表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
95/169

Act24-2.「眠りネズミとサンガツウサギ」

 炎はヘイヤの亡骸と共に、彼の部屋を燃やし尽くした。駆け付けた構成員達によって懸命に消火活動が行われたが、墨色の跡形の中で、彼の姿はもう原型を失っていた。


 “ヘイヤ”はその亡骸をミツキのものとした。国に蔓延する病の原因が自分だと思い、動転した彼女が魔力を暴発させ、自らの出した炎で焼け死んだのだと皆に伝えた。ミツキが過去に何度か魔術を制御できなかったことを知っている構成員は、それで納得したようである。彼らはただ、否定するより楽な方を選んだだけに見えた。

 ヘイヤは現場に詮索の手が入らないよう、すぐに“残ったもの”を処分させてしまった。嘘のような、たった一晩の出来事だった。


 黄櫨はヘイヤのフリを続ける彼女を止めようとしたが、冷静でいられず、取り乱した様子は周りの不信を買った。いつも通りのヘイヤが『黄櫨は事故を目にして、混乱してる。病の影響で、意識が混濁しているのかもしれない』と言うと、構成員達は黄櫨を憐れみつつ部屋に閉じ込めてしまった。


(ミツキが死んで、ヘイヤがいつも通りである訳がないのに、どうして誰も気付かないんだ!)

 いくら戸を叩いても、誰もやって来ない。黄櫨は諦め、無気力にベッドの上で丸くなる。次に人と話をしたのは、日がすっかり高くなった頃。森から帰還した常盤が、部屋を訪れた時だった。

 常盤は黄櫨の元通りになった髪と瞳の色を見て、安堵を浮かべる。しかしどこか、通夜の様な暗い雰囲気を纏っていた。


「おかえり。何があったか、聞いたよね? ……“誰を”悼んでるの?」

「……ヘイヤから、ミツキが死んだと聞いた」

「あれはヘイヤじゃない。全然違う。ずっとヘイヤと居た僕達が、気付けない訳ないよね」

 黄櫨は栓を抜いたように、昨晩見聞きしたことを全て吐き出した。話せば話すほど、頭が混乱していく。外見の年齢相応に拙い喋りをする黄櫨を、常盤はただ黙って見守っていた。掛ける言葉が見つからない、逃げだったのかもしれない。


「常盤は、知ってたんだよね。殺した相手からアリスネームを奪えるってこと。ヘイヤがそれを使って、ミツキに自分の役を与えようとしてたこと」 

 黄櫨の問いに、常盤は無言の肯定を返す。

 ……どうして教えてくれなかったのか。それは、聞くまでもない。殺せば名を奪えるという事実が広まれば、危険なのはアリスネームを持つキャラクター達である。強い力を持つキャラクターの地位を狙う者は、必ず出てくるだろう。人々に束になって掛かって来られては、特に黄櫨のような子供では太刀打ちできない。常盤はそのような事態を防ぐため、その事実を隠していたに違いない。


「知ってたなら、なんで。どうしてヘイヤを止めなかったの。なんで! ……世界なんてどうでもいい。ヘイヤの方が大事に決まってる!」

 黄櫨は、行き場の無い感情を常盤にぶつけた。頭では分かっている。彼が此処を離れるしかなかったことを。それでも諦めきれずに、ラファルをヘイヤの元に帰したのだということを。ラファルがヘイヤに力で敵うとは思っていなかっただろうが、呼び掛けに応じる位は期待していたのだろう。ヘイヤが何だかんだ言いながら、無邪気で人当たりの良いラファルを気に入っていたのは黄櫨も知っていた。


 だがラファルでも駄目だった。ヘイヤを思い留まらせることは出来なかった。ヘイヤは狂ってはいなかったが、ミツキに、ある意味で狂っていたのだ。もし誰かが彼を止めることが出来たとしても、ミツキを助けられなければ……結末は今より悲しいものになっていたかもしれない。 


「僕は、どうすればいいか分からない。ヘイヤの真似をするあの子が、何を考えてるのか分からない。怖い」

「ヘイヤが居なくなったと知られれば、国中が混乱するだろう。それに乗じて他国が攻めこんでくるかもしれない」

「じゃあ、なに。ずっとミツキにヘイヤのフリをさせ続けるつもり?」

「ミツキは何故、ヘイヤのフリをしていると思う?」

「それは……」


 そうか。と、黄櫨は思い至った。彼女はヘイヤが居なくなった事実を、受け入れられないのかもしれない。繊細で優しい彼女は、ヘイヤの犠牲の上に自分が生きていることが、許せないのかもしれない。


「ミツキはヘイヤを存在させ続けたいってこと? それじゃあミツキはどうなるの? ヘイヤは命を懸けてミツキを守ったのに、結局ミツキがミツキで居られないなんて……そんなの悲しすぎる。ヘイヤが、」

