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Act22-2.「眠りネズミと三月ウサギ(中)」

 ミツキの自室は最上階の端にある。黄櫨は何度かミツキに呼ばれ、遊びに訪れた事があったが、以前までの気安さはすっかり失われていた。たった一枚の襖が分厚い鉄扉のように重々しい。


「ミツキ、居る?」

 黄櫨は声を掛け、耳を澄ませた。微細な音も拾う黄櫨の耳には、何も聞こえてこない。夜中なら湯浴みに出ているかもしれないが、まだ館内に人気のある夕方である。人目を避けている彼女なら部屋に居る筈だ。黄櫨は言いようのない不安にしびれを切らして「ミツキ、入っていい? ……入るよ」と襖を引いた。そして目の前の光景に言葉を失う。


 四角く切り取られた夕焼け。その窓辺に力なく凭れているミツキ。白く細い髪を赤々と燃える夕陽が透かし……彼女自身も、透けていた。体の向こうに壁が見えている。


「ミツキ!」

 黄櫨は駆け寄り、恐る恐るミツキの手に触れた。手が透明な彼女をすり抜けてしまったらどうしようと思ったが、指先には確かに冷たい肌の感触がある。火傷の痕の残る手は、最後に見た時よりも細く骨ばっていた。


「常盤、どうしよう、ミツキが!」

「……やはり、彼女も駄目だったか」

「は? なにそれ……どういうこと」

 常盤の呟きに黄櫨は耳を疑った。何故そんな、もう全てが終わったかのような――興味を失った顔をしているのか。黄櫨は怒りか悲しみか、自分の感情が分からずに呆然とする。

 常盤はミツキに近付き、彼女にいつも通り優しく声を掛ける。彼の何度目かの呼びかけにミツキは意識を取り戻した。彼女が目覚めると、透明の肌は少しだけ色を増す。もう透けてはいなかった。


 どこか虚ろな彼女を布団に寝かせ、暫く様子を見守ってから、二人は部屋を出た。黄櫨は一連の出来事は白昼夢だったのではないかと思ったが、全身に纏わりつく寒気がそうではないと知らしめている。


「ねえ、常盤。さっきのは何なの? ミツキはどうなっちゃうの?」

「お前も知っているだろう。世界に適合できなかった異世界人が、どうなるのか」


 黄櫨は、脳内がぐらぐら揺れるような眩暈を覚えた。抗えない世界の理。これまで無感情に受け入れていた常識が、突如牙を剥いて来たみたいだ。


 ――この世界の命には、枠がある。それが世界における役割、ロールネームだ。ロールネームに相応しい存在であると証明できない場合、所有者は世界に役割を返還し……空気に混じるように、消滅する。体の残らない死。それが“返役(へんやく)”だ。


 この決まりがあるから、最初からロールネームを持たない異世界人は世界に適合できず、殆どの場合、出現から間もなく消滅してしまう。稀に一時的に適応を見せ、暫く存在を保つ異例もある(女王の国の異世界人もその例である)が、結局最後には……。


 黄櫨はそれを知識として持ってはいたものの、ミツキと親しくなるにつれて、彼女は例外だと思い込むようにしていた。彼女は適合性のある特別な異世界人なのだと、信じたかった。


「でも……でも。なんで今更? これまで平気だったのに」

 こんなのあまりに酷過ぎる。どうせ不適合だと消してしまうなら、彼女のことも最初から消してしまえば良かったのだ。それを、彼女をこの世界に馴染ませ、掛け替えのない存在にしてから奪うなど、誰かの悪意としか思えない。誰かが、悲劇の物語を望んでいるとしか思えない。そしてきっとそれは。


「答えは誰にも分らない。ただ、これが世界の意思だ。黄櫨も感じたことがあるだろう」

「世界の、意思……」

 世界を描き、物語を紡ぐ力。確かに黄櫨もソレを感じていた。キャラクターとして生まれて来た自分が、最初から背負わされている何か。ヘイヤ達に出会った時に感じた必然性、運命感。この世界には、目には見えない力が働いている。それが、ミツキ達異世界人を蝕んでいるというのだろうか?


「ミツキならもしかすると、と思っていたんだがな」

 常盤は落胆したように言った。彼は黄櫨の前で本心を取り繕う事をしない。黄櫨はそれが、見透かされると思い諦めているのか、信頼されているからなのか分からなかった。どちらにしても、自分と同じ感情でこの場に居て欲しかったと思った。

 世界の理を研究していた常盤は――ヘイヤではなく彼こそが、彼女を検体として観察していたのだ。


「そんな諦めたみたいな言い方、やめてよ。ミツキはまだここに居るんだから」


 この時の黄櫨には、常盤が異世界人に何を思い何を期待していたのか、分からなかった。訊くことも出来なかった。常盤には、触れてはいけない部分がある。黄櫨は彼と出会った時からずっとそう感じていたが、踏み込むことで嫌われ避けられる位なら、何も気付かず知らないままでいいと思っていた。

