第一章(2) 魔王を倒す、少し前の晩に
「それで、さっきの話って、結局何?」
「あ、そうそう、すっかり忘れてた。」
「私、目を閉じて休んだまま聞きますので、続けてください。」
眠ったと思ったミラが、瞼を閉じながらもウズメの方を向いていた為、ウズメは手短に話を済ませる。
本当は、もっと真剣に話を聞いてほしかった(一緒に考えてほしかった)ウズメ。
だが、まだ『大きな仕事(魔王討伐)』が残っている事もあり、できる限り要点だけをまとめる。
「私が考えているのは、『魔王と対峙する不安』じゃなくて
『魔王を倒した後の不安』」
「えっ・・・・・
ウズメ、もう『倒した気分』になってるの?」
「ちーがーうって!
魔王が倒せるか倒せないのか不安なのはあるけど、今私が話したいのは『その後』の話っ!!」
「『その後』って・・・・・」
二人はウズメの言葉に、色々とびっくりしていた。
まさかウズメが、そこまで先(魔王討伐後)のことを考えているとは思わなかったのだ。
実際、二人はほぼ考えていなかった。だからウズメの問いに、何も返せない。
その気まずい空気のなか、ヒスイは目線を泳がせながら、難しい顔をしながらいびきをかいている一行に目を向ける。
彼らもまた、『魔王を倒せるビジョン』が見えてこないのか、その不安が見え隠れする事もしばしば。
野営中はよく本を読んでいた魔術師も、最近はページをめくる事もしない。
よくウズメに、何かと声をかけてきたのだが、だんまり気味になっている魔術師に、ウズメは口に出さないが心配している。
以前はやかましいくらいだった弓矢使いの口数は減りつつ、『賭博場』に使うお金は増えている。
自分の持っているお金を数える事もせず、賭け事(博打)に興じた挙句、たまたま近くにいたウズメにお金を借りて(貰い)、案の定返さない。
唯一変わっていない・・・というより、『悪化』しているのは、いつも勇者のおこぼれを貰おうと必死になっている回復師。
もう魔王の根城を暴いたとなれば、魔族だって黙ってはいない。今まで以上の妨害は確実。
だから、せめて生きている間に贅の限りを尽くそうと、回復師は今日も勇者に媚を売っていた。
その媚を売られている勇者に関しては、やはり周囲の期待の芽がいつも以上に強い影響か、いつも以上にヒスイやミラを見る目が厳しい。
だからその点に関しても、ウズメの不安は他の仲間よりも多い。
魔王を倒す前に仲間を一人でも失えば、『荷物持ち』だとしても、かなりの痛手になる。
「もしかして、『お金』が不安なの?
魔王が討伐できたら、相当な大金が貰えるでしょ。
ウズメは『彼の右腕』って、周りからチヤホヤされてきたんだから、その二つ名に似合う程のお金
は期待してもいいんじゃない?」
「『相当な大金』って・・・どれぐらいですか?」
「え? えー・・・えー・・・・・
_____いっぱい・・・じゃない???」
「アバウトすぎるって」「アバウトすぎます」
ヒスイのテキトー発言に、ウズメはひっくり返りそうになり、ミラは笑いを堪えた。
___これでは、寝たくても寝られないミラは、起き上がって再び二人のもとに近寄る。
「___っていうか私、大金が欲しくて戦ってるわけじゃないの。
全ては・・・・・この槍が血に濡れない日常を送る為。」
そう言いながら、ヒスイは自分の『自らの分身』でもある槍に目を向ける。
その槍は、城下町の鍛冶屋で普通に売られていた、何の変哲もない槍。
当時、まだ『女兵士見習い時代』の彼女が購入できた槍は、それくらい簡素なものしかなかった。
だが、持ち主によっては。、武器の寿命は大きく変わる。
毎日丁寧に手入れを施された為、刃こぼれこそあったものの、使えない程大破した事はない。
しかし、彼女が勇者のそばで戦えたのは、長年使い込まれた武器の強さだけでもなければ、彼女が槍の使い方に慣れているから・・・でもない。
彼女は、兵士並みに槍の扱いに慣れていても、まだ安心できなかった。
何故なら相手(魔族)は、単体だけでベテランの兵士を瀕死にさせる事が容易い存在。
だからウズメは、勇者一行に加わる前から試行錯誤(実験)を繰り返していた。
どうすれば魔族と同等の戦いができるのか、武器の性能を変えるべきか、別の何かを変えるべきか。
そこで彼女が編み出した戦い方は、自分の魔力を刃に注ぐことで、刃に『炎』や『氷』を纏わせる技。
魔術は使いこなせなくても、魔力はコントロールできる、自分の得意不得意を分析した結果、編み出された技。
その努力の甲斐もあって、ウズメは並の武器が効かない相手にも対抗できるようにした。
目撃した人からは「美しい!!!」とまで称賛され、たちまちウズメの実力は、魔王の対処に悩む王の耳にも入る。
ウズメの努力は、まだ結成して間もなかった勇者メンバーに新加入するきっかけにもなる。
結成当時の勇者パーティーは、『遠距離』担当は魔術師と弓矢使いで事足りていたが、『近距離』担当が勇者一人しかいなかった。
その為ウズメはパーティーに加入してから大いに活躍。
勇者も勇者で、彼女に見せ場を横取りされないよう、常に張り合っていた(怠ける事はしなかった)。
___が、ウズメは別に、モンスターが嫌いなわけでもなければ、戦うのが好きなわけでもない。
それでも彼女が、戦いから逃げようとしなかった(パーティーから離脱しなかった)のは、『普通の女の子(14歳)』になりたかったから。
そう、『前世の子供時代』のような、穏やかで平穏な毎日を送る為。
この世界に転生した当初は、そんな緩やかな目標を胸に、新たな世界を生きようとした。
___しかし、そんな彼女の目標は、魔族の襲撃によって崩壊した。
ウズメが生まれ育った村も、ヒスイの故郷と同様、魔族によって廃墟にされた挙句、両親すらも失ってしまった。
そんな身分では、平穏で穏やかな人生は、『地面が崖になる』レベルで難しくなってしまった。
だから彼女は、天涯孤独の身でも食べていけるように、武器を手に、戦える自分になるしかなかった。
「私が今まで頑張ってきた、一番大きな理由は、私のような人生を歩む人を、少しでも減らす為。
そして、私だけじゃなくて、二人も一緒に、『普通の女の子』として生きる為。
だから私、正直負ける気はしないね。
その夢を叶える為に、あらゆる苦行を乗り越えてきたんだから。今更弱音なんて吐く気もない。」
「_____なんだ、心配して損した。」
「あれ? ヒスイでも心配してくれるんだ。」
「失礼な!!」
ヒスイのグーパンを片手で受け止めるウズメと、二人のじゃれあいを見守るミラ。
傍から見れば、普通の女の子のふざけ合いなのだが、その内容は、大人顔負けの深い話。
そして、ウズメが危惧している『もう一つ』の心配は、まだヒスイやミラだけではなく、勇者一行の誰もが考えてすらいないもの。
そもそも、魔王が倒せるのかどうかも分からない状況では、考えられないのも仕方ない。
だがウズメは、平和になった未来を生きる為に頑張ってきた、どんなに険しい旅路でも、そんな未来を考えるだけで頑張れた。
自分が夢見ていた未来が、もうすぐそこまで迫っている事を考えれば、意地でも負けたくない。
ただ、そんな自分の理想が近づくと同時に、彼女の心に芽生えた不安。
それは・・・・・
『平和になった後の自分たちは、その未来を本当に生きられるのか』