序章(1) 新たな時代の始まり
「ハァ・・・・・ハァ・・・・・
つ、ついにここまで来た・・・・・!!!」
勇者は、軸が定まらない足で、傷だらけになった絨毯を踏みしめる。
しかし、剣を持つその手には、まだ力が残っている。
___いや、『残しておいた』
何があっても、どんな事態になろうとも、絶対にやらなければいけない事があった。
その為に、『彼ら』は数多もの苦難(戦い)を乗り越え、武器を振い続けてきたのだから。
勇者の険しい旅を共に歩んできた相棒(剣)は、まるで『虫食いだらけの枝』のように、刃こぼれが激しい。
ほんの少し前(魔王の城へ向かう直前)までは、その銀色の刀身で魔族を圧倒するほど、立派で美しい出立(装飾)だった。
死闘を繰り広げながらも、勇者は魔王にトドメを刺せるよう、刀身だけは必死に守っていた。
倒せるかどうか、宿敵(魔王)を窮地に追い込めるのかどうかすら分からなかった、『運任せの戦い』を、その剣は耐え抜いたのだ。
勇者一行の諦めの悪さに、魔王もついに折れ、ボロボロになりながらも剣を構える勇者の前に跪く。
そんな魔王の姿も、まるで『廃墟のカーテン』のように、その破れた服の奥から深紫色の肌が見え隠れしている。
今まで散々苦しめられてきた相手が参った(降参の)姿勢をとっている姿を見て、優越感に浸りたい気持ちでいっぱいの勇者とその一行(仲間達)だが、もうそんな気力すら残っていない。
むしろ、早くこのラストバトル(死闘)を終わらせるため、勇者は刃こぼれしている剣を振り上げる。
跪きながらも、勇者を必死に睨みつける、虫の息の魔王。
その姿には既に魔王らしさ(威厳)はなく、這いつくばりながら唸る姿は、野良の魔族と瓜二つ。
立派なツノは折れ、先ほどまで、勇者の握っていた相棒(剣)にお似合いな程、煌びやかな衣服は見る影もない。
戦う直前まで、魔王は
「その剣を我が懐(武器)とするのも、悪くはないだろう・・・」
と、余裕たっぷりだった姿勢はどこへやら。
これには、魔王の側近も、顔を引き攣らせながらも、自らの主人へ失望している心理が見え隠れしている。
___だが勇者一行にとっては、ボス(魔王)だけではなく、配下との戦いも壮絶を極めた。
部下と戦うだけでも死を覚悟する激闘の末、勇者一行は奇跡とも呼べる勝利(魔王の首)を、今目の前にしている。
魔術士は、力の源(魔力)を使い果たしながらも、持っていた杖を振い。
回復士は片腕を失いながらも、仲間たちを絶え間なく癒し続け。
弓矢使いは、たった一本だけ残った矢を握り締め、ただの細い棒になっても尚、敵に向かい続けた。
刃こぼれした槍を杖代わりにして、立つのも限界な槍使い。
彼女の唇から滲み出ている血が、戦闘の壮絶さを物語っている。
『勇者の右腕』としての実力を兼ね備える彼女ですら、何度も『あの世を隔てる川(三途の川)』が見えた。
そして、勇者が剣を振り下ろした直後、この国の歴史(未来)は、大いなる変化を迎える。
勇者が振り下ろした剣は、魔王の首を綺麗に切断。
周囲に飛び散る赤黒い血と、援軍に駆けつけた魔族の絶叫(悲鳴)が、周囲を染め上げる。
魔術士たちは、援軍に来た魔族に気を取られて(焦って)いたが、勇者だけは冷静だった。
勇者は片手で魔王の首を掴み、空が見える天井(穴だらけの天井)へ掲げると、魔族たちに向かって、こう言い放つ。
「ついに俺は・・・・・
この国に混乱をもたらす存在
魔王を倒したんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
その言葉と同時に、魔族たちは一斉に崩れ落ち(膝を落とし)、落胆する。
勇者の叫び(宣言)と同時に、戦い(冒険)を終えた勇者一行は、その場でへたり込んで動けない。
魔王の首からは、まだ鮮血が滝のように流れ落ちている。
その鮮血で顔を染めた勇者に、魔族たちは震え上がっていた。
そして、勇者が魔王の首を掲げた直後、朝日が昇り始め、ボロボロになった壁に朝日が差し込む。
黄金色に輝く朝日を浴びた魔王の鮮血は、灰になって空気へ溶けていく。
周りで見ていた魔族は、無惨(首だけ)になった主君の様を目に焼き付けながら、絶望していた。
「コーコン! そのお土産を持って、すぐ軍のキャンプへ行こう!
