第16話「咲いて恋花、散るままに」
ハワイの人類同盟軍基地にて、忙しい日々が始まった。
一週間と経たずに、ノーフォーク港から半世紀前の巨大原子力空母がやってくる。百年近く前にネームシップが作られた、超がつくほどの骨董品だ。聞けば、艤装作業はハワイへの航海中に進めるという。
摺木統矢もまた、愛機の97式【氷蓮】を通じて【樹雷皇】を預かる身として、仕事が山積みだ。とかく軍隊も書類仕事が多く、アメリカを始めとする無数の国家が参集する人類同盟軍でもそれは変わらない。
今、ハワイ基地の施設内を統矢は書類の束と一緒に彷徨っていた。
手続きの類が、片付けても片付けても終わらないのだ。
そんな彼が歩く先で、見知った顔が二つ並んでいる。
「ん、千雪か。それと、れんふぁ。……千雪、このあと暇か? ま、まあ、れんふぁも一緒でもいい、ってかその方がいいかもしれないけど。あのさ、俺と――」
統矢が呼びかける声に、二人は揃って振り向き……唇に人差し指を立てる。無言で静粛を呼びかけるジェスチャーに、統矢は首を捻った。
五百雀千雪と更紗れんふぁは、二人並んで食堂を覗き込んでいた。
今は午後に折り返して久しく、おやつの時間だって終わってる。しかし夕食には早い時間で、いつもは賑わってる食堂も静かなものだった。
二人と一緒に見やると、そこには異様な光景が広がっていた。
食堂には小さな子供と老人しかいない。
共に日本皇国海軍の軍服を着た、御堂刹那特務三佐と刑部志郎上級海将だ。
書類の山に囲まれながら、物凄い勢いで刹那は仕事を処理している。
一方で、隣に座る志郎は呑気に湯呑みで茶を飲んでいた。
「なんだ、御堂先生……じゃなかった、御堂特務三佐じゃないか。それと、あの爺さんも。丁度よかった、サインをもらわなきゃいけない書類が」
これ幸いと統矢が食堂に入ろうとした、その時だった。
不意に両側から、ガシリ! と統矢は二の腕を抱き締められた。そうして千雪とれんふぁが、統矢を入り口の影に引きずり込む。発言も許されず、れんふぁの柔らかい手が口を封じてきた。
「統矢さん、駄目ですよぅ……今、とーってもいい雰囲気なんですから!」
「そうですよ、統矢君。ここは少し様子を見ましょう」
なんの話だかさっぱりわからない。
だが、むー! と怖い顔を作ってるつもりらしいれんふぁが、上目遣いに睨んでくる。遠慮なく組んだ腕に身を寄せて、千雪も無言で頷いた。
れんふぁはようやく統矢から離れると、思い出したように「あ!」と手を叩いた。
「そういえば統矢さん、やーっと! やあああああっと! 千雪さんに告白したんですね。さっき、千雪さんから聞きました。はぁ、よかったあ。本当によかったですぅ」
「ばっ、馬鹿っ! そういうんじゃ、ねえ、けど……その、なんだ、あれだよあれ」
「統矢さんって、本当にそういうの全然駄目で。わたし、ずっとやきもきしてたんです。みんなもそうですよ? みーんなっ、ニラニラしながら見守ってたんです!」
「……おいおい、マジかよ。みんなって」
千雪は僅かに頬を赤らめつつ、まだ統矢の腕にしがみついていた。
そんな二人を見て、再度うんうんとれんふぁは頷く。
「千雪さんっ、本当によかったですね! わたしもホッとしました。統矢さん、千雪さんを大事にしてくださいね? 千雪さんも、元気な子を産んで下さいっ!」
「ちょ、ちょっと待て! 話が飛躍し過ぎてるだろ! って、千雪もなにドヤ顔してんだ、少しは否定しろ! 恥ずかしがれ!」
「大丈夫です、統矢君。私、バンバン産みますから。兎みたいにバンバン産みますから」
聞けば、れんふぁのいた時代……西暦2208年の世界は常識が違うらしい。異星人との異種族間戦争を経験した地球は、人口の激減や世界各地での文明衰退を招いた。滅亡寸前で和平となったが、既に多くの生命が失われていたのだ。
そんな時代に育ったれんふぁは、男女は積極的に子供を産み育てるものと思っている。そう教育されたし、そのことに疑問を抱かぬ価値観で生きてきたのだ。
「えっ……統矢さん! この時代って、十代ではあまり母親にならないんですか!?」
「そうだぜ、まあ……何事も例外はあるが、流石に高校生で、そ、その、あ、あれは……こ、こここ、こっ、子作りは――」
