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かつてのウズメ・『舞』だった頃(3)

 その年の冬は、『観測史上』という言葉がふさわしい程、雪が『粒』ではなく、『塊』で降り注ぐ。

毎年毎年、天気予報を見る度に見る『誇張文句(観測史上)』は、聞き飽きるほど耳にしている。

 だが、時折その文句が、誇張(嘘)ではない場合もある為、悩ましい。


 都心にも関わらず、街路樹の木々が折れ曲がりそうなほど積もり続ける雪。

歩いている人間はほぼいない、そもそも歩けない。

 車道は大量の雪がき止め、電車も全ての路線が通行止め。

タクシーの最前列で苛立っているサラリーマンは、数時間も極寒の外で立ちっぱなし。


 SNSでは、会社や学校に行けない『不安』と、交通機関が利用できない『困惑』で溢れている。

そんな投稿に挟まるように


「ウチの県はもっと凄いから」「これだから都会人は・・・」


と、『積雪マウント』をする雪国ユーザーもちらほら。




 普通こんな状況では、会社で仕事をするどころか、会社に行けるかすら分からない。

最悪、行こうとして足止めをくらい、行きたくても行けない、帰りたくても帰れない状況(八方塞がり)になる可能性だってある。


 だが、『彼女』の勤めている会社は、どこまでもブラック。

出勤できない部下に対しては、1分おきに来る上司からの『鬼電』と『鬼メッセージ』

 会社は『こんな時(緊急事態)』でも休まず仕事ができるように、社員全員を会社近くの『寮』に住まわせている為、この会社では「雪が凄くて出社できません」なんて言葉は通用しない。


 しかも、社内は暖房もヒーターもつけられない。

『節約』という大義名分を使われると、部下も何も言えず。

 上司はというと、自前の湯たんぽやヒーターでヌクヌクしながら、寒さで震える部下を監視する。


 冷え性が厳しい女性社員は、室内にも関わらず『手袋』をはめてキーボードを叩き、男性社員は、マフラーを何重にも重ねて巻いている。

 だが、外から漏れ出てくる冷気が、今年の冬は一段と痛い。

『彼女』もまた、唇をガタガタと振るわせながら、上司の様子を伺いつつ、仕事をこなす。




 ブルルルルッ ブルルルルッ ブルルルルッ


 ブレザーのポケットに入っている、『彼女』のスマホが新着メッセージを伝える(震える)。

その瞬間、一瞬だけ気(頬)が緩みそうになるのを、『彼女』は必死で押さえ込んだ。

 唇を噛みながら上司を横目で見ると、『騙されたばかり』の新入女性社員から目が離せない様子。


 それに一安心したウズメは、意を決して椅子から立ち上がると、上司に宣言する。


「す、すいません。トイレに行ってきてもいいですか?」


「じゃあ3分。」


 上司は手慣れた手つきで、スマホのタイマーをセット。その時間は、きっちり3分。

トイレに行く宣言して、上司がタイマーをセットしたと同時に、部下がトイレへダッシュするのは、この会社の恒例。


 そして、トイレ時間は午前・午後の一回ずつしか行ってはいけない(1日2回)。

だから部下は全員、水分補給すらも満足にできないのだ。


 当然、廊下にも暖房はついていない。トイレの便座も機能していない。

3分以上トイレに滞在するだけで、異性であってもお構いなしに上司が迎えに行く。


 だが、今の『彼女』には、そんな事どうでも良かった。とにかく『結果』が知りたかった。

『結果』さえ知れば、もうブラック企業の社員生活(地獄)も数日で終わる。

 『採用』という言葉を貰うために、彼女は数ヶ月前からずっと準備してきたのだから。


「せ・・・せめて採用かどうかだけでも・・・・・」


 『彼女』はトイレに行かず、その隣にある『非常用階段』への扉を、なるべくゆっくり開けて、滑り込むように(窓の隙間から入り込む蚊のように)入っていく。

 そして、そのままゆっくりゆっくりドアを閉め、スマホのメッセージ画面を速攻で開く。



 画面に映し出された言葉は


『採用のお知らせ』


(や・・・・・や・・・・・



 やったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!


 これでもう、あの糞上司から解放される!!!

 あんなお小遣い程度のお金を稼ぐために、会社に寝泊まりする必要もないんだ!!!

 空腹に耐えながら仕事をする必要なんてないんだ!!! 


 睡眠時間もたっぷり取れる!!! 美味しいものも自由に食べられる!!!

 倍近くなった給料で、ようやく親孝行ができる!!!

 もう会社に過度に縛られる事もないんだ!!! 


 やっぱりこの会社は間違ってたんだ!!! 運が悪かっただけなんだ!!!

 私は『出来損ない』でもなければ、『役立たず』なんかじゃない!!!

 「この会社以外だと雇ってもらえない」なんて言葉は嘘だったのよ!!!) 


