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第三章(2) 普通(村)の生活に馴染んだ頃

「ミラ、朝から宿のお手伝い?」


「は、はい。昨日はご主人と奥さんから、色々とご馳走になってしまったので・・・」


 まだ眠い目を擦りながら、寝ぼけ顔のヒスイが歩み寄って来る。

ヒスイはまだ頭が完全に目覚めていない(寝ぼけている)のか、せっかく汲んだ井戸水が入ったタライをひっくり返しそうになるが、ウズメがそのタライを持ち上げると、ヒスイはその水で洗顔。


「よしっ、じゃあこの水は私が運んでおくから、ミラはご飯の支度をしてる女将さんの所に行きな。」


「いやいや、私がやるって。まだヒスイ、頭がボーっとしてるんだから。」


「別に、大丈夫だっ・・・・・


 ウゥゥ!!!」


 ___ウズメも何となく予想はしていたが、思っている以上に重いタライに、ヒスイの全身が地面に叩きつけられそうになる(転びそうになる)。

 ウズメがタライを受け止め、結局水は全部ウズメが運んだ。


「ウズメのお節介は相変わらずだなぁ、あれはもう『記憶喪失』にでもならないと消えないかも。」


「まぁまぁヒスイちゃん、あんなウズメちゃんだから、無事に魔王を倒せたのかもしれないわよ。」


 今度は主人の薪割りを手伝うウズメを、窓の向こうから見つめるヒスイ。

ただ、ヒスイはお節介なウズメの性格を責めているのではない。

 自分たちのせいで、ウズメが恥をかいてしまう光景を、彼女自身が許せなかった。

しかし、このカミノー村では、そんな格差を心配する必要はない。というより、気にする人がいない。


 ウズメが城下町を気に入らなかったのは、村の健康的な食事と比べたのも一因。

だが、それよりも村が二人を『普通の人』として受け入れてくれた事が大きかった。

 

 特に、身分の格差が激しい城下町へ、一歩でも足を踏み入れれば、『奴隷制度』の格差を痛感する。

城壁近くの掃除・畑の手入れ(草むしり 水やり)・商品の品出し・雇い主の荷物運び。

 それらの仕事を全て受け持つのが、奴隷の役目。

どんなに辛い仕事でも、自分にはできない仕事でも、奴隷は縦に首を振る(YES)以外の選択肢がない。


 そして、奴隷を手助けする事は、雇い主によっては、『違法沙汰・犯罪沙汰』にされる事も。

コーコンは、その辺りがまだマシだったものの、城下町にはコーコンよりも酷い雇い主がちらほら居る。


 もちろん、この国の住民が全員、奴隷に対して冷たい態度をとるわけではない。

『ごく稀』に、ウズメのように親しくしてくれる人はいる。

 教会の牧師や、『心』にゆとりのある貴族・王族など。


 だがウズメの場合、『親切』の域を超えて、ミラやヒスイを『妹』のように慕っている。

『働き手』として重宝している雇用主はいるものの、大抵は『道具』としか見ていない雇用主が多い。

 コーコンがミラに対して辛く当たるのも、ごくごく自然だと知ったウズメは、もう何を恨んだらいいのか分からなくなった。


 二人は戦えない・武器を持てない、にも関わらず、勇者一行の旅を支えてきた(最後まで見届けた)。

自分の勇士を傍で見てくれる人がいるから、ウズメは何事にも負けなかった、負けていられなかった。


 ミラの口癖は、「私なんて些細な助力しか・・・」と、自分の力を過小評価するが、歴戦のウズメでもできない事ばかりを平然とこなしている(文句も言わず続けてきた)。

 骨が折れそうなくらい大量の荷物を抱え、山をいくつも超えたこともあれば、襲って来る魔族に、一切見つからずに隠れる(やり過ごす)ことができる。


 ミラだけではない、ヒスイもウズメが無理しかけている様子を察知して、何かと気を遣ってくれる。

戦場では、あらゆる感覚が麻痺してしまうが、ヒスイの気遣いによって、ウズメは『人の道を外れずに済んだ』


 武器を持ち、戦っている人間のネジが外れれば、とんでもない惨劇を招く可能性もある。

実際、魔族によるストレスで狂ってしまった兵士を、ウズメは何人か取り押さえた。

 だがその度に、ウズメは恐怖した。


[いつか自分も、ああなってしまう(狂ってしまう)かもしれない・・・・・]


 と。


 しかし、そんなウズメの心を、いつだって『一般常識の世界』に戻してくれたのは、ミラだった。

口は少し悪いものの、ヒスイはウズメの異変を、誰よりも先に察知して、指摘する。



「ウズメ、木の枝で手を切ったんでしょ。はやく回復師に言いなさいよ。

 悪化したら、私たちの命まで危うくなるんだから。今のうちに治せば跡にはならないでしょ?」


「どうして膝を抱えてるの? 痛いの?