「統矢君、私はいつでも心の準備ができてますので」
「お前は黙れ、話がややこしくなる」
だが、仲睦まじい統矢と千雪を見て、れんふぁは笑った。それは、彼女が統矢たちと出会って仲間になってから、一番の眩しい笑顔だった。
彼女は腕組み寄り添う統矢と千雪の手と手を取って握らせ、自分の手も重ねる。
「でも、本当によかったです。じゃ、次は……刹那ちゃんですよねっ」
「ん? なんか、さ……話が読めないんだけど。それより、俺はこの書類を」
「統矢君、御堂特務三佐はどうやら意中の人がいるようなんです」
「……ませたガキだなー、そりゃまた。で? ……おい待て、まさか」
そのまさかだった。
思わず統矢は目が点になってしまう。
改めて食堂の様子を盗み見れば、二人の会話が聴こえてきた。その気はないのだが、気付けば統矢も千雪やれんふぁと一緒に聞き耳を立ててしまう。
忙しそうに書類をさばく刹那は、いつにも増して不機嫌そうだ。
だが、隣で見守る志郎はとても楽しそうで、好々爺そのものといった感じだ。それは統矢には、孫を見詰める老人の眼差しに思えるのだが……千雪もれんふぁも違うと見ているらしい。
「ええいクソッ! 仕事が全く終わらん。この手の書類はすぐに溜まるな。……提督、少しは手伝ったらどうなんだ! 誰のために私がこんな苦労をしていると思っている!」
「えー、だってさあ。刹那ちゃん、僕の作戦参謀をやるって言ってくれたじゃなーい? その仕事を横取りって、僕ぁよくないと思うなあ……うんうん」
「ぐぬぬ……だが、これは既に作戦とは言わん! 私が間に入って調整役をしなければ、破綻するぞ! オンボロ空母で単艦突撃なんぞ、正気の沙汰とは思えんからな」
「でも、刹那ちゃんがアレコレやってくれると思ったし。それにほらぁ、僕の人望? っていうの? やっぱ凄い訳よ。それに、作戦の最高責任者があたふたしてたら、周囲の兵の士気にも関わるしねえ」
要するに、志郎は会議では大風呂敷を広げて見せて、実際的な仕事を全部刹那に丸投げしているのだ。
統矢は見てて呆れてしまった。
大雑把で大胆で、ある種の豪胆ささえ感じる志郎にもだが……文句を言いつつも事務仕事を一手に引き受けている刹那にもだ。そして、それがれんふぁには惚れた弱みに見えるらしい。
そんなまさかと思うが、確かに統矢は見た。
のほほんと茶を飲む志郎を、時々チラリと見ては……刹那もまんざらではない顔をしている。あの非情で冷徹な刹那が、あんな顔をするのかという具合である。
「提督、そもそもこの作戦……ソロモン作戦は勝算があるのか? アヴァロン島に近付くことは愚か、太平洋を行き来することもできんのだぞ? 無差別に奴は……メタトロンは航行する艦船を狙い撃ちにしてくる」
「そう、だからこっちから出向いてやっつけないと駄目なのよねえ」
「バラク・オバマは半世紀も前に退役したボロ艦だ! 不可能としか思えん」
「そこはほら、上手くやるってことで」
「各国の海軍から出させた72体のパンツァー・モータロイドと、選りすぐりのパイロットたち。少数精鋭での強襲揚陸作戦……だが、これでは島に辿り着けん」
それは統矢も思った。
志郎がアメリカ海軍から出させたのは、過去の遺物となった巨大空母である。しかも、今時ちょっと見ない原子炉で動くタイプだ。船足は遅く、巨艦ゆえにいい的になることは明らかだ。
だが、志郎は説明の必要を感じたのか湯呑みをそっと置く。
「刹那ちゃんとこで作った、ほら……ユグドラシル・システム? あれがあるじゃない」
「【樹雷皇】か、だがどう使うのだ?」
「あのセラフ級、ええと……そう、メタトロン。メタトロンの武器は高出力のビーム兵器だねえ。戦艦の主砲並というか、非常識な射程を誇る高火力だよ。で、対策だけど……バラク・オバマの真ん前に【樹雷皇】を配置、グラビティ・ケイジでビームを防ぐ」
「なるほど、ビームは直線攻撃でメタトロンは島から動く気配はない。ふむ……だが」
「【樹雷皇】はもともと、|全領域対応型駆逐殲滅兵装統合体《ぜんりょういきたいおうがたくちくせんめつへいそうとうごうたい》として設計された決戦兵器だけど……グラビティ・ケイジの範囲内のPMRを全て飛行可能にする力を持ってるね?」
「グッ! な、なぜそれを……」
