第四章(1) ヒスイの仕事と、村の変化
野営は、いくら経験しても慣れない。
周囲を壁に囲まれていないだけで、まるで世界の全てが敵になったように心細く、安心できない事を知ったウズメ。
常に暗闇(周囲)を警戒して、枯葉が落ちる音・枝が折れる音(物音一つ)にも警戒する。
何故なら魔族・盗賊にとって、野営している人間は『絶好の獲物』
実際、勇者一行が夜間の襲撃を受けた回数は、10回は軽く超えていた。
旅人から暗闇に紛れて荷物を盗まれたり、動物に喧嘩を売られた(威嚇される)苦い思い出も。
だから、極力野営は避けたい一行。そうゆう観点から、『時間の管理』も大事な事。
しかし、いくら実力があって、国の地理に詳しい一行でも、そんな上手くいかない。
どんなに綿密に計画を練っても、戦いをなるべく避けても、向こうがその気(やる気・盗む気)だと、どうしても面倒事に巻き込まれてしまう。
「まったく・・・あの『気高いキメラ(ワイバーン)』の襲撃さえなければ、今頃ベッドの上で安眠で
きたんだけど・・・
まぁ、もう秋だから、あのキメラ集団も産卵期に入って、イライラしてるんだろう・・・
ワイバーンの亡骸は高値で買取してくれるから、マズイだけじゃなかったけど。
それでもまだ+-0(プラマイゼロ)だなぁ。」
焚き火(野営する一行)の後ろに、『鮮血が所々に付着している大袋』がある。
一応、まとめられるだけまとめられて、ある程度周囲が明るくなった頃に、近くの町へ売りに行く。
倒した魔獣によっては『解体』を強いられるが、ワイバーンの亡骸は、丸ごと買い取ってくれる。
その『貴重な臨時収入(モンスターの亡骸)』を見張るのも、見張り(寝ずの番)の役目。
まだ袋から漏れ出る生々しい臭いを真横に、残りの一行が眠れるのは、もはや『職業病』
死臭を嗅ぎつけてやってくる輩(獣・アンデット)も多い為、見張るものが多ければ多いほど、見張りの役目は重大になる。
「うぅううぅ・・・・・やっぱり秋頃の森は寒い・・・
もうちょっと焚き火大きくしようかな・・・
でもあんまり明るいと、皆が寝られないよね。
___って、私『上着』すら羽織ってないじゃん。
えーっと・・・どこにあったっけ・・・
あ、そういえば、ワイバーンに襲われた時、『上着』の袖が切れて・・・・・
ヘクションッ!!!」
木々の間から吹き抜ける風(木枯らし)が、棘のようにウズメの頬に刺さる。
焚き火は灯っているものの、冷気の影響で熱がなかなか伝わらない(届かない)。
寝ている勇者たちは、全身を布で隙間なく覆っているため、ぐっすり眠っている。
いつもは何も感じない、そんな彼らの寝顔ですら、寒さのせいで憎らしく感じるウズメ。
苛立ちを抱きながらも、ウズメは焚き火の灯りを頼りに上着を探す。
___が、僅かに見える(火が灯っている)範囲に、上着が見当たらない。
大切な荷物を失くさないように(盗られないように)、野営の際は、荷物をなるべく身近に置いておくのだが、これにはウズメも首を傾げた。
「___あぁ、ミラも震えちゃってるよ。早く上着を探さないと・・・」
ついさっきまで、首をコクコクと上下に揺らしながら、血眼で(必死に)睡魔と戦っていたミラ。
野営の見張りは、有無を言わさず(強制的に)ミラ・ヒスイの役目でもある。
だが、二人ともまだまだ睡眠が必要な年頃(子供)
だから、一行が全員眠った頃に、二人は交代で少しずつ仮眠を取り、全員が起き始めた頃に『やり遂げた感』を醸し出す。
二人もある程度仮眠を取らないと、翌朝の道中でバテてしまう。
そんな二人の賢い生き方(生存戦略)を知っているのも、ウズメだけ。
時間が経つにつれ、首の振りがどんどん大きくなり、そのままだと焚き火に当たりそうで心配だったウズメは、自分の荷物を枕にして寝かせてあげた。
固い防具しか入っていない荷物ではあるが、ミラは、遠慮しながら横になった途端に眠ってしまう。
ミラは、先ほどのワイバーン退治で、かなり精神をすり減らしていた為、頭と心が休憩を求めていた。
重い荷物を背負っているものの、ワイバーンの強力な脚力によって、何度も連れ去られそうになっては助けてもらったから。
何度も空に持ち上げられては落下して、持ち上げられては落下して・・・を繰り返されれば、死を覚悟する。
幸い、ワイバーンには勝ったものの、ミラは動けないほど疲弊していた。
今回目をつけられた(襲って来た)相手がワイバーンだったのも、運が悪かった。
ワイバーンはとにかく執念深く、相手が事切れるまで追い詰める性質があるから。
だからミラを何度も持ち上げては、妨害されてもまた持ち上げられる。
そんな事を繰り返されていれば、頭がおかしくなっても不思議ではない。
無事に勝てたものの、強くて賢い魔族は、国を代表する実力者が揃ったウズメ達(勇者一行)でも手を焼く相手。
ミラのように、戦える力のない人間にとっては、もはや『見つかったら終わり』
「えー・・・・・まさか落としちゃったか、アイツら(ワイバーン)に盗られた?!
