第21話「黙示録の方舟は獄海へ」
摺木統矢は今、爆ぜ狂う光の奔流に逆らっていた。
レイル・スルールの放った最後の一撃……天を貫くビームの光芒が97式【氷蓮】セカンドリペアを包む。
統矢とレイルが激突する一瞬は、二人を無限の刻へといざなった。
対ビーム用クロークが蒸発して溶け消える。【氷蓮】の装甲をテーピングする外部人工筋肉、スキンタービンが千切れて燃える。隻眼を象る右目のスキンタービンも破けて、顕になるツインアイから烈火の如き紅い光が走った。
表面を泡立てながら、紫炎の特殊塗料が徐々に剥げ始めていた。
周囲が見守る中、二人のDUSTER能力が二人だけの時間と空間を凝縮してゆく。
「レイルッ! もう終わりだ……終わらせてやるっ!」
『統矢あああああっ! ボクと始めてよ! ボク達の、本当の戦いを!』
統矢は愛機に振り上げさせた巨大な単分子結晶の塊、【グラスヒール】を全力で叩きつける。身長に匹敵する大剣の刃は、ビームの濁流をかき分けながら……その根本を切り裂いた。力任せに叩き割って、断ち割る。
統矢は真っ直ぐに一撃を振り下ろして、原子力空母バラク・オバマの飛行甲板に着地する。首と左腕のないメタトロンが、爆発するライフルを捨てながら振り返った。その手が背にマウントされたビームの剣へと伸びる。
だが、統矢は【グラスヒール】を足元に突き立てた。
「レイル、レイル・スルールッ!」
【グラスヒール】の鍔元にセットされた、二丁の拳銃を同時に抜き放つ。
現在の人類では製造不可能な、極小サイズの粒子加速器を備えたビームガン。その出処も今は既に知れた……更紗れんふぁが【シンデレラ】と共に持ってきた、未来の超技術で作られた武器なのだ。
迷わず統矢は、【氷蓮】が構えた雌雄一対の拳銃をメタトロンへと突きつける。
両腕を交差させて向けた銃口から、ビームの弾丸が迸った。
狙い違わず、敵の両足を撃ち抜く。
そのままメタトロンは、右腕を残したままその場に倒れて動かなくなった。
誰もが勝利を確信した瞬間。
宙を舞う友軍達の中から歓声があがる。
『ボォォォォイ! パーフェクトだ。各機、れんふぁお嬢ちゃんのマーカーに従い順次着艦だ。凱旋と行こうぜ、野郎共っ!』
『やった……やったぞ! 我々海軍だけで、パラレイドを……セラフ級を!』
『うおおおっ! 勝った! 完全勝利だ!』
コクピットの中で統矢は、割れんばかりの大喝采を浴びた。
犠牲は出た、得難い才能と魂が死んでいった。
だが、そのことが無駄ではなかったと、統矢は仲間達に証明してみせたのだ。
今はただ、傷付き倒れそうな愛機をそっとメタトロンに寄せる。
もう、【氷蓮】とて立っていられない。崩れ落ちるように片膝を突いて、そのまま統矢はメタトロンの残骸に手を添えた。胴体に収まった中枢部の中で、レイルは泣いていた。
「レイル、終わったぞ……出てこいよ」
『統矢、ボクは……』
「異星人と戦うにしろ、仲直りするにしろ……そのために地球人同士で戦っちゃ、本末転倒だろ? 本当はお前だって、わかっている筈なんだ」
だが、統矢の語り掛けを悲痛な叫びが切り裂く。
『統矢は知らないんだ! ボクがなにをされたか!』
「辛いなら聞く、言いたくないなら言葉を待つさ。お前は苦しいかもしれないけど、それはこの時代の俺達地球人だって――」
『その地球人がっ! 異星人に汚され弄り尽くされたボクになにをしたか……統矢様だけだった! ボクはさあ、統矢! 一度死んで、再度殺されたんだ! 異星人と地球人に!』
「レイル!」
