第20話「魔狼狂咆」
死の十二翼を広げる、破壊の熾天使。
メタトロンから解き放たれた強力な重力波は、【樹雷皇】のグラビティ・ケイジの中で干渉し輝く。それは、肉眼ではっきり確認できる光の羽根となって広がっていった。
そして、その姿が滲んで霞む中で消える。
僅かな残像だけを残して、次々と周囲のパンツァー・モータロイドを撃墜し始めた。
一機、また一機と摺木統矢の仲間達が炎に包まれる。
「クッ、まずい! れんふぁ、グラビティ・ケイジ再展開! みんなを守ってくれ!」
『統矢さんっ、それは……今、メタトロンは【樹雷皇】のグラビティ・ケイジの内側にいるの。みんなを飛ばすために、グラビティ・ケイジを広げ過ぎたから――』
目を血走らせて統矢が睨む先で、モニターの端へ閃光となって消えるメタトロン。
動体視力で追いきれぬ高速機動を、統矢の中の不思議な感覚は確かに捉えていた。見えない敵意が感じられる。音速を超えた殺意が拾える。
統矢は更紗れんふぁのサポートを受け、急いで【樹雷皇】の巨体を翻した。
加速力と速度では完全にこっちが上だ。
だが、18m前後のメタトロンは人型のシルエットを自在に操り、まるで宙を泳ぐように自在に馳せる。巨大な推進力の塊である【樹雷皇】は、運動性と小回りで大きく劣っていた。
必死で追いすがる統矢の耳朶を打つ、レイル・スルールの声。
自分と同じDUSTER能力を宿した少女は、荒れ狂う中で泣いていた。
『目覚めて……みんな、死なないで、覚醒してよ! ほら、怖いだろ……死んじゃうんだよ! その絶体絶命から、死線を越えて……DUSTER能力に目覚めてよぉ!』
メタトロンの右手が保持するライフルから、苛烈な光の奔流が迸る。
一度に五、六機のPMRが飲み込まれて、爆発を連鎖させた。
グレイ・ホースト大尉が率いる部隊も反撃を試みるが、走る火線は虚しく空を切る。人知を超えた高速域を移動するメタトロンは、その残像を無数にばらまきながら乱舞していた。
――このままでは戦線が崩壊する。
既に眼下では、搭載されたほぼ全てのPMRを発艦させた原子力空母バラク・オバマが鎮座している。申し訳程度に対空砲火を巻き上げているが、陸に打ち上げられた時点で機動力は失われている。
いかな巨艦と言えども、周囲の直掩機が次々撃破されれば危うい。
だが、傾いた艦のブリッジから冷静な声が走る。
この特攻作戦の指揮官はまだ、いつもの飄々と緊張感のない余裕に満ちていた。
『グレイ大尉、本隊の皆さんに退いてもらってー? そそ、下がって下がって。無理に交戦する必要はないよ……奴さんも本気だからねえ。で、だ――』
刑部志郎提督がやんわり喋った、その時……統矢は見た。
バラク・オバマの飛行甲板に、最後の艦載機が並ぶのを。
それは、統矢にとって愛機と同じくらい信頼できる戦士達。全てを失い亡くした北の地で、ようやく見付けた未来への導だ。
ずらりならんだ機体は、旧型の89式【幻雷】……その改型と呼ばれるカスタム機だ。
|皇立兵練予備校青森校区の仲間達が、武器を携え見上げてくる。
四機のPMRから無線を通じて、同世代の少年少女の声が響き渡った。
『辰馬さん。れんふぁさんからのデータリンク、来ます。【樹雷皇】に登録されたコードを承認、グラビティ・ケイジの誘導に乗って……飛べます』
戦技教導部の副部長、御巫桔梗の声は落ち着いていた。
そして、逸る下級生達の声が弾む。
『沙菊、あんま前に出んじゃないわよ! さぁて、新装備……試してあげるわっ!』
『うはは、ラスカ殿ってば超ヤる気スよぉ……自分、全力全開で援護するッス!』
