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Act12.「前夜祭」

 隣の部屋のドアが開閉する音。誰かが階段を踏み鳴らす音。廊下に響く話し声。賑やかな外の様子に、夢子は目を覚ました。ベッドに横たわったままカーテンのヒダから外を覗き見ると、空はまだ赤い。しかし直に夜になるだろうという気配を漂わせていた。


 ホテルの騒々しさは、観光を終えて戻って来た人々によるものだろうか。それとも休憩を終えてこれから観光に出ていくところなのだろうか。


 夢子はもう少しだけゴロゴロしていたい気持ちを抑え、ベッドから起き上がる。洗面所へ行き、思いのほか充実したアメニティで身支度を整えた。


 さあ、お腹もいい具合に空いたことだし、街の探索を再開しよう。

 気分は宿屋から冒険に出発するRPGの勇者だ。

 少しの眠りだったが、夢子のHP、MPは共に満タンに回復している。準備万端!


「いざ、キルクルスの街へ……なんてね」

 自分を鼓舞するその台詞は、やけに安っぽい響きに聞こえた。



 ――夜を間近にした街は一層活気付いている。暗くなり屋台の明かりが目立つからそう見えるだけか、光に集まる習性が人間にもあるということか。


 眠る前に街で浴びせられた奇妙な視線は、いくらか和らいでいた。休息により心身に余裕が出来たことも大きいが、実際に視線の数が減っているのも間違いなさそうだ。


(やっぱり、あの視線は初見限定のものなのかもしれないな)

 まだ明るい内からそこにいる屋台の店番が、自分に対してその他大勢以上の反応をしないのは、恐らくそういうことなのだろう。街が、そこに行き交う人々が、部外者の存在に慣れていっている。とはいえまだまだ注目を浴びているのは確かで、夢子は視線を避け早足で街を歩いた。


 親しみの無い街並みは新鮮で面白味がある。だが、平たい絵のようにとっかかりがない。そのどこかに、繰り返す時間から抜け出すヒントがあるとは思えなかった。


 時間……夢子は、街外れの空に突き出している時計塔を見た。この街の新しいシンボルである時計塔。時間にまつわる塔と、ここで起きているループ問題。その二つには何かしら関係があるかもしれない。

 そう思った夢子は早速、街外れにある時計塔に行ってみることにした。時計塔に向かうには、またあの林の中を通る必要がありそうだ。見えている時計塔を目指すだけなら道に迷うことは無いだろう。


 ――という考えは甘かった。林の中に入ると、空を覆う木々が時計塔を隠してしまう。開けた場所に出て、時計塔が見えたかと思えば、思っていた方向ではないところに進んでいたり、戻っていたり。できるだけ歩きやすい整備された道を選んでいた所為かもしれないが、大分遠回りをさせられている気がした。


 日はどんどん沈んでいく。思ったより暗い林に臆し、引き返すか引き返さないか悩み始めた頃……夢子は自分の立っている場所に何となく見覚えがあるような気がした。どこも似た景色ばかりの中で確証はないが、昨日ワームホールを抜けて辿り着いた場所に似ている。橙に出会った場所に似ている。そして曖昧なそれは、次の瞬間確信に変わった。


 夢子はその場所で、再びオレンジ色の髪の少女に出会うのだ。


「あ、アンタは……」

 こんな場所で人に会うとは思っていなかったのか、驚いた顔の橙。

 夢子はハッとした。昨日と同じくらいの時間帯、同じ場所、自分達の出会い。既に顔見知りであることや、ピーターがいないことなど条件は違うにしても、同じ展開をなぞらされていると感じた。一度そう思ってしまうと、ここに来たことさえ自分の意思ではないように感じられてしまう。


「夢子、だったわよね?」

「うん、数時間ぶり。こんなところで何してるの?」

「それはこっちの台詞よ」


 夢子は橙が何かしら答えた後に、自分は“話題の時計塔を近くで見たくて”と嘘でも本当でもない回答をしようと思った。だが橙は答えず、夢子にも追及してこなかったため、その言い訳は機会を失ってしまう。


「ねえ。明日のお祭り、一緒に行こうって行ったけど、アタシ達なんの約束もしなかったわよね。一緒に行く気、なかったでしょ?」

 橙が意地悪く笑う。「それも、お互い様でしょ」と夢子も笑った。


「じゃあ、今から前夜祭に繰り出しちゃう?」

 夢子は軽い調子でそう言ったが、口にした後で静かに後悔した。橙に関わるなと言っていた、アドルフの厳めしい顔が浮かんだのだ。彼女と会って交流を深めていることが知られたら厄介である。