『異星人は……巡察軍の連中は、ボクの心も躰もいじくりまわして! その上で、あんな……それを知ったら、ボクの時代の人達はどうしたと思う? やっと逃れられたボクになにをしたあ!』
「巡察軍……それが異星人の名か」
身を切るような叫びだった。
同時に、冷静な声が通信で割り込んでくる。
そして統矢は、戦いの終わりを裏切る言葉を聴いた。
『あー、ゴホン。ええと、レイル君、だね? うん、女の子の声だ。話はあとでちゃーんと聞くから、広域公共周波数で泣くのはおよしなさいよ。おじさん、とっても辛いなあ。あと――』
刑部四郎提督の声に、統矢は耳を疑った。
そして、疑う自分を両目に映る光景が否定する。
『あと、各機現状維持。で、総員退艦……以後の指揮は刹那ちゃん、君がとって。はーい、総員退艦……さ、行って、刹那ちゃん。そんな悲しい顔しないで、さ』
「総員、退艦? ま、待ってくれ、提督! 俺達の勝ちだ、レイルは……メタトロンはもう動けない! けど、空が? ま、まさか」
『そのまさかだねえ、統矢君。君もあとは刹那ちゃんの指示に従って。で、総員退艦急いでねー、押さない、駆け出さない、喋らない、これが総員退艦の『おかし』って……間に合うかなあ? ちょーっとやばいなあ』
空に虹がかかる。
歪んで蠢く不気味な虹だ。
その光が広がる先で、空間が歪んで天が割れる。
それは、次元転移の光だった。
フェンリル小隊の仲間達が口々に叫ぶ。
『辰馬さんっ、空が! い、嫌……あの光、だ、駄目……あ、ああ』
『落ち着け桔梗! 俺達は死なねえ! 俺はお前の前から、絶対にいなくならねえ!』
『嘘、あれ……次元転移の反応。――ッ! 辰馬っ、桔梗を守って! アタシが前に出るっ、沙菊はフォローを! 正規軍の大人達だっている、やらせないんだからっ!』
『いつでもラスカ殿の後にいるッスよぉ! 自分が千雪殿の分まで戦うッス!』
空が割れる。
そして、無数の光が降りてくる。
それは、未来の地球人類……百年後の統矢が指揮する最後の地球軍だ。無人戦闘機械群による、徹底的に統制の取れた物量戦術。百年先の科学力で作られた、強力なビーム兵器を搭載した尖兵だ。
万物の霊長たる人類に初めて現れた、謎の天敵。
真実を知らず、僅かに知る者が黙る中でこの時代は名付けた。
平行世界からの侵略――パラレイドと。
「くっ、しかもこいつぁ……アイオーン級やアカモート級じゃないっ! これは……セラフ級、なのか? これが、全部? この数のセラフ級だとしたらっ!」
今、光の中から無数の天使が舞い降りる。
翼の代わりにスラスターの光を灯して、まるで光輪を背負った神の大軍だ。
セラフ級は皆、必ず単機で出現する人型機動兵器だ。人知を超えた一騎当千の力で、戦略兵器に等しい打撃を人類に与えてきた。大陸を引き裂き島々を海へ消し去って、この星の地軸さえ歪めた存在。
それが今、バラク・オバマを包囲するように無数に降り立っていた。
どの機体も外観は同じ、暗い緑色に塗られた18m前後の巨人だ。その手には銃器と思しき武器を構え、腰には手斧がマウントされている。両肩は右のシールドと左のスパイクアーマーで防御を固められ、丸い頭部には単眼が禍々しい輝きを灯している。
無数のセラフ級は、あっという間に統矢達を包囲した。
そして、レイルの声が涙に濡れながら響く。
『統矢様……ボクを、また……助けてくれるんだ。ボクにはやっぱり……統矢様しかいないんだ。ううん、違う……ボクは統矢様だけでいいんだ!』
空は通常空間へと戻りつつある中、最後に二機の光を吐き出した。