マジかー・・・・・結構痛いなぁ。高くはないんだけど、この先の野営が・・・」
「いててっ!!」
「っ??!」
突然、コーコンが寝ている方から、小さいけれど甲高い、ヒスイの声が聞こえた。
びっくりしたウズメとヒスイがまず目を向けたのは、眠っているコーコン。
幸い、コーコンの耳にヒスイの声は入ってこなかったのか、深い夢を泳いでいるのかは分からないが、起きる気配はない。
それに安心したウズメが、ヒスイの方を見ると、ウズメがずっと探していた上着を膝に乗せたヒスイが、『右手の親指』を口に咥えていた。
上着の上には、『糸の束』と『数本の針』が。
それらを見たウズメは、ヒスイが今までこっそり何をしていたのか、どうして親指を咥えているのか、その理由が全て分かった。
「も、もしかして、私が切っちゃった部分を直してくれてるの?!」
「___だってウズメさん、あのままずっと使い続けそうだったから。
勇者一行の一員として、ちょっとはまともな服装でいてほしい・・・というか・・・
というか、もうちょっと声抑えて、起きちゃう。」
まだ勇者一行のメンバーに加わったばかりで、言葉を交わすのもぎこちなかった(距離感が分からなかった)ヒスイが、初めてウズメと言葉を交わした(まともな会話をした)のは、その夜だった。
先日まで、ウズメが何を話しかけても、首を振る(無言の賛成・反対)事しかできなかったヒスイの、精一杯の思いやり(仲良くしたい気持ち)。
同時にウズメは、ワイバーンとの戦闘をヒスイがしっかり見ていたことに、少し照れ臭くなった。
『ウズメ=心配しなくてもいい(強い)』という認識が定着してしまうと、ワイバーンの鉤爪を避けるタイミングが遅れた(ミスして上着が破れた)事を、仮に話したとしても、誰も信じてはくれない。
だがヒスイは見逃さなかった、ワイバーンの鉤爪が頬を掠めた際、ウズメの顔が一瞬青ざめたのを。
ウズメの上着が切れているのを。本人は知っているのに、放置している事も。
改めて、ウズメが縫われている最中の上着をよく見てみると、切れている部分は殆ど縫われていた。
縫われている部分はとても自然で、少し前まで肩の辺りまで切れ込みが伸びていた事が分からない程。
「わざわざごめんね。___それにしても綺麗に縫ったね。誰かから習ってたの?」
「まぁ、一応・・・・・『町長の娘』として、恥じないように・・・」
「へぇー、なんか大変だね。」
2人で夜のひと時を楽しんでいる間に、漆黒だった空が、ほんのりと藍色になっていく。
夜明け前の数時間は、自然と共に生きるもの達(動物・虫)のも聞こえない、不思議な時間帯。
ウズメは、この時間が好き。
まるで、この時間だけ宇宙(異空間)を漂っているような、不思議な気持ちになれる。
焚き火の灯りは太陽で、ウズメ達はその周囲を漂っている恒星。
そして、周囲を囲む木々は、どこまでも広がる宇宙の向こう(闇)を表している。
もうこの時間を迎えさえすれば、野営の監視は終わったも同然。
今まで身動き一つしなかったメンバーにも、寝起きの前兆(寝返り)が見え始める。
頭はまだ夢心地のままでも、体内に宿る時計は狂うことなく、太陽が昇り始めるタイミングに、本体(身体)を起こそうとする。
ウズメに促されて寝ていたミラも、空が明るくなった事に気づくと、慌てて身を起こす。
ちょっと寝癖がつけて、呆然としているミラの姿に、思わず二人は笑ってしまった。
「う、ウズメさん!!! すいません!!!
見張り番なのについ・・・!!!」
「ふふふふふっ。
いいのいいの。それより、もう大丈夫?
