第18話「かくして破城鎚は放たれた」
――出港。
錨をあげて船出した原子力空母バラク・オバマは、前方の巨大な異形に守られていた。反重力で浮かび、無数のプロペラントタンクを生やした空飛ぶ武器庫……圧倒的な推力を誇るロケットモーターの塊、【樹雷皇】だ。
長大な集束荷電粒子砲の砲身を含め、全長300mにも及ぶ空中要塞である。
その中枢にコントロールユニットとして搭載された、97式【氷蓮】セカンド・リペアのコクピットに摺木統矢はいた。彼は今、【樹雷皇】のコントロール・ルームに収まる更紗れんふぁと一緒に、この天翔る殲滅装置の全てを掌握している。
出来損ないのCG映像のように、低空を静かに飛ぶ【樹雷皇】は、背後の空母をガードしていた。
「れんふぁ、全兵装オンライン! イルミネート・リンク! ……時間だ」
『了解ですっ、統矢さん。全兵装、セーフティ解除。イルミネート・リンク……主機、出力120%。グラビティ・ケイジ展開用意』
「しっかし、無茶苦茶な作戦だ。正気の沙汰じゃない」
『でも、現時点で一番確実かも……人類には、この時代の人たちには、他に選択肢がないから』
「だな」
セラフ級パラレイド、メタトロンが居座る太平洋の孤島。アヴァロン島と呼称される無人島に立て篭もり、メタトロンは無差別に航行する艦船、及び航空機を破壊している。たった一機で、太平洋の制海権と制空権を支配しているのだ。
大洋に囲まれた中で、無限射程の高火力による示威行動。
対する人類同盟、刑部志郎提督の攻城戦は極めてシンプルだ。
半世紀前の退役空母で、強襲揚陸作戦を敢行。
その成功の鍵を握るのが、統矢たちの乗る【樹雷皇】だ。
【樹雷皇】……別名、ユグドラシル・システム。未来から来たれんふぁのもたらしたオーバーテクノロジー、【シンデレラ】をそのまま動力部として取り込んだ巨大な|全領域対応型駆逐殲滅兵装統合体《ぜんりょういきたいおうがたくちくせんめつへいそうとうごうたい》。僅か一機で、セラフ級を含むあらゆるパラレイドを撃破可能な人類の切り札。この世で唯一、【シンデレラ】の駆動キィとなっているれんふぁだけが使役する世界樹の神皇だ。
複雑極まりない火器管制と機体制御を、統矢はれんふぁと同時にフルコントロールする。
静かに凪いだ海を飛ぶ【樹雷皇】が、微動に震えながら駆動音を高鳴らせた。
そして、意外な声がヘッドギアのインカムを通じて統矢の耳に入ってくる。
『統矢君、こちらバラク・オバマのブリッジです。作戦開始、いつでもどうぞ』
「……千雪? 五百雀千雪っ! おま……なにやってんだよ、そんなとこで!」
『人手が足りないのでオペレーターをやってます。他には、食堂のキッチンを手伝う仕事もあったのですが……少しでも、統矢君に近い場所で、私も手伝いたくて』
「お、おう。じゃ、まあ……色々と、頼むな」
『任されました、統矢君』
「そっか、オペレーターかあ。とりあえず、作戦が終わったら、その……もうちょっと、ちゃんとしような、俺たち。その……もっと、か、かかっ、彼氏と、彼女? みたいな」
千雪が息を飲む気配が、回線越しに統矢にも伝わった。
少し気恥ずかしいが、今の統矢は戦う理由があって、勝たねばならない訳がある。その全てが、美しい少女の姿で自分を待っていてくれるのだ。
声に出して伝えたかったのだが、いざ言ってみると顔が火照って熱い。
そして、それはどうやら千雪も同じようで、互いの喜びと嬉しさが行き交った。
だが、千雪は咳払いをしていつものクールな声音を響かせる。
『統矢君、お互い私語は慎みましょう。後ろでこわーいオバサン……もとい、こわーい幼女が睨んでますので』
「あ……刹那も、ってか、御堂刹那特務三佐もいるのか!? なんだよ、みんなでぞろぞろと……遊びに行くんじゃないんだからさあ。まあ、いいけど」
『あと、統矢君……この回線、広域公共周波数です』
「……へ?」
れんふぁが小さく笑う声が聴こえた。
しまったと思ったが、もう遅い。
統矢と千雪の会話は、バラク・オバマの艦内は勿論のこと、格納庫で待機する全てのパンツァー・モータロイドに筒抜けだった。先ほどとは別種の恥ずかしさに、慌てて統矢は言い訳を脳裏に並べた。