 『彼女』は、にやける(喜ぶ)顔を抑えられなかった。

今すぐにこの会社(牢獄)を飛び出してしまいたい気持ちを抑え、心の中で胸が痛くなるほど叫ぶ。


 こんな脱獄の機会チャンス、これから先、いつ訪れるか分からない。

どうにか上司からも怪しまれず、ここまで必死に平静を保ちながら、慎重に慎重を重ねていた。

 その甲斐もあって、ようやく『彼女』は、待ち望んだ知らせを受け取る事ができたのだ。


 『退社(脱獄)できた先輩』からのアドバイスも兼ねて、ほんの僅かな自由時間を全て削りながらの転職活動。

 仕事中に眠そうになった時には、口の中で舌を強く噛み締め、『鉄の味』がするまで痛みに耐える。

何故なら、もうこのチャンスを逃すと、逃げ出す(退職する)気力が完全に失せてしまいそうだった。


 辛くもあったが、この会社から抜け出せるのを夢見れば、苦労なんて微塵も感じない。

気が緩みそうになった時には、いつもそのイメージを頭に思い浮かべては、徹夜をしてでも手を動かした(履歴書を書く)。


 面接は、この会社では『4年に1度』しか使えない『半日有給』を使い、見極めた会社(採用してくれた)会社に行き、面接が終わると速攻で会社に戻った。

 そして、何事もなかった様に、再び長時間の労働に耐える。


 『半日有給』を取るだけでも相当苦労したが、今の地獄から抜け出す為なら、『彼女』は何だって犠牲にできた。

 幸い、上司に目をつけられないように、長年必死に耐えてきた甲斐もあって、面接は無事成功。


 だが、もしこの会社が『不採用』だった時のことを考えると、『彼女』は不安で押しつぶされそうになっていた。

 とにかく面接で失敗しないように、参考動画を見返したり、シミュレーションも1日に何百回と繰り返した。


 もし不採用だったら、次の転職活動ができるまで(半日有給が取れるまで)、4年は必要になる。

このブラック企業に勤めていると、4年後に自分がちゃんと生きているか、正気を保っていられるか分からない。


 だが、彼女はそれらの不安を抱えつつも、こっそり転職活動を成し遂げ、後はもう『退職代行サービス』を使うだけ。

 退職届を代行してもらう為のお金も、雀の涙ほどの給料をどうにか節約して貯めておいた。


 ここまで全てが順調に事が運び、『彼女』は改めて、この会社から抜け出す決意を固める。



(長かった・・・・・本当に長かった・・・

 でも、私の苦労はようやく報われる。

 こんな狂った会社からおさらばできる日を、一体どれだけ心待ちにしていたか・・・・・)






「おい、何をしている。」


 『彼女』が焦って振り向くと、そこには冷酷な視線を向ける上司が。

咄嗟に『彼女』は、持っていた(採用通知画面の)スマホ、を慌ててポケットに入れる。


 もし今、画面を見られてしまっては、全てが終わる。

それこそ、『自分の人生』そのものの終末・・・と言ってもいい程。 


 だが、そんな彼女の行動は、上司の不信感を一瞬にして倍増させる結果に。

有無を言わさず、上司は『彼女』(部下)に詰め寄った。


 重く重圧感のある上司の足音が、縦に長い空間(非常階段通路)に反響して、いつも以上に恐ろしく感じた『彼女』は、一瞬にして正気(冷静さ)を失ってしまう。


 こんな最後の最後に、失敗するわけにはいかない。『彼女』にだって意地がある。

再就職先(新しい居場所)を見つけられた『彼女』は、どうにかしてこの場をやり過ごそうと必死になっていた。


「お前、職務中にこんな場所でコソコソと・・・!!!」


「す、すいません!!! 家族の具合が悪くて・・・!!!」


「ほう・・・・・

 じゃあそのスマホを見せてもらおう。」


「い、いや!!! それだけはやめてください!!!」


「うるさい!!! 上司(俺)の言葉は絶対だ!!!」


 いつもは渋々だが、言う通りに動いてくれる部下がムキになる姿に、上司は怒りを露わにする。

上司は無理やりポケットに手を伸ばそうとするが、『彼女』はそのまま後ろへ後退。


 _____だが、その衝撃で、『彼女』は足を捻り、全身が横へと傾く。

そして、二人は自分たちの感情に身を任せ、すっかり忘れていた。

 此処はトイレの前でもなければ、オフィスでもない。縦に長く、横幅が狭い非常用階段。

手すりの隙間からは、1階からの冷気が、まるで竜巻のように上へと流れてくる。




 『彼女』が何故バランスを崩したのか、それは真横にあると思っていた壁がなく、あるのは下に続く階段のみ。

 傾いていく『彼女』は、そのまま重力に従い、『彼女』の視野からは、上司が途切れていく。


 上司が現状に気づいた時には、もう既に『彼女』の体は、完全に宙へ投げ出されていた。

『彼女』の体は吸い込まれるように、頭から踊り場へと突っ込む。


 その時点で、『彼女』はようやく、自分が今どうゆう状況なのかを理解した。

___が、理解したところで、この状況を打開する方法を、二人は思いつく筈もない。


 この絶望的な状況に、「嫌だ・・・」という声が漏れた直後




 彼女の頭は、踊り場の床へと激突




 鈍い音と同時に聞こえる、『重いナニかが割れる音』は、非常階段だけではなく、ビル全体に響く。

その音の大きさは、上司の肥えた腹を波のように震わせる程。


 踊り場を覗き込んだ上司が目にしたのは、顔面から血が噴き出ている『彼女』の哀れな姿。

ありえない角度に足が曲がり、まるで壊れた人形のように、打ち捨てられた姿。

 かつては健康体そのものであった『彼女』の身体は、ブラック企業に蝕まれた結果、病的なまでに細く白くなっていた。まるで『骸骨』の様に。


 落下した衝撃で、彼女のスマホはポケットから飛び出し、画面に映っている文字を見て、上司が『彼女(部下)』に放った一言は・・・


「___やっぱりアイツ、俺を裏切りやがったな。

 当然の報いだ。」


 そう吐き捨て、上司はそこから足早に去っていく。

まだ命が潰えた衝撃音(激突音)が残る非常階段に、既に冷たくなった『彼女』は取り残された。

 





 彼女のスマホの右上には


 11月23日


 の日付が表示されていた。

が、落下の衝撃で、スマホも持ち主(彼女)と共に、沈黙する(故障する)のであった。


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