 しかし橙はそんな夢子の心中を知る由もなく「いいわね!」と手を叩いて同意した。


「そうと決まれば早速行きましょう! あ、アタシ、ウチの人に一言だけ言ってくるわ!」

 そう言って駆け出す橙を、夢子は追いかける。“ウチの人”というのはアドルフのことだろうが……橙のその呼び方に、夢子は違和感を抱いた。父親のことを呼ぶにしては、なんだか不思議な響きに感じられたからだ。


(まあ、家族は“家の人”で間違いないけど)

 橙は彼のことを直接呼ぶとき、なんと言っていただろうか? お父さん、パパ、父上、親父……一度もそのように呼んでいるところを聞いたことが無い。


 今朝(という名の夕方)出たばかりのその家の表では、やはり昨日同様に険しい顔のアドルフがどっしり構えている。彼は戻ってきた橙に「どこへ行っていたんだ」と言いかけ、その後ろに夢子を見つけて明らかにぎょっとした。


 ゴーグルで見えない彼の目は“何故お前が橙と一緒にいる”と詰めている。夢子はその迫力にたじろぐが、橙はさっぱり何にも気付いていない。


「夢子と街に遊びに行ってくるわね! 夕飯は適当に食べてて!」

 橙は明るくそう言うと、アドルフの答えを待たずに夢子の手を引いて家を離れた。荷物一つ持たず、特別な準備もせず、どこまでも身軽である。夢子はてっきりアドルフが止めるだろうと思ったが、彼は橙の楽しそうな様子に何も言えないのか、黙って立ち尽くしていた。


「……あんなに適当で、大丈夫だったの? 後で怒られない?」

「ダイジョーブよ! 平気平気」

 あっけらかんとした橙から、何となくアドルフが彼女に手を焼いている様子が窺える。厳しい父親に見えるが娘には弱いのだろうか。



 橙と共に街に戻ってくる頃には、すっかり夜になっていた。


 街の入口には夕方に見かけて気になっていた、電飾の髪飾りを売る屋台がある。そこには少女達が集まって、楽しそうに品物を選んでいた。飾りはどれもガラスで出来ており、様々な花がモチーフになっている。花の中心からパラパラと出ている繊維のようなもの(夢子の世界と同じなら光ファイバー)が、ピカピカ光っていた。


 明るい夕方でも心惹かれるものがあったが、夜になると一層美しい。


 髪飾りを付けている人々は、そうすることで祭への参加権を得たみたいな顔をしている。夢子はテーマパークで売られているキャラクター物のカチューシャや帽子を思い出した。非日常への没入感を高めてくれる特別なアイテム。この祭りにおいてはそれが、この髪飾りなのだろう。


 夢子の見ているものに気付いた橙が「一緒に付けるわよ!」と言って、少女達の群れに飛び込んだ。夢子は自分の金でもないのに装飾品など買っていいものだろうか、と後ろめたい気持ちになったが、すっかり乗り気の橙と間近で見た飾りの愛らしさに負けて、結局手に取ってしまう。


「こっちの方が似合うんじゃない?」

「橙はこれかな……ほら、いい感じ」

 自分のものを選ぶのも楽しいが、誰かのものを選ぶのも楽しい。夢子は橙との交流に高揚した。これは同性の友人との時間でしか味わえない、特別な何かだ。夢子の中の少女の部分が満たされていく。


 夢子と橙は互いの髪飾りを選んで、衝動買いの達成感と心地良い罪悪感を抱きながら、より賑やかな目抜き通りへと向かう。

 夢子は、一人の時には疎外感を感じていたこの街が、今はとても心地良く感じた。橙と二人でいると、それだけで空気が全く異なる。認められ、受け入れられているようで、自分もこの中の一員なのだと思えた。


「ふうん。前日なのに結構出店が出てるのね!」

 橙は連なる屋台に目を輝かせ、ゆっくり歩いている間も惜しいのか、半ば駆け足でそこへと吸い込まれていく。その背を人混みの中に見失わないよう、夢子は慌てて追いかけた。屋台では様々な食べ物、飲み物、雑貨が売られており、橙は早速「アレも美味しそうだし、コレも食べたいわ」と苦悩していた。


 屋台に並んでいる飲食物は、夢子の世界と全く同じような物もあれば、少し違うものもある。祭りが時計塔の完成を祝うものだからか、時計をモチーフにした品が多かった。例えば手の平より大きい大判焼きに似た焼き菓子には、表面に時計の絵の焼き印が入っている。チュロスと思しき揚げ菓子は、長さや太さが様々で、それぞれ時針、分針、秒針をイメージしているらしかった。橙は数本のチュロスを購入して花束のように持ち、満足そうな笑みを浮かべている。


