第五章(4) ミラの仕事と、村の未来
「___私、学校に通えなかったので、文字とかは殆ど地面に書いて覚えてたんです。
それで、同じ檻の子供達(奴隷の仲間)と一緒に言葉を出し合ってたんです。
「これは何?」って聞いて、「これは犬!」とか「猫!」・・・みたいに。
『今も十分幸せ』ですけど、昔のそんな時間も、何もかも忘れるくらい、素敵な時間でした。」
『今も十分幸せ』という言葉、ミラにとっては、決して誇張(大袈裟)ではない。
2人は、ミラがまだコーコンに雇われなかった時代(2人と知り合う前のミラ)を知らないが、その一言に、彼女の過去の大半が詰め込まれていた。
ミラの言葉を要約すると、コーコンに酷使される(暴言・暴力を受ける)今より、商品として売られていた頃が辛かった・・・という事になる。
一瞬信じられなかったウズメだが、ウズメも実際の『奴隷市場』見ている為、肯定するしかない。
奴隷の待遇(扱い方)が雇い主によって違うように、商人によっても雲泥の差が出てしまう。
___いや、どの奴隷商人も、『売り物』に対してそこまで思い入れしない。
下手に同情すると、そもそも奴隷の管理(商売)ができない。
ウズメにとっては、
『人間を売り買いする市場が、この世界では当たり前(この世界の常識)』
自体、かなり受け入れ難い。
実際、ミラと仲良くなってから、その気持ちはどんどん大きくなるばかり。
「___ミラは強いね。私なんて、ウジウジ悩んでばかりなのに。」
どんな境遇でも、前向きに生きようとするミラの言葉に、ウズメはポツリと呟いた。
そんな彼女に対し、ヒスイが一言。
「ウズメでも悩む事なんてあるの?」
「_______は???」「くっふふふふふ!!」
ストレートなヒスイの言葉に、ウズメはポカン顔、今度はミラが笑いを堪える。
ヒスイに関しては、悪気があって言ったわけでもなく、『またやらかした空気』になって、首を傾げる。
そして、ヒスイはそのまま絵しりとりを続行(地面に描いた)。
『ヌ』で始まる言葉、『ぬいぐるみ』・・・・・のようなナニかが。
ヒスイとの絵しりとりを何度も経験してきたミラだからこそ、ヒスイの描いた絵が何なのかが言い当てられるのかもしれない。
ウズメはヒスイの描いた絵を見ても、何なのかさっぱり分からない。
挙げ句の果てに、『ヌで始まる言葉』を頭の引き出しから探っていた。
もはや1人だけ『連想ゲーム』をしている。
『四肢のあるナニか』『真ん中の蛇のような点々』『頭付近に生えているキノコのようなもの』
で、どうにか『ヌイグルミ』を連想できたウズメは、ヒスイの一門を解くだけで疲れ果てていた。
「私、一緒に檻の中に居た女の子から聞いたんです。
ぬいぐるみにもいろんな種類があって、今私が描いている『くま』意外にも、『犬』とか『猫』だっ
たり、『海の生き物』のぬいぐるみもあるって。
自分の目でちゃんと見た事があるのは『くま』だけだから、今度また城下町に戻った時は、色んなお
店のぬいぐるみを見てみたいなぁ・・・」
ミラが『ぬいぐるみ(という言葉・物)』を知ったのは、恐らく城下町。
だが、両親に買ってもらったわけでもなければ、誰かからプレゼントで貰ったわけでもない。
店頭に並んでいるのを、遠くから見つめ、名前と値段が書かれた札を見ていたのだ。
その日を生きられるお金も持っていなければ、プレゼントしてくれる人もいなかったミラにとって、眺めるだけでも至福の時間だった。
辛い現実(自分の境遇)を忘れられる、誰にも否定されない、邪魔されない時間。
そして、ミラはそれ(見た)だけで、ぬいぐるみがどうゆう物なのかを学んでいた。
触ったこともないのに、フワフワとした触り心地なのを、見ただけで把握した。
何に使うのかも、両親に買ってもらって抱きかかえている子供を見て知る。
まさにミラにとって、城下町そのものが学校だった。
そして、ミラは『欲しいなぁ』ではなく、『見てみたいなぁ』という言葉を使う辺りも、『自分には絶対手が届かない物』という事を自覚している証拠。
ぬいぐるみ自体、安価な物になれば、お小遣いを貯めた『普通の子供』でも買える。
___つまりミラの境遇は、『普通の子供よりも下』という事になる。
「_____ねぇ、ミラ。ちょっと聞きたいんだけどさ。」
「何ですか?」
ヒスイの番が描き終わり、今度は乱入してきたウズメが、『み』から始まる言葉を描きながら、ふとミラに質問してみる。
「ミラは、なんでもいいから何か一つ貰えるとしたら、何がいい?」
「_____え???」
「『お金』とか、そうゆうのは抜きにして考えてもいいからさ、何が欲しい?」
「えぇ・・・・・うぅううん・・・・・」
ミラはしばらく考えた。その間のしりとりは、ウズメとヒスイで繋ぐ(続ける)。
「え?? これって『耳』??
