接触(1)
彼はいつしか、私のそばにいた。
「来奈(Rana)、こっちきて」
「だーめ。」
私を呼ぶ男とはもう長い付き合いになる。
彼は淳(Jun)一応、保護者で親がいない私を引き取ってくれた。
淳は今年で29になるアラサーってやつ。
そしてセブンティーンの華の女子高校二年生の私。
家族は血は繋がっていないけれど淳だけ。
淳のことは好きだけど、家族としての好きだ。いつも私のことを思ってくれている。淳の仕事はよく知らない。でもいつも私が寂しくないように家にいてくれる。この先も家族は淳だけでいい。この時はそう思っていた。
私はたまに夜遊びをする。
夜遊びをする日は淳が仕事で家にいない日。いつも淳は家にいるから、この時はハメを外すことができる。
淳はいつも傍にいなきゃ私が不安になると思っているみたいだけれどそれは違う。この世から両親みたいに淳がいなくなるのが怖いだけで、普段は淳のするべきことをしてほしいって思っている。
今日もとあるクラブで遊んでいた。もちろん一人で。
友達がいない訳じゃないけれど、基本遊ぶことはない。ずっと家にいるのが好きってこともあるけれど、淳が家にいるからなんとなく外に出れないっていうのもある。淳は私のために家にいてくれているからね。
耳の鼓膜まで響く音楽の音。キラキラと光るライト。この空間はとてもたくさんの人が密集していて、見ているだけで面白い。
ハメを外すって言っても、お酒を浴びるほど飲むとかそういうのじゃない。ただこのクラブという空間にいるだけ。それだけで私は満足する。
いつものようにボーっとクラブではじける人々を見つめていた。すると急に誰かに話しかけられた。
「……なあ、アンタ」
「……っ!!」
いきなり耳元で話しかけられてびっくりしてしまった。
話しかけてきた男を見てみると、思わず持っていたグラスをぐっと握る。
「いっつもここに座ってオレンジジュース飲んでるよね」
「……え?」
ナンパかと思ったけれどどうやら違うらしい。隣に座った彼はクラブに適した服装ではないスーツを身に着けていた。暗闇でよく顔がはっきりしないけれど、私のことを前々から知っているような言い草だった。
彼の手にはグラスも何もなく、ただ私の隣に座り、私の眺めていた方向をじっと見ている。
「あなた、誰ですか?」
わざわざ大声を出すのも面倒くさいので、彼が私にしたように耳元でそう問いかける。すると彼はにこりと笑い、私の耳元に唇を近づけた。
「ここのクラブの経営者。まあ、簡単に言えばオーナーってとこかな」
艶美に微笑む。オレンジジュースの入ったグラスを口に付け、また見ていたほうへと視線を戻した。
「とりあえずアンタを拉致するね」
「……は?」
男はそういうと私を椅子から抱き上げて、奥のほうの黒い扉へと入って行く。私は置いていったグラスを持ってきたらよかっただなんて、呑気なことを考えていた。
扉の向こうへと入れば、大音量の音楽なんて、これっぽっちも聞こえてこなくなった。きっと防音なんだろう。
彼はそのまま階段を上がっていく。
「私、どうなるんですか? あの、オレンジジュース飲みたいんですけど」
「大丈夫だから安心して。悪いようにはしない」
私の背中を撫でる彼の行動さえも全くもって安心できない。
とりあえずされるがままにジッとしておくことが名案だと感じた。
階段を上がり終えると、そこには部屋が広がっている。下にクラブさえなければ、ただのマンションの一室だ。
真ん中に置かれている椅子に私を下ろすと、入り口の部屋を閉めて鍵をかけた。
「ここは、どこですか?」
「ここは仕事部屋ってとこかな」
「で、どうして私がここに?」
「んー、まあ一目惚れってとこかなあ」
少し微笑を浮かべながら嬉しそうに言うこの男に、少し腹が立った。
淳が帰ってくるころまでには家にいたい私は、部屋に時計がないか探すが見当たらない。
「つまりナンパしたんですね、私を」
「まあ簡単に言っちゃそういうことだね」
男の顔はさっき暗闇では見えなかったが、凄く整っている顔をしている。まあ淳のほうが断然カッコいいけれど。
私は男を無視して、ポケットからスマホを取り出す。
「私、帰らなきゃならないんです」
画面を見ると深夜12時。もう確実に淳は家に帰ってきている。もう少ししたら電話をかけてくるかもしれない。そう思うと一刻も早く家に帰りたくなった。