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Act4.「ド派手な再会」

 パーティーの参加者を夢見心地にさせていたあの美しい庭園は、今や風で飛ばされた装飾やテーブル、食器類、あらゆる物が散乱し荒れ果てている。その中心で辺りの様子に“あちゃー”という顔をしている少女、橙。突飛な登場をした彼女だが、その装いだけはパーティーに相応しいドレス姿だ。淡いブルーグリーンは彼女の鮮烈なオレンジ色の髪をよく引き立てている。


 夢子は騒然とするパーティー会場を背に、橙が出て来た空の穴を見上げた。真っ黒な円の中に広がっているのも夜空だが、周囲の空とは若干色が異なり噛み合わない。間違ったパズルのピースをはめたみたいだ。


(あの穴はなに?)

 夢子はピーターなら何か分かるのではないかと思ったが、彼も不可解と警戒の混ざった表情を浮かべている。二人が思わず顔を見合わせていると、城内から飛び出して来る人物があった。上品なタキシードを窮屈そうに身に纏う、熊のような体格の大男――アドルフだ。会場で彼を見かける事が無かった夢子は少しだけ驚く。あの大きな体でどこに潜んでいたのだろう?

 アドルフは流石にいつものゴーグルはしていないものの、長い前髪でその目を隠している。しかし彼は間違いなく橙を見ているのだろう。髭を蓄えた口元がピクピク引き攣る。


「何してるんだ――あの馬鹿もんは!」

(やっぱりこの人、旦那さんっていうより父親っぽいよなあ)


 頭を抱えるアドルフ。すぐにジャックとトランプ兵達もやって来て、外の状況に目を瞠った。ジャックは夢子の存在に気付くと安堵を浮かべる。


「こんな所に居たのか! 無事か? ったく……勝手に消えるなよ」

「うん、ごめん」

 外の空気を吸いに行くとは言ったけどね……という言葉を飲み込む夢子。ジャックは夢子の隣に立つピーターに意外そうにする。


「お前も居たのか。アレは一体何なんだ? バグか? あそこに居るのは公爵夫人だよな?」

「最後の質問だけはそうだろうね。で、アレが何なのかを判断するのは、保全部に任せよう」


(保全部って何だろう?)

 夢子は聞き慣れない言葉が気になったが、それよりもまずは橙だ。夢子より先にアドルフが彼女の元に行こうとするが、槍を手にした兵士達に阻まれる。兵士達は橙の目的が分からない以上、騒動の中心にいる彼女――と夫であるアドルフの謀反の可能性を考えているらしい。夢子は自分も大人しくしていた方が良いだろうかと思ったが、何故かその横を上手くすり抜けられる気がした。そして実際、“ゆっくり”言い合う彼らに気付かれることなく、すんなり庭に下りることが出来た。(多分……時間くんが気まぐれで何かしたんだ)


 夢子は橙と再会を果たす。時間が戻ったのか、テラスからは驚いたような声が遅れてやってきた。


「夢子、久しぶりね!」

 勝気な笑み。カラッとしたその奥に複雑なものを秘めている不思議な少女。夢子は永白で出会った偽物の橙を思い出し、“これは本物の橙だ”と安心した。放っているオーラの輝度が違う。髪をボサボサにして腕に掠り傷をこさえているところも、ドレスに土汚れを付けているところも、なんだかとても眩しい。


「橙、久しぶり。これは一体……あの空の穴は?」

「ああアレ? ただのバグよ! 前に夢子達がバグを通ってこっちに来たでしょ? それで閃いたのよね。人為的にバグを引き起こして、それを移動手段に活用できないかって! 一度で成功するなんて流石アタシだわ」

 橙の声がどんどん大きくなり熱がこもっていく。彼女の言っていることを何となく理解した夢子だが、どう反応していいか分からない。とりあえずその髪に絡まる葉っぱを取ってみたりした。すると背後から、よく聞き慣れた声が恐らく正しい反応を示す。


