第四章(7) ヒスイの仕事と、村の変化
「ウズメさんが弱気なのって、何だか珍しいですね。」
「『弱気』・・・というより・・・『重圧』がヤバい。
___いや、主人たちに悪気があるわけじゃないのは分かってるよ、皆が私たちに期待している気持ち
も分かる。」
「_____だから、余計に気持ちが重いんですよね?」
「そう。だから、ぶっちゃけ魔王退治の時よりもプレッシャーがヤバい。」
「それ言っちゃうんですね・・・・・」
「ミラだから言えるだけだよ。
今でも思う時があるよ、どうしてあの時勝てたのか。
死を何度も経験した私でも、あの時だけは何故か
「ここで死んでも悔いはない」
って気持ちだった。
___でもね、もしそんな事になったら(命を奪われたら)、ヒスイとミラがあの世にまで追いかけ
てきそうで・・・」
「ちょ、ちょっと!
_____そりゃ逝きますけど!!」
迷いなくそうゆう事を言えてしまうのも、ミラの良いところ(魅力)。
ウズメは笑いながらも、話を続ける。
「そう、怒られるのも怖いけどさ、私も二人と、もっと一緒に生きたい。
もっと色んなものを食べて、色んな景色を見て、もっと一緒に年を重ねたい。
___今思えば、それが私にとって、『生きる動力源(理由)』なんだよね、きっと。
___なんだかなぁ、動力源が『魔王撃退』とかじゃなくて、ただ『生きたい』って・・・・・」
「_____それが普通ですよ。
誰だって痛いのは嫌だし、死ぬのはもっと嫌です。」
ミラはこの時、『初めてウズメの心の奥底』を知る事ができたのが、なんだか嬉しく感じていた。
ウズメが心境を語ったり、不安を打ち明ける事は、旅の道中は一口もしなかった。
___いや、言いたくなる事は何度もあったが、ウズメはそんな言葉を、いつも押し込める。
一旦口に出してしまうと、暗い気持ち(不安・恐怖)が加速するから、口が止まらなくなるから。
国王から直々の命を受けている身(勇者の仲間)であるからこそ、自分で自分を追い詰めて、自分から『辞退への道』を進むわけにはいかない。
だから、ほんの少しの油断(弱さ)も許さない。『魔族』に対しても、『自分の弱さ』に対しても。
だからウズメは、自分の気持ちは『己の中』だけに留め、言葉にならないように努力した。
思っていても、心の中だけ(自分だけ)で向き合い、涙は1人で受け止める(誰にも見せない)。
でも、もうその努力の必要もなくなり、ウズメはあの時(魔王討伐時)の心境を、ミラに語る。
ウズメにとっては、魔王を倒すために奮闘していた記憶は、ただの苦い思い出・・・だけではない。
それを自分自身に言い聞かせる為にも、ウズメは思い返して、また思い返す。
「___でも、あの時私たちが生き残ったのは、やっぱりミラやヒスイを含めた、皆の協力があったか
らだよ。
いくら私たちが強くても、それ以外のことは全部周りに任せっぱなしだったから。」
「そんな事ないですよ!
魔王と対峙できる存在を、国は何百年にも渡って求め続けて、それでも結局駄目だったのが当たり前
だったのに、それをウズメさん達は打ち破ったんです!
