表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
88/169

Act21-1.「眠りネズミと三月ウサギ(上)」

 風と共に現れた少女を“異世界人”と決め付けるヘイヤ。黄櫨は「なんでそんなこと分かるの?」と尋ねたが、ヘイヤはもう他の事など目にも耳にも入らない様子で、好奇心のまま少女に歩み寄っていく。得体の知れない相手に、全く警戒心の無い彼。黄櫨ではこうなったヘイヤを止めることが出来ず、それを常盤に託した。しかし、いつもならヘイヤを止めるだろう彼は、黙って少女を見ているだけで動かない。黄櫨には常盤のその目が、何かを見定めようとしているものに感じられた。


「ねえ、人間っぽいけど。言葉、通じる?」

 ヘイヤの不躾な問いに、少女は何も答えない。答えられないのかもしれない。その顔は、自分に近付いて来た男に怯えを浮かべている。少女は震えながら後退り、腰を抜かしたのか尻餅をついた。


「あれ。言葉、通じないか。それは……都合がいい」

 見上げる少女に、ヘイヤの影が落ちる。黄櫨の居る場所からはヘイヤの表情が見えなかったが、手に取るように分かった。恐らく昆虫採集をする少年の如く無邪気で、残酷な眼差しを向けているのだろう。


「異世界人って、どこから来るの? なんで来たの? ナニで出来てるの?」

 ぐっと顔を近付け、少女の白い皮膚に覆われた“中身”を探ろうとするヘイヤ。少女に伸ばされたその手は……寸前でピタリと止まる。常盤が彼の腕を掴んでいた。ヘイヤがようやく振り返る。


「なに?」

「何じゃない。怯えているだろう」

「そう見えるだけかも、分からない。まずは頭の中を、見てみないと」

「お前は本当に……。いつも言っているが、あまり人道に悖ることはするな」

 MARCHの頭であるヘイヤの行動は、組織の内外に多大な影響を与える。既にヘイヤはマッドサイエンティストとして恐れられ、MARCH自体の印象をも薄暗いものにしていた。常盤はヘイヤに理性的な言動を求めるが、ヘイヤが素直に聞き入れる事はない。と見えるが、実際はそれで大分抑止できていることを、黄櫨は知っていた。


「俺、“キチガイ”の三月ウサギだし」

 ヘイヤは不服そうにしているが、その瞳は平常心を取り戻している。黄櫨はホッとした。常盤は膝を折り、座り込んだままの少女に目線を合わせると「大丈夫か?」と優しく声を掛けた。そんな彼に黄櫨とヘイヤ、地面に伏したままのラファルも顔を上げ驚く。常盤はごく身近な者……ここに居る三人以外には、一線も二線も引いている男だ。必要以上に関わりを持とうとせず、基本的には冷淡である。例え相手がまだ幼さの残る少女であっても、部外者にそのような態度を示すのは意外でしかなかった。


 警戒していた少女の目が、徐々に落ち着きを帯びていく。常盤に自分を害する気が無いと理解したのか、少女は緊張の糸が切れたように――気を失った。地面に衝突しそうになる少女を常盤が支える。


「随分、丁寧な扱いだね。やっぱり、貴重な実験体だから?」

「お前と一緒にするな」

「うんうん。とりあえず、持って帰ろう」


 黄櫨は少女が目を覚まさないことを確認しながら、そろりと近付いた。そしてヘイヤの後ろからそっと少女を見る。その顔は血を全て抜かれたように白いが、胸は僅かに上下していた。身に纏っているのは不思議の国ではあまり見ない、直線的なデザインの“着物”である。袖から覗く手は赤く腫れていた。


「それ……火傷かな」

「だろうね。モブくん、これ“直し”といて」

 ヘイヤに命じられ、ボロボロのラファルは「治されたいのは、僕なんですけどねえ」と肩を竦めた。




 *




 翌日。意識を取り戻した少女はラファルに連れられ、ヘイヤ達のお茶会の席へとやって来た。ところどころ擦り切れ汚れていた着物ではなく、ラファルか誰かが急いで買ってきた事が分かるブカブカのワンピースを着ている。絡まっていた髪が梳かされ、顔の煤汚れが無くなると見違えたようで、少女の隣のラファルは得意満面だ。病的な青白い肌は変わらず、手に巻かれた包帯も痛々しいが、昨日より随分人間らしく見える。