それは、翼を持つ戦闘機に見える。
巨大なスラスターを背負った攻撃機と、長い長い銃身を機首にした爆撃機だ。
次の瞬間、統矢の前でメタトロンが爆発した。
そして、レイルを乗せた熾天使の心臓部が宙へと舞い上がる。
「レイルッ! 待て、待ってくれ……お前はもう、戦うなっ! もういいんだ、レイル!」
統矢の叫びを吸い込む空で、レイルを乗せたブロック状のコアが光を放った。
そして、次元転移で現れた二機の戦闘機が変形してゆく。片方は上半身になり、片方は下半身へ……そして、レイルを中心に合体するや、ツインアイに暴虐的な光を漲らせた。
熾天使の王、再臨。
長大なライフルを水平に寝かせて、それを腰の前に浮かべながら両手を添える姿。新たな肉体を得て全てを睥睨するメタトロンの中で、レイルは統矢を見下ろし笑った。頬を濡らしながら笑っていた。
「マッチング完了、システム更新……レイル・スルール、メタトロン・スプリーム! まだいけるっ! さあ、我が同志……統矢様の世界を共に信じる者達よ! 試練を……百年前の平和に惰眠を貪る人類に、目覚めを! DUSTER能力へいざなう死と、その先の選ばれた生を!」
攻撃が始まった。
あっという間にバラク・オバマが炎に包まれる。
傾く飛行甲板の上で、呆然と統矢はレイルを見上げていた。
なんとか立ち上がる【氷蓮】の背後では、ブリッジに志郎だけが残っている。その声が、静かに統矢の耳に浸透してきた。
『統矢君、本当にごめんねえ。すまないと思っている。大人として無力であることを、後の世代……本来守るべき君達子供に贖わせてしまう。それでも……それでもね、統矢君』
吹き荒れる破壊の嵐の中、友軍は包囲の中で必死に戦っていた。抵抗していた。だが、あまりにも戦力差がありすぎる。メタトロンとの戦いでもう、部隊は壊滅寸前まで消耗していたのだ。
そして、統矢は機体を振り返らせて見た。
ブリッジで一人、敬礼して微笑む志郎の姿を。
『それでも、抗って欲しい。未来に……抗ってくれると、嬉しい。僕は最後に、大人としての責任を果たすから。この艦に搭載された奥の手を使うしかないみたいだよ。ふふ……最後に、刹那ちゃんにも、今の言葉を伝えて欲しい』
「いやだっ! あんたっ、自分で言えばいい! 責任を感じるなら、みっともなくても足掻いて藻掻け! 逃げるんだよ、逃げて逃げ延び、また立ち上がればいい!」
『年寄りがそれをやっちゃあ、若者達の立つ瀬がないんだよねえ。……僕の指揮の下で死んでいった、数多の英霊……未来ある若者、未来があった若者達に顔向けできない。ほら、おじさん照れ屋さんだから。あと……不屈と再起は若者の特権だよ、統矢君』
燃え盛る飛行甲板では今、避難のための大型ヘリが飛び立ちつつある。もともと必要最低限の人員で動かしていた艦なので、僅かに50人前後だ。
そして……目の前に降りてくるレイルのメタトロン・スプリームが迫る。
絶望の中で涙をこらえる統矢は、酷く冷静で澄んだ声に背中を叩かれた。
『統矢君、まだ諦めないで下さい。ただの逆境、ごく普通の絶体絶命ですので。……私に任せて下さい』
恋人の声と共に、統矢は見た。
格納庫から上がってくるエレベーターに、腕組み仁王立ちする空色のパンツァー・モータロイドがあった。応急処置でテーピングされた姿は痛々しく、普段の重装甲が嘘のようだ。それでも乙女を守る一角獣のように、真っ直ぐ伸びた角の下に鋭い眼光が光る。
それは、五百雀千雪の89式【幻雷】改型参号機だった。