___私もあの最終決戦(魔王との死闘)を見て、ウズメさん達が、改めて凄いと実感しました。
歴代の勇者がどうして敵わなかったのか(魔王を倒せなかったか)、やっと分かった気がします。」
戦えない二人は、ただ我が身を守る(逃げる)だけで精一杯だった。
しかし、必死にウズメ達が争っている(死闘している)光景を目に焼き付けようと、2人も2人なりに頑張っていた(できる事をした)。
魔族とは比べ物にならない魔王の強さに打ち勝ったのは、勇者一行の実力もあるが、やはり(この戦いで最後にしたい・・・!!!)という、各々の気持ちの力も大きかった。
だがら二人も、恐怖に震えながらも、心の底から必死に応援した。
「私ね、ヒスイとミラには、これからの新しい時代で、『自由』に生きてほしい。
自分で好きな仕事(職業)に就いて、支給されたお金で好きなものを買って・・・」
「そんな・・・・・
私は雇って(買って)いただいただけでも、十分幸せです。
そうじゃなかったら、私はあの檻の中で(売り物として)、一生を終えていたんですから。
あと、ウズメさんと一緒じゃないと嫌です。
だから私、あの時(決戦前夜)に誘ってもらえて、すごく嬉しかったんです。」
「___もしかしたら、災厄の元凶(魔王)がいなくなったことで、国の『奴隷制度』も変わると思う。
私が魔王に向かって突き進んだのも、それが理由の一つだったから。
だって・・・・・見ていられなかった。
魔族との争いの度に、何人もの奴隷が、武器も持つことも許されず、『囮』になるのが・・・」
「ウズメさん・・・・・」
ウズメは幾度も、そんな残酷な光景を見ていた。___いや、『その残骸』を見ていた。
その度にウズメは吐いては泣き、吐いては泣く。
同時に、まだ自分たちの力が、魔族に劣る事を痛感させられる。
さすがの勇者も、その光景をなるべく遠ざけるように歩いてきた(旅をしていた)。
『奴隷による壁』は、何も策がなくなった、本当にピンチの時にしか使わない、まさに『最終手段』
効果がある(危機を脱せる)場合もあれば、ない場合も。
どんなに非道な奴隷商人でも、その手段を避けていた。あまりにも人の道を外れていたから。
しかし、非道な手段を使うしかない状況が、珍しくもなかったのが、この国の歴史。
そんな歴史に終止符を打つ為にも、ウズメは戦ってきた。
もうこれ以上、『命の優先順位』を迫られる事のない日を、一日でも早く実現できる日を信じて。
「だからね、ミラ。
私、ミラには、もっともっと幸せになってほしい。もっと・・・『欲張り』になってもいいの。
何か、具体的な要望があったら、何でも言ってね。」
「_____じゃあ、
『ウズメさんがこれ以上、私の事で考え込まないでほしい、悩まないでほしい』
という要望は?」
「うぅ・・・・・
___ごめん、ちょっと・・・・・過保護すぎた? 私、気持ち悪かった??」
「私は、もう悩んでいるウズメさんを見続けるのが嫌なだけですよ。」
ミラは微笑んではいるが、まだウズメは内心、納得できなかった。
___いや、ウズメは『意地』でも納得したくなかった。
何故なら、こんな『残酷な社会の縮図』を受け入れてしまっては、ミラを売買した奴隷商人の仲間入りをしてしまいそうだから(同族になりそうだから)。
ウズメは何度も何度も考えていた。
(もう受け入れた方が楽になるんじゃないか。もうこんなに悩む必要はなくなるんじゃないか)
と。
時代が変わっても、世界が変わっても、必ず何かしらの奴隷はいる。それが社会の縮図。
ウズメ自身は、ちゃんとした家族のもとに『転生』して、武術を磨くために『学校』へも通った。
転生前も転生後も、それがウズメにとっての『普通』
___いや、『二度目の人生』では、『前世』でやらかした失敗や経験を活かせた為、そこまで大きなトラブル(大失敗)が起きることもなかった。
しかし、『2回目の学生生活』を始めた頃だった、自分の思っていた普通が、実は全然違うことを知ったのは。
同じクラスメイトの筈なのに、教室ではない場所(廊下)で授業を受ける子供、自分たちはやらなくてもいいのに、毎日掃除をしている子供。
そして、掃除をする同級生に声をかけようとすると、何故か大人(教師)から止められた。
何故なのかを聞いても、曖昧な返答しかできない。
逆に、どうして彼らに構うのか、ウズメ自身をおかしな目で見る同級生もいた。
その理由が分かったのは、学校を卒業した『後』
___だが、その理由を親から教えてもらっても尚、やっぱりウズメは、納得できなかった。
『転生前』の学生時代は、そんな過去(歴史)を、教科書と参考書を通じて習ってきただけで、実際にその目で見たことはなかった。
だが、実際目の当たりにすると、自分がいかに平和な世界でヌクヌク育ってきたかを思い知る。
『転生前』も、『転生後』も。




