第19話「決戦の空は緋に燃えて」
かくして、パラレイドの脅威が立てこもるアヴァロン島へと人類同盟軍は上陸した。
巨大な原子力空母そのものを使い、大地を引き裂き森を断ち割って。
大きく乗り上げた巨大空母バラク・オバマから、無数の火線が迸った。飛行甲板には今、無数の無国籍なパンツァー・モータロイドが並んでいる。その数、72機……一斉に発射されたロケット弾やグレネード、ミサイルが敵へと向かう。
だが……セラフ級パラレイド、メタトロンは敵意を視線で一蹴した。
眼光を輝かせる頭部から放たれたバルカン砲が、鋼の礫で巨大な爆発を連鎖させる。
宙を舞うメタトロンを見下ろし、摺木統矢は機体を翻した。
「れんふぁ、サポートを頼む! いざとなったらぶつけてやる……突っ込むぞ!」
『うんっ! 統矢君、めーいっぱいっ、ブン回しちゃって。わたしも頑張るっ』
統矢が更紗れんふぁと同時にコントロールする、超弩級の機動兵器……|全領域対応型駆逐殲滅兵装統合体《ぜんりょういきたいおうがたくちくせんめつへいそうとうごうたい》、【樹雷皇】。全長300mを超える巨体が、全身にスラスターの光を明滅させながら反転する。
重力コントロールで浮遊し、音の速さを超えて疾駆する巨大な武器庫。
その全てを掌握して、統矢は空中を飛ぶメタトロンを睨んだ。
対空砲火の弾幕を巻き上げるバラク・オバマへと、メタトロンは銃を向ける。
距離も射程も関係ない、強力なビームが放たれようとした、その間隙に統矢はフルブーストで飛び込んだ。
「そいつを撃つなっ、レイル・スルールッ!」
重力波による防御力場、グラビティ・ケイジを展開しながらの突撃。巨大な【樹雷皇】の質量そのものを武器に、統矢はメタトロンへとぶつかってゆく。最大で10km四方をカバーするグラビティ・ケイジは今、【樹雷皇】の表面へと凝縮されて本体だけを守っている。その分濃密になった力場をさらに進路方向に集束させれば、音速に近い体当たりがメタトロンを天空へとさらった。
激突の衝撃に揺れる中、光の濁流が島を灼く。
メタトロンは上昇する【樹雷皇】の主砲に突き刺さりながらも、発砲。苛烈な粒子の奔流が大地を引き裂いた。直撃を免れたバラク・オバマの周囲で、無数の友軍が蒸発する。島自体が歪んで裂け、轟音を響かせながら周囲の海が波濤を泡立たせた。
そして、統矢の耳に悲痛な声が飛び込んできた。
高速で上昇する【樹雷皇】の砲身の先で、少女が泣くような声を張り上げる。
『統矢っ! どうしてまた……ボクの前に立ちはだかって、また!』
「レイルッ、話は聞いたっ! もう知った! ……こんなことはやめるんだ。ここはお前たちの時代じゃないし、この先にお前たちの未来はない!」
『知ってる! それでも……人類に目覚めが、覚醒が必要だって統矢様が!』
「俺だって統矢だ、レイル! 目を覚ますのはっ、お前だあああっ!」
剣にも似た【樹雷皇】のシルエットの、その刀身にあたるのは集束荷電粒子砲……現在の人類が建造しうる最小サイズのビーム砲である。200mもの砲身が微動に震えて、先端に引っかかるメタトロンへと火を吹いた。
蒼穹を貫く光の中へと、死の天使が消えてゆく。
だが、零距離でのフルパワーをぶつけても、統矢は決して油断しない。
そして、爆発の中からゆらりとトリコロールの巨体が浮かび上がった。
『統矢っ、知った……わかってくれたんだね! ボクの、ボクたちの戦いを!』
「知ったことかっ! お前たちパラレイドの正体は、わかった……だからって、理解できるものかよ! れんふぁ、全弾発射! 火力で押し切れっ!」
【樹雷皇】が背負う左右のウェポン・コンテナが、一斉に開いて宙へとミサイルを撃ち上げる。垂直上昇から反転して、マイクロミサイルが驟雨となってメタトロンを襲った。
だが、レイルはシールドで防御しつつ最低限の回避で爆発の中に消えてゆく。
そして、圧倒的な防御力で煙の尾を引き、高度を下げつつ応射してきた。
統矢はグラビティ・ケイジがビームと相殺する衝撃で、れんふぁが何度も悲鳴を噛み殺すのを聞いた。
『統矢、地球の危機なんだ! 君も統矢様なんだから、わかる筈……異星人の侵略に屈したままで、地球人類の尊厳と平和が守れる筈がないっ!』
「それを理由に、過去を……俺たちの時代を荒らしてんじゃないっ! お前が、お前たちがやってることだって、その異星人と同じ侵略だろうがっ!」
『違うっ! これは通過儀礼……試練なんだ。この戦いを通じて、人類は目覚める。DUSTER能力を得て、地球を守る戦士として覚醒するんだ!』
「それが、どうしたっ! 戦争したけりゃ、手前ぇだけで勝手に死んでこいっ!」