「連れて来ましたよう」

「うん。じゃあ、もう帰っていい」

「ひどっ」

 ヘイヤに冷たくあしらわれることに慣れているラファルは、ショックを受けるポーズは取るものの、全く去る気がないのかその場にどっしり立っていた。少女もその隣で所在なさげに立ち尽くしている。


「……座れば」

 黄櫨は何と無しに少女に声を掛けてみたが、少女は戸惑った顔でもじもじとしているだけで、座ろうとしない。少女の外見は十二、三歳程度に見えるが、黄櫨は自分より小さな子供を相手にしている気分になった。


「警戒しなくていい。私達は、君に危害を加える気はない」

 常盤が言うと、少女はピクリと反応を示し、おずおず彼の近くの空いている席に座る。俯く顔が若干血色良くなっているのを見て、黄櫨は“またか”と思った。彼に接した女にそういう反応を見ることは、今まで何度かあったのだ。


(まあ、分かるけどね。中身はさておき)

 じっと見つめる黄櫨の視線に、常盤は不思議そうな顔をした。


 ヘイヤは席に着いた少女に興味津々の様子で「ねえ、異世界人って、何飲むの? 生き血?」と突拍子もない事を言う。少女のヘイヤに対する怯えに怪訝が加わった。


「ヘイヤさん駄目ですよう。この子、喋れないみたいなんですう」

「口があるのに?」

「本当にデリカシーが無いお人ですねえ。人には色々な事情があるんですよう」

「ふうん」

 分かったような口を利くラファルに、ヘイヤは存外素直だった。サッと手を振り、何もない宙から紙束とペンを取り出すと、少女の前に置く。


「文字は書ける?」

 少女はヘイヤの差し出したものを受け取りたくなさそうだったが、渋々それを手に取り、何かを書いた。


『書けます。私の文字が読めますか?』

「なんだ、お前、ちゃんと言葉通じるんだね」

『お前じゃありません』

「……しかも気が強そう。じゃあ名前は? ある?」

 ヘイヤに馬鹿にされたと思ったのか、少女は険しい顔で紙一面に大きく文字を書いた。黄櫨は、ヘイヤは気遣いが極端に下手なだけで基本的に悪意の無い人物であると知っていたが、一々少女に教える気にはなれなかった。


 少女が胸の前に紙を掲げる。書かれていたのは『三月』の二文字。ヘイヤが「サンガツ?」と読むと、少女はその文字の傍に『ミツキ』と振り仮名を振った。ヘイヤはそれを見てもなお「サンガツ」と繰り返す。


「サンガツ、サンガツ。三月ウサギの俺と、お揃いだ」

『ミツキです』

「いや。お前の事は、サンガツちゃんって呼ぶ。決定」

 やけに楽しそうにするヘイヤとは逆に、ミツキは顔を歪めた。


 それからミツキは、自分のことを少しだけ文字で語った。歳が十三歳であること。エシラにも不思議の国にも聞き覚えは無く、黄櫨たちの知らない国に住んでいたとのこと。“ある日突然”この庭に迷い込んでしまったということ。何がきっかけになったのか心当たりもないらしいが、黄櫨は彼女の不自然な視線の動きから、それは嘘だと気付いた。しかしそれを追及する程ミツキへの興味がない黄櫨は、途中からテーブルに突っ伏し昼寝を始める。頭の上では、ヘイヤがミツキにひたすら質問を投げかけていた。


「ねえねえ、サンガツちゃんは――」

「ヘイヤ。少しは落ち着け、彼女が困ってるだろう」

「そう? じゃああと何個まで質問、していい?」

『一個だけ』

「一個か。うん……好きな食べ物は?」

「最後の一個がそれでいいんですかあ?」

 ラファルが即座にツッコミを入れる。顔を伏せている黄櫨は、ミツキの好物を知ることは無かった。ただミツキを過度に構うヘイヤと、彼から庇うようにミツキの味方をする常盤、いつも通り明るく元気なラファルの笑い声に疎外感を覚え、いつまでも寝付けずにいた。