昨日あれだけ振り回されたから、眩暈とかはしてない?」
「__________っ。」
顔を真っ赤にさせながらも、一晩ゆっくり休めたミラの顔は、とても生き生きとしている。
そんなミラの顔を見て、ウズメもヒスイも安心した。
そして、皆が起きない間に、ウズメは縫ってくれた上着を、今一度確認する。
焚き火で照らしていたとはいえ、他にも切れている箇所・穴がないか心配だった。
特にこれから、もっともっと外の野営が厳しく(寒く)なってくる。つまり、上着が必須になる。
あまりにも損傷が激しい時には、さすがにウズメも買い直そうとしていた。
しかし、そんな彼女の心配は、全く必要なかった。
もう、切り口がどこにあったか、一目見ただけでは分からないくらい、綺麗に縫われている。
裏地まで配慮して縫われているヒスイの腕前は、この世界にはない『ミシン』を彷彿とさせる。
「___あー、でも袖のところがだいぶ痛んでる。昨日の晩のうちに詰めておけばよかった。
というかウズメさん、上着くらい定期的に新しいのにしてくださいよ・・・」
「破れても、これからはヒスイが直してくれるからいいじゃん。」
「えぇえ?!!」
「ふふふふっ!!」
ヒスイのびっくりした顔に、普段は声を出して笑わないミラも、声が抑えられない様子。
ウズメは、割と本気でそうしようと思っていたのだが、後々2人から説得・・・ではなく『説教』されて、『上着だけ』定期的に買い替えるようにした。
ウズメは他のメンバーにも、その晩の話をしたが、興味を持って聞いてくれる人は誰もいなかった。
それもその筈、勇者一行に支給されるお金は、この国を代表する人達(貴族・王族)に並ぶほど多い。
魔族の影響で貧乏になってしまう家も少なくないこの国では、勇者一行は『妬みの対象』にもなるほど、沢山の資金を持ち合わせている。
そんな大金を持ち合わせているにも関わらず、ウズメの財布の紐がやけに硬いのには、コーコンも呆れていた。___前々から呆れてはいたが、色々なところで。
だがその話をするウズメが、本当に伝えたかったのは、自分自身の『節約自慢』ではない。
勇者一行の一員になってから、まともに会話すらできなかったヒスイと、初めて『対等に』言葉を交わせたことが、とてもとても嬉しかったのだ。
出会った当初は、傷だらけ・泥だらけになりながらも魔族と戦う勇者一行を、若干小馬鹿にしていた(理解できなかった)ヒスイ。
彼女が生まれ育った町が、魔族に襲われてさえいなければ、彼女はそのまま、魔族の脅威を知らずに生きられたのかもしれない。
それが、本人にとって良かったのかは誰にも分からない。
___だが、魔族によって生まれ育った町を失った事は、ヒスイにとって紛れもなく不幸であった。
ショックでまともに会話が交わせなくなり、一時は食欲不振で廃人寸前にまでなりかけた。
おまけに彼女を助けた勇者に関しては、「使えなくなったらそこら辺に捨てて行こう」と、あえて本人の前で言う始末。
大切だった町を失った挙句、勇者の本性を知ってしまったヒスイは、自ら命を絶つ事も考えていた。
もう彼女を守ってくれる両親もいなければ、大きなお屋敷もない、財産も全て破壊に巻き込まれて、実質彼女は無一文状態。
それでも、ウズメの努力(心遣い)は、しっかりヒスイに届いていた。
どんなにそっけない態度を取られても、粘り強く会話を続け、独り言状態になっても諦めず。
ヒスイが拒否しても、無理やりにでも食べさせた。
ウズメの力は兵士の力とほぼ互角、どんなに拒否してもヒスイに敵う筈もなく。
ウズメはもう、『社会人だった頃』のように、仲間を見殺しにはできなかった。
上司の「アイツは退職した」という言葉は、『もう会社には出社できないくらい、再起不能な状態』という意味。
つまり、頭がおかしくなるほど体調を崩したか、もしくは・・・・・
そこまで理解できた、まだ働ける部下は、『暗示』を受けていた
自分は、一生この会社から抜け出せない
死ぬまで働き続ける運命にある
そんな暗示を鵜呑みにしていた自分自身が、転生してから馬鹿馬鹿しく感じていたウズメ。
自分自身を守るだけで精一杯だった『あの頃』とは違い、戦える術を身に着けたウズメは、とにかく前世の無念を払拭するように、ヒスイと接し続けた。
彼女の内心を、ヒスイが仮に聞いても理解できない、だからウズメは『異常な程のお節介』と認知される覚悟で。
むしろウズメにとっては、そっちの方がよかった。
下手に色々と弁解すると、それはそれでまた面倒な事が起こりかねないから。
そんなウズメの『覚悟』と『思い』が届いていたから、ヒスイはウズメから目を離さなかった。
いつどんな時でも、ウズメがピンチに陥った時、助けられるように。
その一環として、ヒスイはウズメの上着を縫い合わせた(直した)のだ。
直向きなヒスイの努力は、度重なる戦いで少し萎えていたウズメの気力を、一気に復活させた。
ヒスイにとって、あの晩はそこまで重要な記憶ではなくても、ウズメにとっては大事な記憶。
だからこそ、ウズメの頭の中には、『ヒスイ=裁縫上手』という言葉が、平和になった後(村に来てから)も残り続けている。
ウズメは、その思い出を、『新しい生活(今)』に繋げる事にした。




