第14話「秘めたる爪は剃刀の切れ味」
長い休憩を挟んで、摺木統矢たち|日本皇国海軍PMR戦術実験小隊《にほんこうこくかいぐんパメラせんじゅつじっけんしょうたい》、通称フェンリル小隊の仲間たちは大きな会議室に来ていた。重々しい空気の中で、隅っこに固まって座る。
居並ぶ面々は皆、人類同盟に参集する各国の海軍将校ばかりだ。
連絡員の尉官がひっきりなしに、出たり入ったりを繰り返している。
やがてメンバーが揃ったらしく、全地球規模の海軍会議が始まる。
議題は勿論、セラフ級パラレイドであるメタトロンの殲滅だった。
「え、では時間となりましたので始めさせていただきます。まずは今までの経緯と現状の把握ですね。報告をお願いします」
司会進行役と思しき青年の声に、壮年の男が立ち上がった。周囲を見渡し一礼して、彼は手にしたタブレットに目を落しながら喋り出す。
「グリニッジ標準時で6月2日、午前零時……月面のナウシカベースが消滅しました。当時の唯一の映像がこれです」
会議室の壁を一面占領する巨大なスクリーンに、写真が映った。
統矢も見たことがある……月面の大地に立つ、光の剣を携えた熾天使。一瞬で400人の人命が、宇宙の虚空へと消えたのだ。嘗て伝説の冒険者オデッセウスを救い、愛する故に別れを選んだ女神ナウシカ。その名を冠した人類の希望、外宇宙への橋頭堡は砕かれた。
そして、報告はさらに続く。
「これに人類同盟は、以前より想定されていた宇宙からの攻撃に対応すべく、プラン303を発令、72時間後に全世界の海軍による対流圏迎撃艦隊を編成。同時に、秘匿機関ウロボロスよりもたらされた試作決戦兵器ユグドラシル・システム及び、それを運用可能な特殊人材も到着しました」
会議室の老人たちが、一斉に統矢を振り向いた。
思わず鼻白んだが、不意に手に柔らかな肌が触れてくる。
隣の五百雀千雪は、ひんやりとした手で統矢の手を握ってくれていた。無言で頷く彼女を見て、統矢は堂々と奇異の視線を受け止める。
ユグドラシル・システムとは、更紗れんふぁのみが起動できる超弩級の|全領域対応型駆逐殲滅兵装統合体《ぜんりょういきがいおうがたくちくせんめつへいそうとうごうたい》……あの【樹雷皇】のことだ。現在の人類が建造しうる、最大にして最強の機動兵器である。
「同時刻、メタトロンが地球の衛星軌道上に次元転移。戦略衛星を破壊しつつ、大気圏突入の兆候を見せたため、艦隊は迎撃行動に……まあ、その、大変な被害が出ましたが」
「大変な被害だあ!? うちの虎の子のラングレーが航行不能になったんだぞ!」
「あ、はい……アメリカ海軍大臣、どうか冷静に。日本皇国海軍の刑部提督の機転でユグドラシル・システムは起動、衛星軌道上にてメタトロンと交戦しました」
白人の太った男が立ち上がって叫んだ。
報告者が言うように、アメリカの海軍大臣らしい。
ラングレーとは、アメリカ海軍が人類同盟に供出している超弩級双胴空中空母だ。巨大な飛行甲板に仮設ドッグを広げて、【樹雷皇】は建造されていた。出撃に際して、刑部志郎上級海将の機転で双胴型飛行船の片側を自ら爆破、気嚢のガスを抜くことで艦体を傾け【樹雷皇】を発進させたのだ。
改めて思い返しても、普通ではない。
尋常ならざる発想に、それを迷わせない英断。
少し統矢とれんふぁの【樹雷皇】が遅ければ、メタトロンは自力で大気圏に突入、どこかの都市へと舞い降りていただろう。
「その後は皆様ご承知の通り、メタトロンはシステム・ユグドラシルと共に大気圏に突入、特殊人材の独断で再交戦後、ユグドラシル・システムのコントロールユニットと共に消失。この間、太平洋上の孤島で一昼夜が経過しました。そして本日に至ります。以上」
長い説明の後で、別の軍人が立ち上がった。