【樹雷皇】が広げる重力の海と化した空間に、ふわりと四機のPMRが浮かび上がる。彼等は既に、兵練予備校の部活動という枠組みを超越した存在だ。日本皇国海軍が新たに創設した、|海軍PMR戦術実験小隊《かいぐんパメラせんじゅつじっけんしょうたい》の軍人でもある。そう、その部隊は北国で研がれた爪と牙を持つ故、こう呼ばれた――
『オーケェ、コンバット・オープンッ! フェンリル小隊各機……全力でブッ叩け!』
隊長の五百雀辰馬が叫ぶや、色とりどりの旧型機が舞い上がる。
正規の軍人達が援護する中、重力の荒波が満ちた宙空の大洋へ飛び込んでくる。距離を取っての包囲に切り替わった周囲を見渡すメタトロンへと、若き力が吼えた。
同時に統矢は、残った最後のミサイルを全弾ブチ撒ける。
光と爆発の中で、練り上げられた力と技が躍動した。
『おっしゃあ、改型伍号機必殺っ! 88mmカノン砲ぉ、釣瓶撃ちッスウウウウウ!』
重々しい装備で浮かんだ、渡良瀬沙菊の改型伍号機……その背部から両肩へと伸びた巨砲が火を吹いた。次々と排莢される空薬莢を周囲に漂わせながら、砲弾がメタトロンを炎で包む。
統矢の直感は、メタトロンが強力な防御力で衝撃を無効化するのを感じていた。
データや数値を目にしなくてもわかった。
一瞬の刹那が引き伸ばされるような感覚の中、全てがスローモーションで知覚できる。
パラレイドとの戦闘、特にセラフ級を相手にした際……人類の射撃武器は貧弱で無力だ。故に、通常の国家間の戦争ドクトリンは死に絶え、対パラレイド用戦術が歪に発達した。射撃は牽制、そして本命は――
『ナイスよっ、沙菊ッ! んでぇ、脚を止めてくれちゃってえっ!』
――対パラレイド戦の基本にして全て、それは……近接戦闘での格闘戦。
赤い閃光が、走る。
闘争の空気に満ちた空を、駆け抜ける。
ラスカ・ランシングの改型四号機が、両手で握った無数の対装甲炸裂刃を投擲した。驟雨の如き小さな刃が、時限信管式の炸薬を抱いてメタトロンに殺到した。
瞬時にガードでかざされた巨大なシールドに、苦無状のピックが突き立ち……爆発。やはりダメージは通らないが、大きくメタトロンは態勢を崩した。
その間隙へと飛び込む改型四号機は、腰の背部にマウントされていた武器を両手に装着。
それは、普段から愛用してる二振りの大型ダガーではなかった。
『おっ死ねっ、パパの……パパ達の仇っ! ――パイルッ! トンファァァァァッ!』
巨大なトンファーを握った右手が、真っ直ぐメタトロンを捉える。
接触、そして衝撃。
超電導機構で打ち出されたGx超鋼のパイルバンカーが、メタトロンのシールドを貫通した。そのまま右の拳を振り抜くと同時に、ラスカの絶叫が左の一撃を呼ぶ。
『装甲を貫けたっ! ならああああっ、もういっちょぉぉぉぉっ!』
佐伯瑠璃が開発した対セラフ級用特殊兵装が、再び異次元の威力を爆発させた。それでもライフルを向けてきたセラフ級の顔面を、トンファーがブチ抜く。同時に、激発した合金製の杭が頭部を破壊した。
改型四号機をビームの濁流が擦過し、表面の塗料が蒸発してフレームが融解する。
そして、渾身の一撃と同時に離脱するラスカをフォローするように、銃弾が撃ち込まれる。
フェンリルの眼を持つ魔弾の射手は、いかなる隙も逃さない。
二発、三発と、改型弐号機の対物ライフルから放たれた弾丸がメタトロンをのけぞらせた。そして、死角に回り込んでターンする【樹雷皇】の上に、緑色の改型弐号機が舞い降りる。
『摺木君、副砲の……電磁投射砲のコントロール、もらいます。れんふぁさん、パラメーターを改型弐号機に直結、姿勢制御系を一部ください。では……直撃させますっ!』