だが、れんふぁがメインモニタに回してくれた小さなウィンドウでは、ブリッジの窓に激怒した刹那が張り付いている。こちらを、【樹雷皇】を見てなにかを怒鳴っているのが見て取れた。オペレーター席に座る千雪はいつもの澄ました無表情だが、心なしか頬が赤い。
そして、あっという間に美少女オペレーターを冷やかす声が盛り上がった。
バラク・オバマの格納庫に押し込められた、PMRのパイロットたちだ。
『ヒューッ! おいおい、ここはハイスクールの体育館裏じゃねえぞ?』
『焼けるねえ、若いねえ!』
『こいつぁオジサンも頑張らんとなあ、HAHAHA!』
元々が陸軍主導の人類同盟軍で、腕はあっても冷や飯を食わされていた強者の古参兵たちだ。こうした大舞台でも、全く気負う素振りが感じられない。まるで団体旅行の外国人観光客御一行といった雰囲気で、リラックスを通り越してだらけた空気があった。
その緩みきった態度が、かえって統矢には頼もしい。
そう思ったが、次の瞬間には前言を撤回して……72人の勇者にスケベオヤジの烙印を押した。
『で? オペ子ちゃん、いくつ? パンツ何色?』
『もうすぐ17になります。下着は白、ですね』
『ボーイフレンドはああ言ってるけど、どう? 考え直さない?』
『お断りします』
『いい店知ってんだ、ハワイに戻ったら踊りに行こうぜ! 朝まで騒ごうじゃねえか!』
『賑やかなのは苦手なので、遠慮します』
『年齢違いの恋ってアリだと思う? 一回りくらい違うけど、どぉよ!』
『恋に年齢は関係ないと思いますので、後ほどうちの御堂刹那特務三佐を……ッ! 痛い。ぶたれました……とりあえず、私的にはアリですね』
卑猥な質問も入り交じる中で、統矢は焦れた。正規軍の大人たちもだが、いちいち淡々と答える千雪も千雪だ。そう思っていると、ようやく現場指揮官の声で兵たちは静かになる。
『おーし、諸君! その辺にしておけ。上陸部隊を指揮するグレイ・ホースト大尉だ。諸君、悪いが命を預けてもらうぜ? 俺と、目の前にデカいケツ晒して飛んでるボーイにな! ……頼んだぜ、ボーイ。俺たちの道を抉じ開けてくれ。オーバー!』
「……わかってる。わかってるよ、グレイ大尉! れんふぁ、やってくれ!」
そして、決死の吶喊作戦が始まった。
命懸けだが、捨て身ではない。
生きて帰るため、この星で生きていくための戦いだ。
【樹雷皇】からグラビティ・ケイジが広がり、眼下の海へとさざなみが広がってゆく。巨大な重力波のバリアは、あっという間に背後のバラク・オバマを飲み込んだ。
れんふぁのコントロールで、【樹雷皇】のグラビティ・ケイジは最大で半径10km圏内をカバーする。その範囲内の全てを、あらゆる攻撃から守ることができるのだ。そして、グラビティ・ケイジの中にある物体へ、重力場による干渉が可能である。
超弩級の巨大空母が、僅かに波間に浮かび出す。
同時に、統矢は最大戦速で全ブースターを解放した。
スラスターから煌々と光を吐き出し、加速する【樹雷皇】があっという間に音速を突破する。グラビティ・ケイジの影響で空気抵抗はない。そして……牽引される形で、バラク・オバマも波濤を飛ぶように疾走り出した。
嫌になるほど落ち着いている千雪の声が、不思議と耳に心地いい。
『現在、時速700ノット……更に加速中。アヴァロン島到達まで15分です』
「了解っ! れんふぁ、索敵! この距離……もうあいつは、レイルは撃ってくる!」
統矢が中性的な少女の痩身を思い出した、その時だった。
向かう先で光が爆ぜて、衝撃が襲う。
グラビティ・ケイジに干渉するビームの粒子が、拡散する中で熱エネルギーを爆発させた。眩い光の中で、れんふぁの声が緊張感を増す。
しかし、二度三度と襲う射撃から背後の艦を守って、【樹雷皇】は加速を続ける。
『メタトロン、発砲っ! 統矢さん、グラビティ・ケイジの歪曲率を前方へ集中しますね。まだ抜かれる距離じゃないと思うけど。あと、相殺しきれなかった衝撃で後ろが』
「バラク・オバマは! 損害報告頼む。それと、応射する。主砲へエネルギーを」
『機関室に浸水、でも損害は軽微だよっ。でも、かなり揺れたみたい。今、千雪さんがチェックしてくれてる。主砲チャージャ開始、トリガーを統矢さんへ!』