メタトロンにダメージは感じられない。
そして、背にバーニアの光を背負いつつ、空中を苦もなく泳ぐように翔ぶ。
対して統矢の【樹雷皇】は、あまりにも大き過ぎた。重力制御の恩恵があっても、巨体は方向転換するだけでも広大な空間に軌跡を描く。最小半径でターンしても、その間に攻撃を一方的に避けるしかなく、その何割かを被弾する。
だが、小回りは効かずとも圧倒的な機動力と加速性、そして火力がある。
統矢は乱射されるビームの中で、その流れに逆らってメタトロンを追う。
大小二機の殺戮兵器は、互いの主張を叫びながら高度を落としていた。
そして……統矢にとってのアドバンテージは、【樹雷皇】だけではなかった。
『オーケェ、ボォォォォォイ! そこは、俺達の距離だっ! 野郎共っ、パーティをおっぱじめるぜ! 全機、突撃! |Rock and Roll!!』
戦闘可能な全てのPMRが、一斉に空へと舞い上がった。
短距離飛行用のロケットブースターを背負い、メタトロンを無数に包囲して取り巻く悪魔達。360度をくまなく囲んで球形の檻に天使を閉じ込め、全員が母国語で憎悪を叫んだ。
ありったけの火力が炸裂し、爆ぜる炎の中へとメタトロンを飲み込んでゆく。
同時に、刑部志郎提督の声が冷静に響く。
見下ろせば、陸に上がったまま動けないものの、バラク・オバマは健在だ。
『れんふぁ君、グラビティ・ケイジ最大展開でよろしく。今、君がコントロールする10km四方の中で……全ての機体は空を泳ぐ熱帯魚に等しい。ぜーんぶ、任せるヨ』
『了解っ、全機コントロールをリンク……以後、こちらで機動を補佐して修正しますっ』
未来の世界からの贈り物、【シンデレラ】……れんふぁが乗ってきたオーバーテクノロジーの塊は今、【樹雷皇】の心臓部として取り込まれている。その重力制御の力は、グラビティ・ケイジによって鉄壁の守りを実現する他、PMRの運用を根底から変える戦術を可能にしていた。
グラビティ・ケイジの範囲内では、耐重力処置を施されたパラレイド以外の、全ての物体を自由に制御できる。結果、極めて限定的な空間内で『空を自由に飛び回るPMR部隊』を現出させるのだ。
統矢の状態を気にしつつ、れんふぁが忙しくキーボードを叩き始めた。
彼女が乗る【樹雷皇】のコクピットは、360度フルスクリーンの電子演算室だ。
液体燃料を燃焼し尽くしたブースターをパージし、友軍機は全てれんふぁの制御下に入った。重力の頸城を解かれた悪魔達は、見えない翼で羽撃き天使を襲う。
統矢の耳にも、レイルの動揺が伝わる。
だが、容赦も加減もしない。
その上で……統矢は知っていた。
全力で戦わねば、レイルは倒せない。
そして、残念ながら……彼女を救いたくても、戦いの中でその手段が探せない。それは向こうも同じのようで、互いに躊躇いを飲み込む中で殺意だけが行き交う。
『統矢ぁぁぁぁぁっ! なんで! どうして! わかってくれない……ボクとキミが今、二人だけがっ! DUSTER能力に目覚めし選ばれた戦士! なのに、キミはっ!』
「れんふぁ、グレイ大尉にコントロールの一部を渡せ! こんな高速処理を続けたら、脳が焼き切れちまう。【樹雷皇】は俺に任せろ、制御系のナーヴを全部もらう!」
『統矢、ボクの話を聞いて……世界にたった二人きりの――』
「グラビティ・アンカーを使う! そいつでフン縛って、みんなで火力を集中させるんだ」
意識的に統矢は、レイルの悲痛な叫びを遠ざける。
彼女もまた、未来の自分が狂わせた存在だと思うと、胸の奥が軋むように痛んだ。だが、その痛みを飲み込んで戦う中、徐々に一秒の長さが引き伸ばされてゆく。
周囲を乱舞する友軍機の動き。
あらゆる攻撃に対処し続けるメタトロン。
キーボードを叩き続けるれんふぁの息遣い。
統矢を取り巻く全てが、スローモーションになってゆく。静止へと近付く中で、知覚は拡大して島全体、海域全体までもが手に取るように理解できた。
生死の狭間で、統矢の中に眠る力がゆっくりと引き出されてゆく。
そして、同じ力を持つレイルと、二人だけの時間が流れ始めた。
「レイル、その機体を停止させて降りろ。統矢様とかじゃなくて、俺の話を聞けっ!」
『統矢はまだ知らないんだ! 異星人は統矢様からも地球人類からも……ボクからも全てを奪った!』
「れんふぁから聞いた……悲惨な戦争の末に、世界は和平を選択した筈だ! 何故、お前たちだけが戦争の継続を望む! もう一人の俺がそう望んでも、お前はそれにすがる必要なんてないっ!」