「続いて、現状を報告させていただきます。メタトロンは以前洋上の孤島にて健在。名もない小さな無人島でしたので、以後この島をアヴァロン島と呼称します」
「ふむ、アヴァロン島……君、被害は?」
「メタトロンはアヴァロン島を中心として、半径4,000kmを射程圏内とする籠城戦を展開しております」
「籠城戦だとぉ?」
「今までに、当該戦闘海域に侵入した洋上艦船が18隻、空中巡航輸送艦が3隻、輸送機が40機失われています。尚、生存者はいません」
「ふむ……居座って近付けば無差別攻撃か。厄介なものだな」
「戦線があの島を境に東西で分断されてしまいました。各地で戦闘中の人類同盟軍の兵站に莫大な被害が」
「しかし、どう攻略する? また陸軍のバカ共に頭を下げねばならんのか?」
「その陸軍ですが、大気圏外からの大規模な降下作戦を提案してきました。海軍参謀本部の方で作戦内容を精査させましたが、生存率7%の決死隊です……これは作戦と呼べません」
あっという間に周囲がざわつき始める。
この時代、海軍は既に戦力の全てをほぼ失っていた。空中艦隊や大洋での各種艦船こそ運用しているが、パラレイドに対して全く歯が立たない。時代は今、パンツァー・モータロイドによる有視界戦闘が主流で、陸軍に比べて海軍はPMRのノウハウで一歩出遅れていた。
会議は踊る、それも終わらぬワルツを踊り出した。
全く建設的な意見が出ぬまま、老人たちは無責任なことを互いになすりつけ合う。
業を煮やしたように幼い声が走ったのは、そんな時だった。
「貴様等、いったいなにを言っているっ! 我々人類の指針は変わらん筈だ! パラレイドはこれを全力で排撃、撃滅する。殺るか殺られるか……決断してもらおうか!」
御堂刹那特務三佐だ。
幼い童女の姿に海軍の軍服で、立ち上がった彼女は周囲を睨んで叫ぶ。
だが、待っていたのは槍衾のような反論だった。
「ふん、秘匿機関のガキが……吠えよる」
「うちのラングレーの件は正式に抗議しますからな! 日本皇国とウロボロスに!」
「それより、システム・ユグドラシルの設計や基礎理論の開示を」
「左様、あれが量産の暁には……フォッフォッフォ、陸軍のPMRなど玩具にも等しい」
統矢は呆れてしまった。
両の拳を固く握る刹那の肩が震えている。統矢にはまるで、彼女の手に爪が食い込む音が聞こえてきそうだ。なんと不毛な、無様な会議だろうか。
統矢はパラレイドの正体を知っている。
そして、パラレイドがDUSTER能力者に目覚めさせたい人間の弱さを見た。
能力云々以前に、既に心の弱い者たちは負けているのだ。
負けることは恥ではないし、統矢は今も北海道を忘れない。
だが、戦わずして負けることも、負けたままで終わることも、今は許されない。恥を恥とも思わぬ年寄りには付き合えないし、勝機があるなら恥を忍んで泥をも啜る覚悟が統矢にはある。そしてそれは、フェンリル小隊の仲間も一緒だと感じていた。
そんな時、緊張感に欠く声がぼんやり響いた。
誰もが視線を投じる咆哮を、統矢も見やる。
「えーと、そう刹那ちゃんをいじめないでほしいなあ。あ、僕? 僕もいじめない方向でよろしく。それと……意見具申、いい?」
刹那の隣で、頼りなさそうな老人が立ち上がった。
名は、刑部志郎。
志郎はポンと刹那の銀髪を撫でると、周囲を見渡し咳払いを一つ。そして、好々爺という言葉がぴったりの朗らかな笑顔で言ってのけた。
「えー、僕に艦を一隻貸して頂けませんかねえ。その、ちょっと精算したい思い出もあって……その、アヴァロン島のメタトロンは、僕がやっつけちゃおうと思うんだけど」
場の空気が、凍った。
直ぐに叫び出したのは、やはり先程のアメリカ海軍大臣だった。
「きっ、貴様っ! ラングレーを潰しておいて、また艦をよこせだと!」
「ああ、はい。できれば大臣、貴方のアメリカからお借りしたいんだけど。目をつけてる艦があって、いやあ大国はいい。巨艦がゴロゴロある。アメリカの国力がなせる技かなあ」
