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第四章(5) ヒスイの仕事と、村の変化

「おねーちゃんおねーちゃん。」


「ん? 何?」


「おねーちゃんはさ、『じょーかまち』ってところにも、行ったことがあるの?」


「うん、まぁね。」


「えぇ?! 

 どんな所?! どんな所?!」


「やっぱり、人がいっぱいいたの?!」


「旨いものとか沢山あるの?!」


 子供達は、目をキラキラさせながら(興味津々で)ウズメに詰め寄る。

そんな目で見られてしまうと、ウズメは返答に困ってしまう。

 何故ならウズメにとって、城下町は『とにかく落ち着かない場所』という感覚だから。


 まだ城下町を一度も見たことがない子供たちにとっては、両親にしか聞いた事のない、『おとぎ話』と同じ分類の話。

 だから子供たちは、両親の話が信じられない様子。


 住民が数十人の村で生まれ育った村人にとって、何千人・何万人もの人間が行き交う城下町は、森よりも更に未知。

 例えるなら、『森の木々が全て人間』になったような、そんな風景。


 人の往来も激しければ、物の流通も目まぐるしい。

市場には、ヘンゼック王国では滅多に手に入らない品もあれば、珍しすぎて逆に胡散臭いものまで陳列されている。


 何処へ行っても人 人 人 建物 建物 建物 店 店 店 

そんな世界(城下町)で、『二度目』の人生の幕を開けたウズメから言わせてもらうと・・・・・


「ただただうるさいだけだよ、色々とね。」


「___何が?」


「まぁ、色々だよ、色々。

 大勢の声がうるさいのも、あっち(城下町)では当たり前なんだけど、とにかく色んな人の考え

 (思惑)がうるさい。


 だから結局、肩身が狭くて、伸び伸び生活できないんだよね。

 ___あなた達で例えるなら、四六時中ずーっとお母さんやお父さんに見られる感じ。」


「うーん・・・・・やっぱり分かんないや。」


「あはははっ! 別に分かんなくてもいいの、感想は人それぞれなんだからさ。

 『変な女の独り言』とでも思ってくれていいよ。」


「_____おねーちゃんは、変じゃないよ???」


「そう、ありがとねっ。」


 首を傾げる男の子の頭を、優しく包む(撫でる)ウズメ。

ウズメには分かる、子供たちが、此処とは全く真逆の世界(都会)に憧れる理由が。

 何故なら、『一度目の人生』で、子供たちと同じ憧れ(願望)を抱いていたから。





 しかし、就職をきっかけに都会へ来たウズメを待ち受けていたのは、厳し現実と、恐ろしい社会。

確かに地方と比べると、色々と魅力(お店・流行の最先端)が多くて、つい夢中になってしまう。


 だが、追いかける為には、生きる為には、やはり『お金(仕事)』が必要。

それは、ウズメも分かっていた。だから都会に来てからすぐ、就職活動を始めたのだ。


 ただ、ウズメが望んでいた仕事は、自分が生まれ育った土地(田舎)ではできないような、『キャリアウーマン』

 土いじり(農業)が嫌いだったわけではない、ドラマや映画で見るような、都会での慌ただしくも、毎日が輝いて見える生活に憧れていたのだ。


 上司や部下と恋をしたり 運命の出会いをしたり 別れを経験したり

 流行り物を身につけ 時にはテレビのインタビューを受け 

 願わくば、もっともっと輝かしい仕事に就いて・・・


 そんな妄想に浸りつつも、彼女はガムシャラに、自分を使ってくれる場所(職)を探した。

探す方法も多種多様なら、求人を出している会社も多種多様。就活アプリにも登録した。

 だから、どこかに必ず、自分の居場所がある・・・・・と思っていた。

高卒で、何の資格もない自分でも、どこかが受け入れて(雇用して)くれる・・・と。


 だが、現実は彼女が思っている以上に厳しく、とても無慈悲だった。

『学歴社会なんてもう古い』と豪語しているインフルエンサーの言葉を、ウズメは今も恨んでいる。


 実際は、『大卒』と『高卒』で、得られるお金(給料)にも待遇にも、大きな差があった。

高卒でも働ける場所はあるのだが、大卒で働ける会社の方が、色々な方面で余裕がある。


 おまけに彼女は、資格にも疎かった上、田舎では経験できるバイト(雇ってくれる場所)も少なく、せいぜい『近所の家の畑の手伝い』くらいしか経験がない。

 それを面接官に言った(アピールした)ところで、鼻で笑われる事も珍しくはなく、いかに自分が狭い世界(環境)で生活していたのかを痛感した。


 資格もない、バイトの経歴すらない、世間知らずだった頃の彼女は、選考の時点で落とされ続ける。

残念なお知らせ(不採用通知)が部屋に溜まっていったウズメには、徐々に焦り始めた。

 その焦りも合間って、採用された会社を調べることもせずに、採用通知が来ただけで舞い上がった彼女が見たのは、自分の愚かさ(無知)をひたすら後悔するような職場(ブラック企業)。