国王に、早くこの事実を報告しに行こう!!」
まだかろうじて形を保っていた矢を手放し、弓矢使いは城の門(東)を指差す。
勇者一行が魔王を倒す覚悟を聞いた国王が、魔王の城からは見えない死角に臨時で休息場所を設置。
せめて魔王の根城に向かう間(道中)だけでも、勇者一行の体力を温存させようと、大半の兵士を同行させた。
城内での戦いも厳しかったが、向かうまでも多くの仲間(兵士)が犠牲になってしまう。
だが、同時に確証を得られた。
大事な大事な主(魔王)が隠れ潜んでいる城が、もうすぐ近くにあることを、焦りを必死に誤魔化そうとしている魔族を見れば鮮明だった。
犠牲(死傷した兵士)がありながらも、生き残った兵力は、勇者の帰りを待ち侘びている。
そして、願わずにはいられなかった。勇者たちの帰還と、魔王討伐の報告(未来)を・・・
周囲の魔族たちは、勇者たちが城から去ろうとする姿を、ただただ恨めしく見ていた。
統率する魔王を失った今、魔族にはもう行き場がないのも同然。
だが、魔族に同情する人間なんて、この国にいないに等しい。
何百年もの間、人間は魔族に苦しめられ、魔族に人生を奪われてしまった人も多い。
住んでいた家(村・町)を追われ、財産を失い、愛する人(家族・恋人)を魔族に奪われ・・・
だからこそ、魔族を率いる魔王の討伐は、多くの人が望んだ、『最高のハッピーエンド』
もうこれからは、魔族による襲撃に怯える心配もない、魔族に対抗、防衛する必要もない。
何故なら、もう魔族の歴史は、大将(魔王)の首が刈り取られたことで、終わったも当然。
フラフラになりながらも、勇者は魔王の首を掲げる手を下ろさず、階段(戦場)を降りる。
城の外で、まだ現状が把握できていない魔族も、魔王の首を見た途端、一斉に武器を地面に落として絶望していた。
そんな魔族たちを、勝ち誇った表情で見下す勇者。
彼には、まだ辛うじて魔族を見下す気力は残っているものの、彼の仲間たちは、フラフラの足でどうにか歩いている。
「_____ウズメ、どうしたんだ?」
勇者一行が、フラフラになりながらもキャンプへ向かおうとしている最中、槍使いの女性だけ、階段の上で朝日を見ている。
城に来る前は綺麗にまとめられていた長い黒髪は、柳のようにサラサラと流れて(揺れて)いた。
朝日を取り込む黒髪は、まるで『雨上がりの森』
だが、美しく可愛い顔からは想像もつかないほど強固な手は、自分の体重の何倍も重い槍を、何年も持ち続けている。
日頃から鍛えられているその体は、防具で隠れてあまり見えないものの、細くてもしっかり筋肉のついている、幹のような体。
彼女は日頃の鍛錬と、槍に『魔力』を込める力で、勇者を守り、共に戦う刃。
その実力は、他のメンバーからも一目置かれている。
彼女も、魔王討伐が幼いころからの目標で、そのために尽くした努力は、並大抵のものではない。
だが、幼い頃からの目標(魔王討伐)を果たした、その凛とした顔のどこかに、『別の感情』が隠れている。
そんな彼女の秘められた感情に気づいているのは、『二人の仲間』のみ。
二人は、単なる雑用係(荷物運び)ではあるが、槍使いの彼女と、一番親しい。
___いや、ウズメしか、二人と親しくしなかった。
他のメンバーは、二人を意識しないどころか、人(仲間)として見ているのかすら怪しい。
「あぁ、うん・・・・・」
魔術士から呼びかけられた彼女は、少し名残惜しみながらも、階段をゆっくりと降りる。
今にも崩壊しそうな石段は、勇者一行が全員降ると同時に崩れ落ち、瓦礫の山と化した。
ついさっきまでは、美しくも禍々しい雰囲気を漂わせ、人を寄せ付けなかった魔王の城は、もはや『廃墟』と化している。
階段を降りる槍使いの顔が優れないことを察した魔術士(恋する青年)が、彼女に声をかけた。
他の一行は晴れやかな顔をしているのだが、たった一人だけ、遠く(未来)を見据えるような目をしていれば、不審に思うのは当然。
魔術士が、自分の様子を窺っている事に気づいた槍使いは、笑顔を作りながら、今の心境を少しだけ溢す。
「いやぁ・・・・・ね。
ここから『始まり』なのかなー
って、思っただけ。」
「_____何を言ってるんだ?
もう全ての元凶の魔王は倒したんだぞ?
___あぁ、そうか!
これから『明るい時代が始まる』ことを言ってるんだな!」
「あははっ、まぁそんな感じ。」
煮えきれない対応をしながらも、槍使いは勇者の後を追う。
魔術士と彼女が話し込んでいる間に、もう勇者と他のメンバーは、魔族と攻防を繰り広げた道に帰っていた。
全員が疲労困憊で疲れ果てているものの、早く魔王を撃ち倒した事実を報告(自慢)したくて、疲労を感じる感覚すら麻痺している。