「ふざけるなっ!」
左右の軍人たちにどうにか諌められ、鼻息も荒く興奮したままアメリカ海軍大臣が座る。しかし、志郎は全く悪びれずに、再度にこやかに語った。
「僕に艦を一隻……栄光あるUSネイビーの古き旗艦を。ありますよねえ? ほら、ノーフォーク港で埃を被ってるアレ。そう、アレを僕に貸してくれませんか」
「なん……だと……!? アレとはまさか……いや、しかしっ! なにをするつもりだ、刑部提督! なにかまた、しでかす気なのだ!」
「そう、アレですよ。半世紀以上も前に退役した、解体費用も計上できず放置されてる巨艦……ニミッツ級航空母艦最終型、原子力空母バラク・オバマをお借りしたい」
皆が黙った。
志郎のほんわかと喋る声が、不思議と強い意志を滲ませてきたからだ。既に不満や非難を叫ぶ声はなく、軍人は皆が皆、真剣な顔で志郎を見詰めていた。
「僕はねえ、今でも思い出すんですよ。あの戦いを……ブリテンが消滅したアルビオン作戦を。あの時は、全世界の海軍が協力して戦った。そう、今と同じようにね。そして……多大な犠牲を払い、イギリス国民の七割を救うことに成功したんですよ。でもねえ、大勢死んだ……もしその魂が伝説通りアヴァロンに昇るなら……同じ名前の島をパラレイドに渡してはおけなくて。はは、なに、年寄りの感傷というものです」
統矢の背後で「ラスカ殿」と、渡良瀬沙菊が小さく囁いた。
振り向けば、唇を噛むラスカ・ランシングの肩を沙菊が抱いている。五百雀辰馬や御巫桔梗、佐伯瑠璃といった先輩たちもラスカを見守っていた。
「うっさいわね、なによ。……なんでもないわよ」
「これは千雪殿の真似ッス。こーするとほら、安心するスよ? 大丈夫、大丈夫スから」
「……よけーなお世話よ、フン」
既にこの地球に、イギリスという国はない。
無数のパラレイドとセラフ級によって、ブリテンは消滅したのだ。
そのイギリスから、幼い頃に日本へ逃げてきたのがラスカだ。その父は確か、ブリテンでの戦いで亡くなったとだけ、統矢は聞いている。
そうこうしていると、志郎は改めて会議室の全員を見渡した。
「僕は、負ける戦は嫌でねえ。負ける都度、戦友を失ってゆく。次こそば僕の番だと思ってても……なかなか順番が回ってこないものだから。そろそろこの老骨に、最期の大仕事をさせてくれませんかね?」
その声に真っ先に反応したのは、あのアメリカ海軍大臣だ。不機嫌そうに腕を組み、椅子にふんぞり返ってはいるが……彼が志郎を見詰める瞳には先程と違う光が宿っている。
「ブリテンでのあの戦い、脱出船団護衛艦隊の総旗艦ユリシーズが撃沈されるまで……酷く姑息でズル賢く、足掻いて藻掻いて戦線を維持していた艦がありましたな」
「はは、お恥ずかしい。それ多分、僕ですねえ」
「日本皇国の戦艦天城は、刑部提督の座乗艦だったと知ったのは後の話でして。思えばあれが……海軍の最後の栄光でした」
「いえいえ、まだまだこれからです。メタトロンは、その、典型的な籠城で自慰行動……おっと、失礼!」
一気に空気が弛緩し、失笑にも似た笑いが広がった。
それで会議は、少しだけ空気を和らげ志郎の声に聞き入る。
「やあ、失礼失礼……示威行動を展開中ですな。つまり、近付けば殺す、近付かなくても殺す、無視したらもっと殺すぞ、という訳でして。そこで、僕が単艦で殴り込みをかけてみようかと。なに、シンプルな攻城戦ですヨ。……そして、破城鎚は80,000トンの巨大空母です」
ここに、海軍史に例を見ない奇想作戦が発動した。
その名は、ソロモン作戦……乾坤一擲、単艦にPMRを満載しての電撃作戦である。そして、統矢は認識を新たにする。志郎は一見して昼行灯な頼りない老人だが、それは間違っていた。そこには、老練なる百戦錬磨の笑みがあった。