「んー、それはナイショ。んで……【樹雷皇】のグラビティ・ケイジで、バラク・オバマを牽引させんの。100ノットくらい出るんじゃないかなあ? で、そのまま突撃、吶喊」
「……やれるのか、刑部志郎上級海将」
「やりますとも、御堂刹那特務三佐」
流石の刹那も呆気にとられているようだ。
だが、一度【樹雷皇】に乗った統矢は知っていた。一種のバリアとして機能し、あらゆる攻撃を遮断するグラビティ・ケイジ……重力場を形成するその範囲は、最大で10km四方にも及ぶ。その範囲内にある物体は任意で自由に重力制御できるのだ。
これは内蔵された【シンデレラ】の力を増幅させたものである。
要するに、突入する空母を【樹雷皇】でガードしつつ、引っ張ってゆくのだ。
それを説明したところで、ふと志郎は優しい目で刹那の頭に手を置く。
「ねね、刹那ちゃん。絶対に成功させようねえ? ああいう怖い敵はさ、やっつけてしまわないと。多くの幼年兵、子供たちのためにも……いざという時は僕たち大人が命を張らないと」
「とっ、とと、当然だっ! ……私とてその覚悟はある」
「そっかあ、やっぱ刹那ちゃんて見た目のままの子供じゃないんだねえ……リレイヤーズだもんねえ」
「なっ……何故それを!」
「秘匿機関ウロボロスに参加する、天才的頭脳を持った子供の集団。大人になることを忘れた彼ら彼女らを、リレイヤーズと呼ぶ。他にはほら、【樹雷皇】を作った八十島彌助君もそうじゃない? ……ねえ、刹那ちゃん。僕は根堀り葉掘り聞いたりしないけど。でも、なにか大変な事情があるのかなーって。その子供たちも、刹那ちゃんも」
刹那は黙ってしまった。
そういえば、統矢も一つだけ気になっていた。
先日、れんふぁは取り戻した記憶に基づく真実を、思い出した範囲内で語ってくれた。だが、謎は残る……その最たるものが、秘匿機関ウロボロスと刹那たち天才児の存在だ。それを志郎は、リレイヤーズと呼んだ。
刹那はようやく、絞り出すような言葉で呟いた。
「それは……言えん。提督にも、言えないんだ。だから、私は……ッ! 嘘を、吐いている。これからも、ずっと。ずっと……提督を騙し続けることになる」
「あ、そぉ? それが一番苦しいんじゃないかって。僕はねえ、かわいいかわいい刹那ちゃんが心配でさ。でも、言えないなら大丈夫。いいよ、黙ってて。話してくれたら墓まで持っていくし」
「……それも、困る。私は……しっ、しし、志郎には、生きてて欲しい。ずっと……あ、いや! 勘違いするな! 提督は皇国海軍の逸材だからな! 自堕落で野放図、軍人にあるまじきだらしなさだがな! だが……貴重な人材で、私の、私の……ッ!?」
再度志郎は刹那の頭に手を置き、銀髪を撫でる。
いつも烈火の如く怒り出す刹那は、黙ってそのまま目を逸らした。
「てっ、提督は、好きだ……この時代、今回もだが……いつも、優しい。あ、そういう意味ではない! あ、あれだ! 飴をくれるしな! だから……今度こそ、生きてて欲しい。天寿を全うして、畳の上で大往生してほしいのだ」
「ふーん、そっか。ま、いいよぉ。刹那ちゃん、嘘は女のアクセサリーっていうしねえ? 僕の小さな小さなマイフェアレディ、安心して。僕、メタトロンやっつけちゃうから」
「提督……」
「僕たちは勝つ、そして勝利を少しずつ積み重ねて……いつかはパラレイドの正体を掴み、交渉の糸口を見つけて停戦に持ち込まなきゃ。和平交渉も必要だし。戦争ってね、刹那ちゃん。始めた時には終わりが見えてないと大変なんだよ? だから、終わらせなきゃねえ」
志郎の言葉が統矢の胸に刺さる。
この戦争の真実、パラレイドの正体を知る故に胸が痛む。恐らく、パラレイドを率いる首魁は……未来からやってきた摺木統矢は、講和など念頭にないだろう。彼は再び異星人と戦い勝利するために、この過去世界の地球人類全員をDUSTER能力者に覚醒させるつもりだ。
ただそれだけの目的で、人類を窮地に追い込み、死闘を演出しているのだ。
生死の狭間の極限状態、地獄からの生還者しかDUSTER能力を発現しないから。
それを知るからこそ、統矢は黙るしかない。
そっと左右から抱き締めてくれる千雪とれんふぁが、なにも言わずに寄り添ってくれた。そうして三人は、少女と老将の一時を盗み見るのをやめるのだった。