 夢子も何か食べようと思い、折角だからこの街でしか食べられないものにしよう……と考えていた筈が、何故か元の世界でも馴染みのあるクレープにしてしまった。年の近い少女と共にいることで、学校帰りの遊び気分になったのかもしれない。しかし出てきたクレープは、放課後を懐かしむことのできるものではなく、見たことが無いくらい巨大なものだった。目の前に掲げると頭の先から顎まで全部隠れてしまう程で、分厚い生地に生クリームやフルーツ、マシュマロやチョコレート、クッキーが盛りだくさんだ。ずしっと重く、両手で抱えなくてはいけない。


「これ、食べきれるかな……」

「そんなの余裕でしょ!」

 そういう橙は、もう次に買うものを探してキョロキョロしている。元気で可愛い子だな、と夢子は微笑んだ。



 それから二人は、散々祭りを楽しんだ。射的をし、くじ引きをし、他愛もない景品に笑い合い、甘いものもしょっぱいものも満足いくまで堪能した。食べきれる気のしなかった夢子のクレープは、橙がつまみ食いと称して手伝い、気付けば二人の胃にすっかり収まっている。食後に飲んだ電球型のボトルに入っている“電気ソーダ”は、名前の通りソーダに電気が通っており、舌がビリビリ痺れて面白かった。


 夜が更け、少しずつ祭りの賑やかさが落ち着いてくる。夢子と橙は遊び疲れて、道の端のベンチに腰かけ、片付けを始めた屋台を見ていた。


 橙は食べ過ぎたのか「苦しいわ」と腹をさする。へそ出しルックで露わになったその腹は食べたものがどこへ消えたかという程にぺったんこで……ということもなく、ぽっこり膨らんでいた。「お祭り当日はお腹の隠れる服を着てこようかしら」と言う橙は、明日もしっかり食べる気らしい。――明日が来れば、だが。


「お祭りの終わりって、何だか寂しいよね」

「分かるわ。帰りたくないわよね。もう一回、髪飾りのところからやり直したいわ」

「そうそう、そんな感じ」

 夢子は同意しながら、実際にやり直すことは可能なのだろうな、と思った。……また今日の0時になれば、同じ一日が始まるのだろう。そうしたら橙も今夜のことを忘れてしまうのだろうか? 一緒に過ごした時間が無かったことになるのだろうか? 夢子は想像して「寂しい」ともう一度呟いた。


「良かったら明日も一緒に回りましょうよ。あっ、でも恋人と来てたわよね?」

「ん? ……違う」

「旦那さん?」

「もっと違う」

 夢子ははっきりと、無の表情で否定する。この親子には本当に困ったものだ。が、男女二人で観光旅行といえば、普通はそのように想像するのかもしれない。


「わたしも、橙とまたお祭りに来たいな」

「やった! じゃあ今度こそ、約束ね」

 橙が小指を突き出した。指切りげんまんは、この国にも存在するらしい。夢子はその指にそっと自分の指を絡めた。ぎゅっと結ばれる感覚に嬉しくなり、またどこか後ろめたくもなる。頭の片隅には元の世界にいる親友の姿がちらついていた。


 紫。本当は、誰よりも彼女と遊びたかった。彼女といるのが一番楽しい。自分がそう思うのと同じように彼女も思っていて、それは二人の間で不変のものだった。お互いが一番の親友だった。

 しかし橙と過ごす時間も、何物にも代えがたい楽しい時間だったのは事実だ。こうして二人だけの約束を交わしている今も、どんどん掛け替えのなさを増していく。


(浮気してる時の気分って、こんな感じかな?)


「さて、明日の楽しみが出来たからもう寂しくないわね。明日は17時に、街の入口で待ち合せしましょ」

「うん、そうしよ」


 それから二人はもう少しだけお喋りを続け、最後の屋台も店じまいを始める頃、街の外れで別れた。月明かりに照らされた林は思っていたより明るい。一人で帰る橙を心配した夢子だったが、橙は慣れた様子で歩いて行ってしまう。記憶喪失だった筈の彼女は、街への道中も街中でも、一切迷う様子がなかった。体が覚えているのだろうか?


 林に消えていく橙の後ろ姿を、夢子は暫く眺めていた。視線に気付いた橙が振り返り「また明日ね」と、月より眩しい笑顔を浮かべる。夢子も「また明日ね」を手を振った。


 だがその約束は、きっと果たされない。


 ループの原因を明らかにしなければ、きっと何も変わらないのだろう。

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