第一章(1) 魔王を倒す、少し前の晩に
「ねぇ、
ヒスイ ミラ の二人は
魔王を倒した後のこと、何か考えてる? 何か不安はある?」
「な、何よ、ウズメ。いきなり・・・・・」
「後のこと・・・ですか?
いや・・・・・何も・・・
ふわぁぁぁ・・・・・」
木々の傘によって、夜の光(星・月)すら届かない、深い深い森の奥。
そこにたった一つだけ灯る光源は、勇者一行を『寒さ』と『魔族』から守る焚き火。
だがその灯火は、少し目を離す(油断する)と消えそうなほど弱々しく、定期的に燃料(薪)を追加しないと消えてしまう。
そんな、頼りになるのかならないのか分からない光の維持(燃料の投下)をするのも、ヒスイとミラの役目。
その間、勇者一行は固い地面の上で、少しでもいいから休息(睡眠)を取る。
野営をしなければいけない状況・・・というのは、泊まれる村も町もない状況。
空が赤く染まった(夕暮れになった)タイミングで、周囲に泊まれる場所がない場合は、もう野営は免れない(確定)。
暗い時間帯(夜)はまともに戦う事もできない為、一行はとりあえず広めの空間を確保して、無理にでも休む、そうしないと明日が辛い。
翌日もその翌日も、魔王が倒されない限り、一行は戦い続ける。
戦い続ける為には、必要最低限の食事と睡眠は必須。
その為なら、固い地面の上での睡眠でも、美味しくない食事でも、取るしかない。
その上、休める村や町が見つかっても、魔族による襲撃も覚悟しないといけない。
もしそんな最悪の事態(魔族の襲来)に遭遇したら、村や町の被害を最小限にする為、襲撃してきた魔族が全滅するまで(逃さず)戦う。
もし被害が家屋(物)だけでも、何かしらの不満を言われる事は、一行にとって日常茶飯事。
例え命が助かったとしても、例え一軒の家屋でも、その地に住む人にとっては、命と同じくらい大切なものに違いない。
「まさか、あの時助けてあげたじいさんの文句を気にしてんの?
だから現実逃避に走って・・・・・」
「違うわ、真面目に話てんのっ!」
ヒスイは『割と真面目』に心配していたが、ウズメにとっては『助けた筈の相手』から、何かと難癖をつけられるのも、ほぼスルーできる(耳に入れない)程に慣れている。
___というより、このパーティーの、『少し変わったルール』は、慣れるしか方法はない。
ウズメにとっては、『そっちの方』に苛立ちを覚えているが、それすらも慣れてしまった。
そのルールというのは、民衆の不満や怒りの吐口は、ほぼ勇者の仲間・・・というもの。
勇者自身は、助けてもらったお礼を言われるのが役目・・・という構図(暗黙のルール)が、ウズメや他の仲間も知らない間に構築されていた(決まっていた)。
だからウズメ達(勇者以外)にとっては、むしろ野営の方が心置きなく休める。
寝心地は最悪だが、誰から文句を言われる事もなく、魔族が襲って来たとしても、心置きなく戦える。
それに、実は野営の方が、魔族からの奇襲が少ない事を、ウズメ達3人はよく知っている。
その要因は、自分たちを取り囲む、聳え立つ黒い木々、まさに『根付いた壁』
「んんううぅ・・・・・」
「っ!!!」「っ!!!」「っ!!!」
コーコンがしかめっ面のまま寝返りを打つ音に、ウズメ達は焦った。
だが、いくら勇者様でも睡魔には勝てない様子で、最初は不満タラタラだったものの、誰よりも早く眠ってくれた。
彼が野営を嫌うのは、単に寝心地が悪いから・・・だけではない。
彼は他の仲間と違い、泊まった町や村が魔族に荒らされても、追い払えばとりあえず皆から感謝される。
面倒・大変な仕事(役目)は全部他の仲間に回して、活躍ぶりだけが語られる。
___つまり勇者にとっては、泊まった村や町が壊される苦痛より、地面で寝る方が苦痛なのだ。
「ふ、ふぅ・・・・・
ウズメさん、時々変なこと言いますよね。
_____やっぱりウズメさんでも、何か不安なことがあるんですか?」
「当たり前だよ、私だって『一応』人間なんだから。」
「『一応』っ?!!」「『一応』っ?!!」
ウズメのその返しに、思わず「ブハッ!!!」と吹き出したヒスイとミラ。
夜の森に二人が吹き出した音が響き、反響し合い、まるで『怪物の唸り声』のようになってしまう。
慌てたヒスイとミラは口を塞ぎ、布にくるまって寝ている一行を恐る恐る(ゆっくり)見るが、他の仲間も爆睡しているのか、寝返りすら打たない。
安堵した二人は、小さく咳払いをしてから、話を仕切り直す。
「『不安』・・・ですか?
_____私は、皆さんが魔王を倒してくれると、信じてますよ。
でも、やっぱり今から『その後』の事は、考えられません。」
「私もよ、魔王を倒せるビジョンが、申し訳ないけど、あんまり見えてこないもの。
でも・・・・・私だって信じてる。ここまで一緒に過ごした貴女を。」
「まぁ、二人の気持ちも分かる。正直私自身、勝てるかどうかは、まだ不安。」
「___私、魔王に勝てない事より、ウズメの死に顔を見るのが嫌なんだけど!!」
「そ、それは私も・・・・・
ふわぁぁぁ・・・・・」
眠気との戦いに限界が来たのか、ミラが大きなあくびをしながら、バランスを崩して横に倒れかけたのを、横に座っていたヒスイが受け止める。
「___ミラ、私がウズメの話し相手してるから、ちょっと休みなさい。
内容は、明日の朝にでも話すから。」
「えぇ、でも・・・・・」
「大丈夫だって、私もヒスイとお喋りしてるんだから。
アイツ(コーコン)が万が一起きても、「眼が冴えちゃって見張ってましたー」って言っとけばどうに
でもなるし。」
ミラは申し訳なさそうにしつつ、なるべくコーコンの視野に入らない場所で横になった。
『時計』がないこの世界では、『太陽・月の位置』で現在時刻を大雑把に把握するのだが、3人が語り合っていたのは、月が丁度真上に位置する時間帯(午前0時あたり)。
そんな時間に、10歳の『子供』が夜更かししようとしても、眠くなるのは必然。
彼女が眠った様子に安堵するヒスイも、ミラより3つ年上なだけで、まだ子供であることに違いはない。
ウズメは、ミラも一旦仮眠をとるように促すのだが、ヒスイはツンケンした態度で「気を遣わなくても結構」と言いつつ、夜空に向かって両手を伸ばす(大きく背伸びをした)。
二人がぐっすり眠ることができるのは、村や町の宿に泊まった時のみ。
___しかし、荷物持ちである二人は、いつも『一人部屋』で一緒に寝ている。
部屋が借りられない(満室の)時は、『廊下』に寝かされることもしょっちゅう。
ウズメは、全員が寝静まったタイミングを見計らって、よく廊下で寝ている二人を、自分の部屋に招いている(連れて来る)
___もちろん、『やましい気持ち』はない。
だがミラは『経験者であり、被害者』だったからか、親切にしてくれるウズメにも心を開いては行くれなかった。
当初は、何故ミラが寝心地の良い場所を拒むのか疑問だったが、後々ヒスイから事情を聞かされた時は、思わず外へ飛び出した(吐いた)。
しかし、ウズメの誘いを何回も受けているうちに、だんだんとミラの警戒心も解けていく。
そして、同じく誘われるヒスイも、しっかり睡眠の取れた気持ちの良い朝を迎える。