 

 しかし暫く先、永白から出て二人で生活をするようになり、黄櫨は自分なら多少踏み込んでも許されるのだと理解する。常盤も黄櫨に心を許し、話してくれる事が多くなった。そして黄櫨は、彼の過去を少しだけ知る。


 彼はヘイヤと出会うよりも前に、一人の異世界人と出会っていたらしい。その“少女”が最後どうなったのかを聞くことはできなかったが、現在居ないということは、そういうことなのだろう。きっと彼はその時何も出来なかった事を悔いて、適合の可能性を見出そうとしていたに違いない、と黄櫨は自己解釈した。……しかし黄櫨は、更に先の未来で知ることになる。その少女は奇跡的に元の世界に帰っていた。そして、戻って来たのだと。




 *




 ミツキは少し前から、自身の透明化に気付いていたようだ。白火病の影響で自分に対する目が厳しいという事もあったが、黄櫨達に心配をかけないよう部屋に閉じこもっていたのだという。

 黄櫨からミツキの状態を知らされたヘイヤは薬の開発を放って、ただひたすら彼女を存続させる方法を探すことに時間を費やした。異世界人に関する情報を各国から集め、既に読み終えた文献にも見逃しが無いか、何度も読み返した。だがヘイヤはミツキが今のような状態になるよりも前、白火病が出現するよりもずっと前から、異世界人について調べていた為に目新しい情報はない。ヘイヤは異世界人の不適合性について目を逸らさず、危機感を持ち続け向き合っていたのだ。黄櫨は目を逸らしていた自分を恥じ、出来るだけ彼を手伝い罪悪感と焦燥感を紛らわせた。


 黄櫨はヘイヤとミツキを思い眠れない夜を過ごしていたが、ある夜、疲れが溜まり書斎で眠ってしまう。そして夢を見た。




 ――熱い。全身が酷く熱い。

 燃えている。オレンジ色の炎が黒煙を纏い、全てを巻き込み襲い掛かってくる。空気が熱の塊になって顔に押し寄せる。熱い、痛い、怖い。助けを呼ぼうとしたが声が出なかった。“もう何年も声を発していない喉”はただの呼吸器でしかない。だがもう呼吸すらままならなかった。


 熱気に目を瞑り、どうにか部屋の戸に辿り着く。ここを出れば助かる。助かるのだ。必死で戸を引くが……ビクともしない。外で何かがつっかえている。“私”は全身で戸を叩くが、それが無駄だと気付くのにそう時間は要らなかった。


 ああ、助けを呼んでも無駄なのだ。私は閉じ込められている。私が生まれ持った不思議な力を恐れる人々が、ついに魔女の討伐に踏み切ったという訳だ。


 酸素の不足した頭は重く、もう支えていられなかった。私はその場に崩れ落ちる。決して長くはないこれまでの人生で、私は自分に宿る忌々しい力で人を傷付けてしまうことがあった。これはその報いなのだろう。私が先に彼らを害した。彼らはただ怯えているだけ。彼らに罪はない。私が悪いのだ。


 人と違う髪と目の色、奇妙な力。異質性は淘汰されるのが自然の摂理である。だから仕方ない。仕方ない。仕方ない……?



 嫌。


 死にたくない。どうして私だけが、こんな目に?


 なんで。なんで。私が何をしたって言うの?


 嫌、嫌、嫌! 誰か助けて! 私を助けて! 私はここに居る! ここに居るの!


 ――嫌だ、熱い、助けて!




「――さん、黄櫨さん、黄櫨さん!」

 黄櫨は聞き慣れた男の声で目覚めた。目の前には、あのふざけた面を外し、自分を覗き込むラファル。どうやら床に倒れている自分を、彼が抱き起こしているらしかった。


「僕、寝ちゃってたんだね」

 頭の中が煙っている。久しぶりに寝たから寝惚けが酷いのかもしれない。黄櫨はフラフラ立ち上がり、まだ心配そうに見ているラファルに呆れた目を向けた。ただ寝ていただけなのに、まるで病人みたいな心配のされ様だ。相変わらず大袈裟な男である。


「もう大丈夫だよ」

「いえ、でも、黄櫨さん」

「なに?」

「髪の色が、」


 言い辛そうなラファルに、黄櫨は自分の状況を察した。彼は決してオーバーなリアクションをしていた訳ではないのだ。


(そっか。あれが問題の“夢”なんだ)

 白火病を感染させる悪夢。それを見た黄櫨は、やはりその病とミツキに深い関係があるのだということを知ってしまった。声の出せない、火を恐れる少女。夢の中でずっと感じていた、ミツキが傍に居る時の感覚。夢の中で、黄櫨はミツキになっていた。


 あの夢は“ミツキの悪夢”なのだ。

 ミツキの悪夢が呪いとなって、人々に伝染している。

 

 この世界の悪趣味さに、辟易とした。

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