「_____まぁ、私から言えることは、


 何があっても、決して焦らないこと。

 焦るとね、大事なことを忘れちゃうし、『取り返しのつかない結末』になっても不思議じゃないの。


 ___世の中にはね、パニックになった人につけ込んで、利用しようとする、悪い大人もいる。

 そんな大人に引っかかると、なかなか抜け出せなくなって、結局大事な人生の大半を奪われちゃう事

 だってあるの。


 だから、そうゆう人たちと関わらないためにも、焦りは禁物よ。」


「さっすが魔王を倒した英雄!! 説得力があるなぁー!!」


 村の大人たちは、『百戦錬磨の戦士のアドバイス』として聞いているが、ウズメはそんなつもりで言ったわけではない。

 誰に話しても理解してもらえない、『前世の自分』から、未来を生きる子供たちに向けての助言。

そう、無知で無謀で愚かだった、『かつての自分自身』からの言葉。






 カミノー村が、その殻を突き破り(柵を撤去して)、広い世界に飛び出そうとしている(村を広げようとしている)最中、城下町でも街を覆う壁を取り壊す案が上がっていた。

 その費用や労働者を確保しようと、貴族や王族が血眼になって、権利を主張したり、あちこちでマウント合戦が繰り広げられていた。


 当然、その作業を行う人材(職人)にとっても、大金が得られるおいしい仕事。

今まで懸命に築き上げてきたものを壊すのは、若干抵抗がある事に違いないが、これからは『城下町外』にも、安易に建物が建てられる。


 ところが、喜んでばかりもいられない人々がいる。

夜の城下町で、今日の疲れを酒で忘れている人々が最近語り合っているのは、『生計が成り立たなくなった人々』の噂話。


「そういえば兄ちゃん、二番通りの鍛冶屋あるだろ? 

 あそこ閉めるんだとよ。」


「えぇ?!! 俺達がガキの頃からあった場所なのにか?!!」


「あぁ、どうやら後継者の息子夫婦が、別の土地で働くんだとよ。」


「___で、あの『頑固ジジィ』は止めたんだよな?!!」


「それがさぁ・・・・・止めるどころか、ジジィが息子に、別の土地で暮らす事を提案したんだと。」


「マジか・・・とうとうジジィ、ボケたのか???」


「ほら、最近の鍛冶屋業界って、売り上げが落ちるばかりだろ?

 それでもう、食うのもやっていけない未来が見えたんじゃないのか?」


「___で、ジジィも息子夫婦について行くのか。

 まぁ今は、それが一番賢いのかもな。俺たちの仕事も、いつどうなるのか分からないし。」


 時代の変化をしみじみと感じる兄弟が飲む今日の酒は、やけに苦みが強かった。

そして、今まで兄弟で支え合って、どうにか生計を立ててきた『馬車の業界』はというと、売り上げがうなぎ登り。


 今まで魔族の影響で、なかなか遠出が難しかった頃は、馬車業界で働く人間も『命懸け』

魔族に馬車を狙われる可能性もあった為、馬車業界で働く人間は、『戦える技術』が絶対条件。

 だから兄弟は、互いに武器をぶつけ合い、共に何度も危険な目に遭いながらも、今まで食べていけた。


 ところが、魔族の脅威がなくなった事で、兄弟の仕事は何倍にも膨れ上がり、その分使えるお金も倍以上になった。

 その理由として、今まで魔族の襲撃を恐れて、遠出を極力控えていた人々が、一気に動き始めたのだ。

今では貴族・王族のみならず、一般市民も馬車を使い、他の土地へと移り住む家族が増えている。


 その為、以前は一週間に一度しか酒を嗜めなかった兄弟は、最近はほぼ毎日、酒場に入り浸っている。

多忙なのは仕方ないものの、兄弟も今までのんびり見る余裕のなかった『城下町の外』に、仕事が生きがいになりつつある。



 ___ところが、喜んでばかりの毎日ではない。

今まで兄弟以上に稼いでいた人間が急に没落して、幼い頃から兄弟を支えてきた人々も変わりつつある。

 兄弟は『頑固ジジィ』と呼んでいる人も、かつては兄弟の為に本気で叱り、本気で向き合ってくれた、二人にとっては『祖父』のような存在。


 そんな人物が、『兄弟に何も言わずに』そんな計画を立てている事が、二人にはショックだった。

今まで困っていた自分たちを助けてくれた相手を、今度は自分たちが助けてあげる番・・・と思っていた矢先。


「___じゃあ引っ越しする前に、『パイプ』か『杖』でもプレゼントするか。」


「そんな事したら、また怒られそうだけどなぁ。


「若いもんが年寄りにかまってんじゃぁねぇ!!!」


 ってさ。」


「あははっ、そんな怒鳴り声を最後に聞く為にも行こうぜ。」


「もちろんだよ、兄さん。」


 魔族は確かに、人類にとって脅威だった。それと同時に、『収入源』としている人も少なくない。

その関係性も、魔族(脅威)が消え去った今、大きく変わろうとしている。


 一部の人間にとって、魔族は『生計を立てる為に必要な存在』であった。

そんな相手がいなくなれば、途端に店の商品が売れなくなる、注文が一切来てくれない。

 もうそうなったら、『プライド』や『意地』どころの話ではない。

お金を稼ぐ為には、今までの考え方・商業方法を一変する必要がある。


 村に移り住んだウズメには、そんな情勢を自身の目で確かめる(見届ける)事はできないものの、『こんな未来』になる事は、魔王を倒す前から想像していた。


 今まで大金を得ていた職業が、急に窮地に立たされ、逆に小銭程度しか稼げなかった職業が、伸びていく売上に胸を躍らせる。

 今の城下町は、そんな時代の変化の波が渦巻き、良い意味でも悪い意味でも混沌としている。

ウズメが早々にカミノー村を目指したのは、それ(新時代の混沌)に巻き込まれたくないのも一因。

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