 ヘイヤが浮かばれない。それは声になる前に、萎んで消えた。違う、悲しいのはヘイヤではなく、自分なのだ。ヘイヤのミツキに対する執着や普段の価値観からいえば、彼女が彼に囚われ続けていることは、ヘイヤにとって幸せなことかもしれない。(ヘイヤとミツキがそれで良かったとしても……僕は嫌だ)


「魔術は意識エネルギーが具現化したものだ。彼女が強い意思で自身をヘイヤだと思い込んでいる限り、きっと解けない」

「でも僕たちが説得すれば……」

 黄櫨は自分のその言葉が、常盤に届いている感覚がなかった。他の誰も真実に気付いていない今、ミツキがミツキに戻ることで得をするのは誰か。一体誰の為に、傷付いた彼女の心を更に踏み荒らすというのか。何も言われなくても、黄櫨はそう言われている気がした。


「今のミツキに、現実を認めろと言うのは酷だ。彼女を守るためにも、この嘘に付き合うしかない」

「嘘、でしょ。本気で言ってる?」

「冗談だったら良かったんだがな」

 黄櫨は、常盤には感情がないのかと思った。しかし責めるように見上げた彼もまた悲しい目をしており、力なく項垂れるのだった。


 ――ヘイヤの正体について、とりあえずは、二人の間だけで秘めておくことにした。とはいえ黄櫨は、ヘイヤの正体が明らかになるのは時間の問題だろうと思っていた。四六時中、姿を変え続けることなど出来る訳が無い。天才魔術師と呼ばれていたヘイヤの真似を、この世界に来て三年弱のミツキがこなせる筈がない。……と、思っていた。しかし実際、彼女はとても上手くやってしまった。彼女のずば抜けた記憶力、魔術の才能、研究熱心な性質。それらが、気味が悪い程に完璧なヘイヤを作っていた。


 黄櫨は、ラファルなら気付いているかもしれないと期待した。だが彼は何事もなかったかのようにヘイヤに接している。なり替わりに気付いていないとしても、あの夜の戦いを忘れている様な態度は流石におかしい。黄櫨はラファルに、どういうつもりかと尋ねたが、いつもの調子ではぐらかされてしまった。……何事もなかったような態度ではあるが、しかし、いつも通りではない。以前とはどこか違う、彼とヘイヤの距離感。ヘイヤが親しみを込めて呼んでいた“モブくん”という彼限定のあだ名も、もう聞くことは無くなっていた。

  

 常盤も以前よりはヘイヤと距離を置いているようだったが、あくまでヘイヤをヘイヤとして扱った。だが黄櫨は、彼ほど割り切ることが出来ない。大切な人を“同時に二人も”失ってしまった黄櫨は、気分の落ち込みから度々体調を崩し、ヘイヤとは普通に接することが出来ずに居る。ヘイヤもまた、自分を“ヘイヤ扱い”しない黄櫨に、心理的な防御反応からか冷たく接し、避けるようになった。


 表向きでミツキが居なくなってから、半年。永白に再び、ジャック達一行が現れた。前回の薬物騒動で彼の国とはやりとりが続いていたものの、白火病の発生で暫く国交が閉ざされていた。病が消えた今、再び対策会議の場が設けられたのである。


 つつがない会合の後、黄櫨は以前のようにジャックに話しかけられ、縁側に並んで座っていた。思えばこの男が来て、異世界人の不穏な話を持ち込んでから、事態は一気に悪い方向に転じた気がする。八つ当たりかもしれないが、そうでないかもしれない。認識が現実に及ぼす力は計り知れないのだ。この国の者や、ミツキ本人の異世界人に対する感情が作用して、呪いが生まれたのだとしてもおかしな話ではない。


「顔色が悪いな。ちゃんと食べて寝てるか? ……色々大変だっただろ」

 気遣う様なジャック。彼は永白を苦しめていた病やバグの頻出のことを知っているのだろう。病の犠牲者は二桁に上っていた。バグによって現れた歪に呑まれ、未だ行方知れずの者も、同程度居る。悪夢から醒めた今でも、国民の恐怖心は拭いきれていない。悲しみも続いていた。

 ジャックの言葉には、もう一件のことも含まれているのだろう。異世界人が事故死したという話も知っているに違いない。異世界人の存在に敏感な彼が、そんな情報を逃すとは思えなかった。

