかなかった。
___というより、奴隷の身はほぼそんなもの。
誰かと深く関わることもなければ、親しくなる事もない。
親しくなったとしても、あくまで『契約(商品)』の関係。
だからこそ、ウズメのように、『契約・交渉抜きの関係』は、ヒスイにとって初めてのこと。
ミラはウズメの言葉に疑念を抱きつつも、嬉しくて嬉しくて仕方なかった。
「当然、ミラもヒスイも、私の人生に欠かせない、大切な存在よ。
だからね、私たちの『第二の人生』は、カミノー村に捧げたい・・・と思ってるの。
二人はどう? あの村で、三人一緒に暮らすのに、不安はある?」
ウズメの質問に、二人はしばらく考え込む。
その間、火の粉が跳ねる音と、勇者の寝息だけが周囲に響いていた。
火が消えそうになるたびに、三人は拾った燃料を放り込んでいるのだが、二人が考え込んでいる間は、ウズメがせっせと火に栄養を補給させる。
虫の音色(声)すら聞こえない、不気味な森のなかは、まるで得体の知れない怪物の体内。
目を閉じるだけでも震えてしまうような状況でも、その晩は三人以外の誰も、途中で目が覚めることはなかった。
野営の際は、いつも頻繁に誰かが覚めて、周囲の様子を確かめる。
だが、その晩に限って、誰も起きない上に、魔族の気配が一向にない。
この静寂自体も、魔族の作戦に思えてしまうほど、気持ち悪い空気。
だが、ミラはその空気を振り払い、決意を固めた顔で返答をする。
「_____私、ウズメさんになら、人生の全てを捧げてもいいです。」
「そ、そこまで言われるとプレッシャーだよ・・・・・」
ウズメは苦笑いをしながらも、嬉しさの方が優っていた。
そんなミラの宣言に対し、ヒスイはため息をつきながらも、笑顔で同意する。
「そうね、私もこのメンバーのなかで、ウズメが一番信用できる。
私も、ウズメについていくよ。
___ちょっと頼りない時があるけど。」
「_____それは自分でも否定できない。」
「否定しなさいよ!!」
「ふふふふふっ!」
ついつい話が面白くなって、声のボリュームが大きくなってしまった3人。
側から見れば『普通の女の子』が、『普通の会話』をしているようにしか見えない。
だが、我に帰った三人がいる場所は、どこに魔族が潜んでいるか分からない、危険な森の奥。
それでも3人は時折、自分たちの置かれた状況や、自分たちの置かれた状況を全部無視して、『女の子』になっていた。
これが、三人なりの、旅のストレスを軽減させる方法。
同じ女の子と、同じ話をするだけで、辛いことも悲しいことも、一時的に忘れられる。
それは、勇者を支えている3人も例外ではない。
たとえその時間が僅かだったとしても、3人はこの時間を大切にしていた。
そして、いつかこんな時間が、1秒でも長くなる未来を信じて、苦痛や悲しみを堪えてきた。
その理想が叶ったからこそ、やりたい事・考えたい事だって沢山ある。