(どうせ、今だけ。目新しいから構ってるんだ。ヘイヤならすぐに飽きるはず)


「サンガツちゃん。行く当てがないなら、ここに住みなよ」

 ヘイヤの提案に、黄櫨は誰かが反対することを願った。黄櫨の中で今の環境は完成されており、変化は不要なのだ。胡散臭い異世界人なんてもってのほか。しかしこの雰囲気で、誰も反対する訳が無いということも分かっていた。


 彼女の世話役を命じられたラファルが「子守りですかあ」と、気が進まないようなそうでもないような、何とも言えない声で言った。




 *




 ミツキが居候を始めてから半月が経つ。黄櫨は、異世界人は世界に適合せず、現れてもすぐに消えてしまう存在だと聞いていたが、彼女には一向にその気配がなかった。恐らく稀有な適性があるということなのだろう。


 ミツキはMARCH本部の館内でも外でも、自由に過ごすことを許されていた(実際には監視の目はあるのだろうが)。彼女は暇を持て余すのは性分ではないのか、何か仕事を欲しがってはラファルに断られ、ヘイヤの研究に(研究対象として)誘われては断り……退屈そうな彼女を見かねた常盤が本を与えたところ、寝食も忘れて齧りつき、この世界の知識をぐんぐん吸収していっているという。

 世話役として接点の多いラファルが言うには、ミツキは学習能力が極めて高く、どんなことでも一度で理解し覚えてしまうらしい。ラファルが自分の事のように自慢してくる度、黄櫨はうんざりした。


 黄櫨はミツキがお茶会に現れても寝たふりで過ごしていたため、彼女とまともに話したことが無い。そして必然的にヘイヤ達との会話も減り、自分の居場所を奪われたようだと感じていた。つまり、ミツキが好きではなかった。だからその日、偶然庭の一角で彼女と出くわしてしまった時も無視して通り過ぎようとした。しかし彼女にマフラーを掴まれ「うっ」とよろめいてしまう。


「……何するの」

『ごめん』

 ミツキはそんなに強い力で掴んだつもりは無かったのだろう。しょんぼり顔でスケッチブックを掲げている。紙とペンは、喋ることの出来ない彼女の必需品だった。


「用が無いなら僕は行くよ」

『待って。私、あなたに何かした?』

 何故そんなことを訊いてくるのかは、尋ねるまでもない。ミツキは黄櫨の態度に嫌われていると思っているのだ。それは誤りではないが、黄櫨は後ろめたさを覚えた。彼女が自分と親しくしたがっていると、気付いているからである。十三歳の彼女にとって、八歳の自分は他の者より歳が近く、安心できる存在なのだろう。ここでミツキを跳ねのければ本当に年相応の子供になってしまうが、彼女の意を汲んでやるほど大人ではない。


 立ち去ろうとする黄櫨に、ミツキが小さく息を呑んでまた手を伸ばした。その瞬間、黄櫨の肩の辺りで何かが弾ける。静電気と言うには大き過ぎる、不自然な電流。黄櫨は驚いてミツキを見た。彼女は取り返しのつかないことをしてしまったように、愕然としている。「今のなに?」と問うと、ミツキはハッとした様子で慌ててペンで書き殴った。


『ごめんなさい。私のせい』

「君の?」

 今の電流は、魔術の類に感じられた。黄櫨が知る魔術とは少し性質が違う気もするが、辺りに残留しているそれは間違いなく彼女の“気”、魔力である。


『怖がらせてごめんなさい』

「別に怖がってない。……君の世界にも魔術はあるんだね」

『?』

「ちゃんと自分でコントロールできないなら、ラファルにでも教われば」

 黄櫨の言葉に、ミツキはポカンとした。黄櫨はその隙に今度こそ場を後にする。ミツキの反応が若干気になりはしたが、引き返すことは無かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