 黄櫨は曖昧に頷く。ジャックは、黄櫨を本当に苦しめているものが何なのかを知らないのだから。


「君は、ヘイヤとの間になにかあったのか?」

「なんでそう思うの?」

「会議中、一度もアイツを見ようとしなかっただろ」

 黄櫨は小さく驚く。見られていることに全く気付けなかった。以前も思ったが、この男は侮れない。


「ヘイヤも君を避けているようだった。喧嘩でもしたのか?」

 ……だったら、どれほど良かったか! 黄櫨は俯く。ジャックは黄櫨が泣いているとでも思ったのか「いや、言いたくないなら」と慌てた。

 二人の間に暫く沈黙が降りる。ジャックは風が葉を揺らす音に紛れ込ませて、静かにそれを口にした。


「もし君さえ良ければ、俺達の国に来ないか?」

「え……なんで?」

「辛そうな顔をしているからだ。この国には、思い出したくないこともあるだろ? 場所を変えると気分も変わるかもしれない」

「それ、ジャックに何のメリットがあるの?」

「お、初めて俺の名前を呼んだな。覚えてたのか」

「質問に答えて」

「……君みたいな子が居てくれたら、陛下の心の癒しになるんじゃないかと、思ったんだ」

 アリスネームを課せられた者同士。それも勿論あるのだろうが、黄櫨なら今の女王の心に寄り添えるとジャックは期待しているらしい。黄櫨には余計な猜疑心なく、なんでも話したくなる。ずっと大人に囲まれて生きて来た彼女に、黄櫨のような少年はきっと癒しになるだろうと、ジャックは言った。


「僕は、行けないよ」

「試しに、少しだけでも来てみないか。次の満月、森の入り口に迎えに来るから」

「何を勝手に」

「ちゃんと話は通しとけよ」

 ジャックはそう言い残して、去っていった。強引過ぎるが、彼は黄櫨の中に揺れる感情を察していたのだろう。黄櫨はそれを自覚して自己嫌悪した。行かないではなく“行けない”と言った自分。本当は今の――自分の知るヘイヤとミツキがどこにも居ない日々から、逃げ出したいのかもしれない。偽のヘイヤを見る度、あの日鏡の前に居た二人がフラッシュバックして、吐き気を催した。頭痛がした。心臓が痛んだ。


 もう、耐えられないかもしれない。ヘイヤが守ったミツキを、いくら守りたくても、そのミツキ本人がどこにも居ないのだ。なら自分もここに居なくてもいいのではないか。逃げてもいいのではないか。(今の僕は、完璧なヘイヤを演じるミツキにとって、邪魔なだけかもしれないし)




 ――あんなにも明るかった月が、白み始めた空に埋もれていく。約束の夜は、果たされなかった。ジャックが来ることは無かった。

 黄櫨はタルジーの森の入口で、一人自嘲の笑みを浮かべる。彼が嘘を付いていたようには見えなかったが、嘘ではなくてもただの気まぐれだったのかもしれない。すぐ忘れてしまえる程度だったのかもしれない。もしかすると、自分との約束事など頭から飛んでしまう程の出来事が彼に訪れたのかもしれないが、結果は変わらない。約束は破られたのだ。


 騙されたことへの憤りと、一人逃げようとした罪悪感が重く圧し掛かる。誰にも何も言わずに出てきたのだ。このまま戻れば、今夜のことは無かったことになる……訳が無い。他の誰でもない自分が、知っている。戻れる気がしなかった。黄櫨は満月の夜が終わるのを見上げ、立ち尽くす。……人の気配がして、その目を地上に下ろした。


「黄櫨、こんなところに居たのか」

 常盤は、偶然現れたという訳ではなさそうだ。きっと自分を探していたのだろうと黄櫨は思った。最近ずっと、彼は自分の事を気に掛けてくれていた。落ち込んでいた自分が屋敷内のどこにも居ないことで、不安にさせてしまったのかもしれない。


「僕、帰らないよ。もうあの場所には戻れない。あんなヘイヤを見ていられない」

 これでは本当に子供みたいだ。常盤は困るだろう。または、呆れるだろうか? しかし、彼の反応はそのどちらでも無かった。


「……そうだな。なら、二人でこの国を出ないか」

「え?」

「私も、今の黄櫨を見ていられない。それに私達が居ない方が、ミツキもやりやすいだろう」

「常盤……」


 煙った朝日が、森を、街を青く染めていく。ヘイヤがミツキを想い作り替えた街並みが、薄暗くぼけている。蜃気楼みたいだ。遠い。全てがもう、手の届かない場所にある。

 

「うん。連れて行って」



 黄櫨は常盤と共に永白を出て、少しばかり点々とした後、今の場所に落ち着いた。ヘイヤが自分達を追うことは無かった。常盤は仕事上、あれから何度か永白付近に出向くこともあったようだが、彼から嘉月会の話やヘイヤの話を聞くことは無かった。



 僕は、逃げたんだ。

 ヘイヤから、ミツキから。自分の弱さから、逃げ出したんだ。

年内に黄櫨過去編に決着がつけられて良かったです。

こんなに長くなるとは……。


次回、ミツキ視点の回想から始まり、現在に戻ってきます。


それぞれの抱える複雑な想いが語り切れない。

ヘイヤはただただ、普通に、ミツキが大好きでした。

ジャックが来れなかった理由も、ちゃんとあります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