また『み』じゃん。」
「___あっ、そうだった。」
「無自覚だったの?!」
『耳』を掻き消し、ウズメが改めて描いたのは、『三つ葉のクローバー』
トランプなら、ヒスイも『お嬢様時代』に何度か遊んでいた経験がある為、すぐ答えられた。
「え? 『クローバー』?? 『み』は???」
「『三つ葉』だよ、『み・つ・ば』。」
「あぁぁ・・・成程ね・・・・・
私だったら『港』にするかな。」
「港って・・・・・描けるの?」
「___頑張れば。」
「やめた方がいいって・・・」
「_____ウズメさんとヒスイさんと、一緒に過ごせる『時間』が欲しい。」
ようやくミラが導き出した返事は、いかにも『ミラ』らしい、『ミラ』が考えそうな答え。
だからウズメもヒスイも、ついクスッと笑ってしまった。
「_____ふふふっ、ミラらしいよね。ウズメ。」
「そうね、時間に関しては、お金を払っても買えるような品でもないんだけど・・・
私、『ミラの願い』を叶えるためにも、魔王を絶対倒すよ。
だからミラもヒスイも、これからも一緒について来てくれる?」
「はい! 当然です!」 「ちょっと頼りないけど、私もウズメについていくよ。」
楽しい時間(暇つぶし)は、夜空の薄らぎと共に、幕を下ろした。
コーコンが寝返りを打ったと同時に、3人は急いで地面を引っ掻き回す(遊んでいた跡を消す)。
その時の『会話』が強く印象に残っていた事もあり、ミラに画力については、ウズメの記憶からスッポリ消えている。
しかし、ヒスイはその晩の出来事を覚えていた。
絵しりとり自体は、二人が野営中に何度も眠気覚ましにやっていたのだが、その晩が特別だったのは、ウズメが初めて乱入(参加)した晩だったから。
同時に、ミラの絵が上手い事を、改めて理解した晩でもあった。___自分の絵の下手さも加えて。
『絵』というものは、例え作者が同じでも、『題材』や『道具』で大きく変わる。
ミラ達が地面に描いていたものは、特に凝っているわけでもなければ、そもそも真っ白なキャンパス(紙)の上でもない。
それでも、ミラの絵は、殺風景な地面の上で、生き生きとしていた。
今にも動き出しそうな動物の絵から、立体感のある家具・日用品の絵。
そんなミラの絵を見る為に、ヒスイは彼女を夜な夜な、絵しりとりに誘っていた。
たった1人では退屈すぎて(やる事がなくて)、すぐ睡魔に負けてしまいそうな夜でも、ミラが一緒だったから乗り切れた(朝を迎えられた)。
そんなヒスイだからこそ、ミラの『本気の絵』が見たかった。
地面ではなく、白くなくていいから、紙にちゃんと画材を使った作品。
そんな小さな野望は、ヒスイの記憶の中で生き続け(残り)、今に至る。