【樹雷皇】は展開するグラビティ・ケイジの中央で、その全てを制御する故に安定している。だが、背後のバラク・オバマは無理矢理重力波で引きずり回しているに過ぎない。メタトロンの強力無比なビームは完全にシャットアウトできているが、恐るべき連射速度で浴びせられる光条に海は沸き立った。
反撃を試みようにも、レーダーが捉えるメタトロンの動きは不規則で止まらない。だが、分身にも似た機動で撃ちまくる姿は、DUSTER能力が統矢に敵影を想像させる。それは今の彼にとってはもう、信頼できる確定情報だ。
嵐にも似た荒波の中、既に浮いている状態で老巧艦がカッ飛ぶ。
恐らく艦内は激震で、ミキサーの中で踊るフルーツみたいになっているだろう。
だが、他に方法はない。
圧倒的戦力による一点突破の電撃戦……このまま上陸して、メタトロンを殲滅する。
だが、統矢とあの日ぬくもりを分かち合った少女は、歴戦のパイロットだった。
不意に背後で、バラク・オバマの直ぐ側に巨大な水柱が屹立する。
「グラビティ・ケイジを貫通した!? れんふぁ!」
『射撃の角度が変わりました! 前方にだけ集中させてたから、その分薄くなった上部のグラビティ・ケイジが破られたみたい……メタトロンは、空から……高高度から撃ってくるっ!』
「野郎っ、って野郎じゃないけど! レイル、やってくれるな!」
完全に見える鉄壁の【樹雷皇】にも、弱点はある。
猛スピードで敵へと突っ込む巨体は、近付く程に威力を増すビームにさらされる。空気中では拡散して威力が減殺される光学兵器は、セラフ級くらいの高火力になると誤差程度でしかない。だが、距離が詰まるということはそれだけ空気に触れる時間が少なくなる、つまりメタトロンのビームは威力が上がるのだ。
そのため、れんふぁはグラビティ・ケイジの歪曲率を変更、前方を厚くしていた。
それを見破ったレイルは、メタトロンを飛ばせて空中から撃ち下ろしてきた。
基本的にメタトロンと【樹雷皇】、そしてバラク・オバマが一直線上に並んでいなければ、真ん中で統矢はビームを受け止めきれない。射角を変えたことで、レイルは直接上空からバラク・オバマを狙い撃ちしたのだ。
ブリッジの千雪の声は、背後で叫び合う兵士たちの声が行き交っていた。
『統矢君、経路そのまま。突っ込んで下さい。こちらは問題ありません』
「わかった! れんふぁ、Rコンテナ一番から十番、全弾発射!」
主砲の発射を断念すると同時に、次の戦術を判断する統矢。
揺れるバラク・オバマを引っ張りながら、【樹雷皇】が音の速さを超えて翔ぶ。その背に並んだ垂直発射型セルが開き、天へとミサイルが放たれた。
白い雲を引いて馳せるミサイルは、向かう先で爆発の花を無数に咲かせる。
着弾前に迎撃されたことは明らかだが、視界を奪って正確な射撃は防げた筈だ。
そうこうしている間に、目の前に小さく島が見えてくる。
統矢はメインモニターに映る緑の孤島が、どんどん大きくなって迫る中で声を聞いた。
『あー、摺木三尉。ってゆーか、統矢君? いいねえ、若いって……あとでね、日本皇国海軍の保養地割引券あげるね。仲間の皆さんと、作戦終わったら遊びにいってらっしゃいよ。……それとも、千雪ちゃんと二人きりでいっちゃう?』
「てっ、提督!? 刑部提督、あんた――」
『ちょっと無線借りてるのよ。んで……このまま加速、グラビティ・ケイジ出力最大で……この艦を丸ごと陸にブン投げちゃって』
「……はぁ!? そんなことしたら」
『もとから潰すつもりで借りてきたからだいじょーぶ。あ、でも返せないなら借りてきたって言わないかあ。まあ、老いぼれ同士……この艦に代えて奴を討つ。という訳でよろしく』
それだけ言って、志郎は背後に耐ショック姿勢を呼びかけた。
その頃にはもう、目の前にアヴァロン島は迫っている。その森の中へと、スラスターを吹かして着地するメタトロンが、肉眼ではっきりと見えた。
れんふぁに指示してすぐ、統矢は島の上空を通り過ぎる。
そして背後で……アメリカ海軍の栄光を背負った巨艦が、砂浜を引き裂き陸へと打ち上げられた。志郎は空母ごと上陸してしまったのだ。それが、直前で統矢にも知らされていなかった、彼の秘策だった。
そして【樹雷皇】が大きくループを描いて島へと戻る中……巨大な爆発が光となって海と空を焼いた。