【樹雷皇】の中央に跨り埋まる97式【氷蓮】セカンドリペアの左右に、副砲として電磁投射砲が装備されている。それ自体が砲身50m級の巨砲だ。
外部からアクセスしてれんふぁの補佐を得るや、加速する【樹雷皇】の上で改型弐号機が手をかざす。その開かれた掌を向けられたメタトロンへと、電磁投射砲が火を吹いた。
既存の火砲とは別次元の威力に、回避しようとしたメタトロンの表面が陥没する。
そのまま落ち始めたメタトロンから、鬼哭の如き声と共にビームが荒れ狂った。
錐揉みに回避する【樹雷皇】から振り落とされながらも、桔梗の声が冴え冴えと澄み渡る。
『辰馬さん……そちらへメタトロンを押し出しました。側面に+3.8、優しく撫でてあげたら……計算通りへこみましたね。では』
『あーもぉ、お前はあ! なんでこういう時っ、そうも冷静でいられるかねえ! こっええ女だよ、ったく!』
メタトロンは墜ちた。
そのままバラク・オバマの広い飛行甲板に落ちて、同心円状に陥没した中から立ち上がる。桔梗の精密射撃で、見た目にもはっきりとメタトロンは損傷し始めていた。既に頭部は木っ端微塵にラスカのパイルトンファーで粉砕され、全身に電磁投射砲の着弾痕がひびを広げている。
それでも立ち上がったメタトロンの、その失われた首に……白い死神が舞い降りた。
改型壱号機を駆る辰馬が、左腕のシールドを突き立てる。
内蔵されたパイルバンカーが、小さな傷を致命打へと押し広げた。
同時に、辰馬はライフルとシールドを捨てて秘密兵器へと手を伸ばす。
試作品故に無骨な白木鞘を思わせる太刀が、改型壱号機の腰にマウントされていた。
『っしゃ、D.O.S.を使うぜ瑠璃ッ! だんびら一振りありゃあ、喧嘩も戦争も最後は一緒よぉ!』
必死に抵抗するメタトロンの左手が、改型壱号機を掠める。
それを避けつつ、抜刀一閃……払い抜けるように辰馬は天使の巨躯を駆け下りた。限界チューンドの足回りが、危険なダンスに白い影を踊らせる。それは、桔梗が刻みつけた弾痕を利用し、絶壁の如き装甲の上で走る。
抜き放たれた太刀が風を裂き、振り回されたメタトロンの左腕を肩ごと斬り落とした。
だが、メタトロンは止まらない。
レイルの泣き叫ぶ涙が止まらない。
統矢はその時にはもう、空母の中央で仁王立ちになったメタトロンを見下ろしていた。
阿吽の呼吸でれんふぁが叫ぶ。
『統矢さんっ、Rコンテナ十番射出! 【グラスヒール】と対ビーム用クロークですっ!』
「――アームド・オフッ! れんふぁ、【樹雷皇】を頼む! ……レイル・スルールッ、お前を止める! 終わらせるっ!」
【樹雷皇】から切り離された【氷蓮】が、空中で【グラスヒール】を受け取りマントに身を包む。そのまま統矢は、燃え盛る紫炎の権化と化した愛機を加速させた。
真っ直ぐ、眼下のメタトロンへと刃を振り下ろす。
メタトロンもまた、両足を広げて姿勢を安定させるや、右手のライフルを真上に向けた。
絶叫と絶叫が交差する中で、統矢はレイルと同じ刻を感じた。
DUSTER能力が見せる永遠にも似た一瞬の中で、互いの叫びが互いを抉る。
『統矢っ! 統矢様はみんなのために戦ってる! だったら、統矢はボクのための統矢になってくれてよ! あの時代最初のDUSTER能力者と、この時代最初のDUSTER能力者なら!』
「寝言はっ、寝て言ええええええっ! お前が静かに寝れるってんなら、そのために俺は戦ってやるっ!」
『わかってよ、統矢っ!』
「思い知れっ、レイル!」
天を衝く光条が統矢を包んだ。
最大出力のビームが、空を焦がして星の海まで突き抜ける。
暴力的な熱量の中で、真っ直ぐ統矢は乾坤一擲の斬撃を振り下ろした。