 _____えぇ?!! 捻ったぁ?!!

 早くそれを言いなさいって!!! ほら、冷やしに行くよ!!!」


「ウズメ、絶っっっ対、風邪が治りきってないんじゃない?

 ___気持ちはわかるけど、完全に治るまで、私傍から離れないから。

 

 此処が城下町で良かったね。

 アイツら(ウズメ以外のメンバー)にピッタリな娯楽が山ほどあるばしょだから、入院が長引いても

 (時間がかかっても)そこまで文句は言われないでしょ。」



 そんなヒスイやミラを、ウズメは純粋に尊敬・感謝している。


 彼女がいなかったら、そもそも旅(魔王討伐)なんてできなかった。

 彼女が背負ってくれたから、魔王の元へと着実に近づけた。

 彼女なりに、『生き残る術』を自力で考案できる様は、ウズメに勇気を与えてくれた。


 何度も心が折れかけ、心身が削れていく最中でも、ミラは決して諦めない。

弱音を吐くこともなく、常に直向きに、一向について来てくれた。


 そんな二人を労うつもりで、この村を選んだのだが、その選択が大成功だった事に、ご満悦のウズメ。




 ただ、ミラとヒスイには、未だに分からない事がある。

どうしてウズメは、そこまで奴隷制度を毛嫌いしているのか。

 この国で生まれ育ったのなら、奴隷の文化は当たり前の筈。


 しかしウズメは、国の常識を無視した行動を平然と行い、周囲から変な目で見られても、全く気にする様子すら見せない。

 そして、二人が何度も、同じ質問を問いかけても。


「[おかしい]と思ったから、気にしない。ただそれだけ。」


 としか言わないから、ますますウズメが分からなくなる(理解できない)二人。

むしろウズメからすれば、奴隷制度を『国の汚点』とすら考えている。



 そう、彼女は『前世の学生時代』に学んだ通りの事をしている、ただそれだけ。


「『男』だから、『女』だから・・・という考えはやめましょう」

「皆が平等で、皆で手を取り合って生きましょう」「人をいじめるのはやめましょう」


 そんな文句を、幼稚園生の頃から聞いていれば、自然とそれが『常識』だと思う。

ただ、少しだけ成長してから、それが当たり前ではない事を、ニュースやワイドショーで知る事になる。

 別の地方、別の国であっても、何かと問題になる『いじめ』や『差別』

転生したウズメにとって、それらが『自分とは無関係ではなくなった』


 ウズメがこの国の常識(奴隷制度)と真っ向から対立しているのは、『自分が転生者である事を忘れない為』でもある。

 少なくとも、かつての自分の人生は、無駄ではなかった(価値があった)事を証明する為。

___誰に証明するわけでもないのだが。


 この国の身分格差は目に見えて激しい事に、違和感を感じている人間はごく僅か。

自分より偉い人の言葉は絶対、逆らうことは許さない。

 『社会人だった彼女』も、そんな感じだったが、「そんな考えは間違いだ!!」と吠える人がいた。


 だがこの国では、吠える人がほぼいない。

奴隷の身が心配でも、コソコソと陰で支えてあげる事しかできない。

 どんなに辛くても、悲しくても、それを口にすることすら許されない。どちらの立場も辛い。

その辛さから抜け出す為には、この国の常識に従うしかない(奴隷に情は持てない)。


 

 ウズメは、そう易々と、自分の気持ちを変えるつもりはない。

自分の考えが、決して間違いではない事を、ミラやヒスイにも人生がある事を、周囲に証明する為。


 ヒスイにも、いつかお互いを分かり合える『恋人』を作ってほしい。

 立派なレディーになった暁には、ミラの『綺麗なドレス姿(花嫁姿)』を見たい。 



 ___なんて考えつつ、それすらも口には出せない(秘密にしている)ウズメ。

何故なら、そんな事を言えば、返って来る言葉が大体予想できるから。


「ミラ(さん)もね。」



 そう、ミラは他人の『恋愛沙汰』には本気になるのに、対象が自分となると、その気にならない。

転生しても、そんな自分のおかしな所が変わらないのには、ウズメ自身も諦めている。




「___そういえば、宴会が終わった後、ウズメさん、どこにいたんですか?

 姿が見えなかったので・・・」


「あぁ、そうそう、その件で、後でミラとヒスイに話があるの。」


「もしかして、『新しい生活』の事ですか?」


「そう、さすがミラ、察しがいいね。」


「この村に来る前に、言ってたじゃないですか。


「この村で、今までとは全く違った、新しい生活がしたい。」


 って。

 でも、具体的な話はまだ聞いてなかったので・・・」


「うん・・・・・

 正直、上手くいくかどうか分からないから、まだ不安ではあるんだけどね。」


「ウズメさんなら、絶対上手くいきますよ!

 私、応援してます!」


 二人で朝食の支度をしていると、ヒスイも割り込んでくる(混ざる)。


「要するに、『この村での役割』でしょ?