『そう、やっぱり……統矢は知らないんだ。ボクが、連中になにをされたか……ねえ、統矢。DUSTER能力は……死線を超えた絶望の果て、死ぬより苦しい逆境の中から生まれる希望。ボクは……あの日っ、異星人達に! だからっ!』
既にもう、勝負はついたかに思えた。
数で勝る上に、【樹雷皇】のグラビティ・ケイジに捕らえられたメタトロンは動きが鈍っていた。外からの重力干渉に抗う処置が施されていても、今……メタトロンをれんふぁが、【樹雷皇】の全ての力で拘束しようとしているのだ。その上で、四方八方からグレイ大尉たちの部隊が牙を剥く。
メタトロンは宙に磔になった殉教者のように、次々と攻撃を浴びて炎に包まれた。
レイルの悲鳴を聴きながら、統矢はグラビティ・アンカーを射出した。
【樹雷皇】の下部に二機装備された、巨大な甲殻類の鋏を思わせる有線制御式の大型クロー。その片方が、動かなくなったメタトロンを鷲掴みにして完全に停止させた。
周囲から歓声が響き渡る。
『やりましたよ、グレイ大尉! あのボウズがついに!』
『俺達の勝ちだ……人類の勝利だ! クソッタレの天使野郎もこれで終わりだ!』
『各機、現状維持だ! 気を抜くな、野郎共……お嬢ちゃんのマーカーに従って編隊を組め。このままメタトロンをバラク・オバマの甲板に下ろすぞ』
戦いは終わったかに見えた。
改めて統矢は、守秘回線をメタトロンとの間にだけ繋げて語りかける。
「レイル、もうよせ。俺とお前、世界に二人きりだけのDUSTER能力者なら……俺達二人以外に、こんな力を持たせちゃいけない。こんな力のために、人類を戦争で試して鍛えようなんて、傲慢だと思わないか? なあ、レイル」
『ううっ、統矢様……ボクは、嫌だ。統矢は、わかってくれない……知らないんだ。ボクがどんな目にあったか』
「知らない、わからないさ。聞いてないからな。でも、お前が知って欲しいなら聞くよ。それでお前の気が済むなら、いくらでも付き合う。友達にだってなれるだろ? 俺達、世界に二人きりなんだからさ」
だが、レイルの返答はない。
少女の声に代わって、メタトロンから耳をつんざく重金属音が響き渡った。
同時に、逼迫した五百雀千雪の声が耳を突き刺す。
『各機、警戒して下さい! メタトロンに高熱源反応! これは――』
勝利を確信した瞬間、天使は再び黙示録の頁を捲り出す。
ツインアイに暴力的な赤い光を灯して、メタトロンが吼えた。その全身から、身の毛もよだつ金切り声を撒き散らす。そして……メタトロンを挟み込んで拘束するグラビティ・アンカーが爆発した。
内側から単純な暴力で抉じ開けられ、モーターのトルクが力負けしたのだ。
自らを解放の爆炎で包みながら……ゆっくりとメタトロンが浮かび上がる。
咄嗟に統矢は、グラビティ・アンカーの制御用ケーブルを断ち切った。
周囲に戦慄の声が走る。
『ひっ! 奴が、メタトロンが!』
『落ち着け、最後っ屁ってやつだ……だが、油断するな。確実に仕留める! 各機、ユグドラシル・システムとの重力リンクを確認、最後の総攻撃に――』
『う、うああああっ! 奴が! 奴が消えて、ああっ!?』
【樹雷皇】の統べる重力波の海に、残像だけを残してメタトロンが馳せる。
乱れるモニターのCG補正された映像を追いつつ、統矢だけがその動きを捉えていた。無自覚にDUSTER能力が鋭く研ぎ澄まされ、自然とレイルの動きを知覚させてゆく。見えず聴こえないのに、理解の先で手足が勝手に機体を動かす。
メタトロンは、周囲に分身を刻みながら……次々とPMRを撃墜し始めた。
辛うじて追う統矢だけが、友軍の爆発を超えて翔ぶ。
どうしてもワンテンポ遅れてしまう中で、統矢は奥歯を噛み締め機体を操った。れんふぁもまた、撃墜された友軍を重力で支えて大地へ降ろしてやる。
そして、冷たく凍った声を統矢は聴いた。
『友達……統矢が、ボクと? 違うよ、違う……友達は、二人きりで愛し合ったりできない! ボクはもう、統矢様の友達なんかじゃない。同志で、下僕で、武器で……その全てで。そうありたいからボクは、全力で統矢様に愛を捧げるんだ』
「待て、レイル! お前っ――」
『異星人によって辱められ、この身を汚されたボクを……統矢様は、愛してくれた。統矢は友達にしかなって、くれないの? なら……統矢は、統矢様じゃないっ!』
銃と盾とを持った両手を広げて、メタトロンが身体を開く。
統矢は絶句した。
拮抗する中で打ち消し合う重力波が干渉して、その波形が肉眼で確認できる程にスパークしている。それはまるで……メタトロンの背に、十二枚の翼が広がったかのように見えた。
【樹雷皇】のグラビティ・ケイジの中で、自らの重力波を広げる天使。
その姿は再び、無数に分裂して統矢の視界からも消えた。