 それについては、私も・・・相談したかった。

 というか、全然イメージが湧かない・・・というか・・・」


「え・・・それって、私がこの村で働く姿が、想像できないって事?

 酷いけど・・・まぁ確かに想像はできないよね。」


「ウズメもだけど、私も。なんだか、今とは違う私が、全っ然イメージできない・・・」


「うーん・・・・・

 そう言われると、私も『荷物持ち』以外で、皆さんのお役に立てる事って、具体的に何なのか・・・」


 まるで、『将来の夢が見えない学生』のような3人の会話を聞いていた主人と女将は、微笑みながら3人を見守っていた。

 二人は長い間、子宝に恵まれなかった事もあり、一気に娘が3人もできた気分で、ここ最近はずっと浮かれっぱなし(毎日が楽しい様子)。


 村にとっても、若人が3人も仲間入りした事が嬉しかったのか、3人が村に来た晩の食事会は、大いに盛り上がった。

 一応、村には何人も子供が伸び伸びと生活しているのだが、大人になると村から出て行ってしまう。

そんな村人たちの事情を聞いた3人の胸には、よく分からないプレッシャーがのしかかる。


 この場所がさびれてしまった大きな要因は、『地理』も関係している。

村を取り囲む森を少し離れれば、『便利』と『流行』の塊出あう城下町が見えてくるから。

 

 ウズメにも、村を旅立った人の気持ちが理解できた。

毎日不便な場所で暮らしていれば、それが当たり前になるのも仕方ない。我慢するのも日常になる。

 しかし、テレビやスマホで見る都会の生活は、不便が当たり前な場所で育った人達にとっては、まさに『理想郷』


 だが、まだ学生だった『舞』は、知らなかったのだ(勉強不足だった)。

都会の華やかな場所は、『ほんの一部』の過ぎなかった事を。

 同じ都会でも、場所によっては『不便以上の苦痛』を伴う事を。

都会で生まれ育った人間が、田舎で憧れて失敗するのと、ある意味同じ流れ。


 ただ、ウズメは『この世界の不便』と、『前の世界の不便』とでは、『この世界の不便の方がマシに思えた』何故かは分からないが・・・・・


「うーん!!

 相変わらずこの村のご飯は、パンに至るまで全部美味しいですね!!」


「ほらミラ、慌てて食べなくても、ご飯は逃げないって。」


 口いっぱいにパンを頬張るミラは、まるで『口に種を詰め込む栗鼠リス

ヒスイは干し肉の入っているスープにパンを浸し、ウズメは焼き魚を『骨と頭ごと』バリバリ食べる。

 

 この村で食べられる新鮮な食材は、『野菜』だけではない。

ついさっきまで川で泳いでいた川魚を捕り、すぐ家に持って帰って調理できる。

 自然豊かな森の恵みの一部である、動物の肉は村の全員で均等に分ける。


 調味料は、遠出して買わないと手に入らないが、どんな食材も新鮮で美味しいまま食べられる事は、とんでもなく贅沢な事。

 おまけに気候にも恵まれている為、不作で食べ物が手に入らないトラブルは殆ど起きない。

冬も比較的雪も積もらないカミノー村では、年中作物が育つと言っても過言ではない。


「女将さん、お皿洗いは私がしますので、ゆっくり休んでてください。」


「あ、私も手伝うよー。」 「それなら私も。」


 今まで大量の旅路道具を持ち歩いて来たミラやヒスイからすれば、どんなに大量のお皿だろうと、大鍋であろうと、簡単に持ち運べる。

 その力強さに、主人も女将も唖然としていた。



 3人で朝食の後片付けをしていると、ミラは窓の向こうに見える(裏口にある)、『ひっくり返したタライ』が視界に入る。

 ヒスイとミラが、歓迎してくれた村の皆の手伝いに励んでいた頃、ウズメは密かに『練習』していた。


 最初は『転んでばかり』のウズメだったが、村に来て一か月の間で、ようやく『人に見せられる』くらいには上達した。


 彼女の努力は、『タライの底の擦り減り具合』を見ればよく分かる。

井戸の近くにはいくつものタライが置いてあるのだが、ウズメが使っていたタライだけ、何故か底が薄くなっている。


 転倒や練習疲れなんて、まだ兵士と共に鍛錬していた時代以来だった為、その感覚に慣れるのにも一苦労していた。

 ただ、辛いだけではなかった。

試行錯誤しつつ、自分自身に質疑応答しながら、少しずつ形にしていくのは、ウズメにとっては『娯楽』


 ただ、今回は『娯楽ではない』

この村でしっかりお金を稼いでいく為の、しっかりした『仕事の練習』

 魔族と戦える技術身に着ける訓練と同じくらい、ウズメは本気で取り組んだ。



「___ヒスイ、ミラ。

 後片付けが終わったらさ、一緒に『宿の裏』に来てくれる?」


「いいけど・・・何なの??」


「???」


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