「人為的にバグを引き起こす――と言ったか?」

「あ、」

 夢子は小さく声を上げる。常盤は急いで駆け付けたのか息を切らせていた。彼は夢子の安否を確認するように一度だけ……二度程度見た後、橙を鋭く睨む。


「な、なによ」

「バグは世界の秩序を乱し、安定を脅かす。その危険性を理解していないとは言わせないぞ。発生したバグをどうするつもりだったんだ? 修復するのはお前ではないだろう」

「それは……でも小さなバグならその辺にいっぱいあるし……アタシだってこんな大事になるなんて」

「分からなかったのか? そうか。最悪の場合のリスクも想定せず、無責任な行動でここに居る人々を危険に晒したんだな」

「う、」

「己の力を過信し、好き勝手に振りかざす。お前は“過去のリアスでの一件”をここで再現するつもりか?」


 疑問形でありながら橙の話を聞く気がないような、彼女を追い詰める激しい非難。夢子は間に挟まれ気まずい思いをする。兵士達の反応からも、今回のバグがいかに危険視されているかが分かるが、常盤が橙に抱いている怒りや不信はそれに対するものだけではないのだろう。


(リアスでの一件って、なんとかプロジェクトってやつかな?)

 時計塔で橙の過去を垣間見た夢子は、彼女がリアス教国で巨大な時計を作り大きな事故を引き起こした事を知っていた。常盤はきっとその事を言っているに違いない。

 橙にとってそれは触れられたくない過去なのか、彼女は蒼白な顔でぎゅっと下唇を噛んでいる。その姿に庇護欲を掻き立てられた夢子は橙を庇い立った。


「あの。橙、怪我してるみたいなので、まずは手当てを先にしていいですか? それから着替えも。話は落ち着いてからでは……駄目ですか?」

 夢子は自分が怒られている訳ではないが、心臓が縮む思いだった。常盤の端正な顔立ちは、怒りを湛えるとその迫力を際立たせるのだ。常盤はまだ言いたいことは山程あったが、おずおず自分を見上げる夢子にそれらをぐっと押しとどめる。


「……ああ、そうだな。君も着替えた方がいい」

 常盤はジャケットを脱ぎ、夢子の肩に掛けた。夢子は彼の言葉に少しだけモヤモヤする。着替えた方がいいというのは、パーティーがお開きになるからだろうか? それとも……こういうドレスは似合わない? などと、訊ける状況ではない。


「自由にさせておくのは危険です! また何かしでかす前に拘束すべきです!」

 兵士達の後ろから声を張り上げる男。品はあるが地味な出で立ちは、パーティー会場では見かけなかったものだ。厳めしく偉そうな雰囲気がどことなく役人じみている。男の周りには似たような顔つきでこちらを見ている者達が居た。彼らは一様に橙を捕らえるよう主張している。しかしそれを止める鶴の一声が響き渡った。


「その必要はない。セブンス侯も放してやれ。彼らは私が招待したのだ」

 背筋をピンと張らせる、力強く威厳に満ちた声。深紅のマントを風に靡かせ颯爽と現れたのは国王グレンだ。兵士達も偉そうな人々もさっと頭を下げる。夢子もそれに倣っておいたが、近くの橙と常盤にその様子はない。(なんとなく、どっちも人に頭を下げるイメージは無かったけど……)


 グレンはトランプ兵の一人に、夢子と橙を城内へ案内するよう命じる。その役を任せられた兵士……エースは、夢子と目が合うと“久しぶりですね”と人当たりよく会釈した。夢子は知っている人物にほっとして、橙の手を引いて彼に付いて行く。


 人々から離れ肩の力を抜けるようになると、エースは真面目に二人を誘導しつつも、時折そわそわと夢子達を見た。彼にとっては、以前夢子から聞いたセブンス領での冒険譚が、目の前に出てきた感覚なのだろう。理由の分かっていない橙は不思議そうにしていた。


 客室に通された夢子と橙はソファに沈む。夢子の服を持ってきた衣装部屋係が着替えも手伝おうとするが、夢子はやんわり断った。橙と二人で静かに過ごしたかったのだ。用意されたお湯でタオルを絞り、橙の傷口に宛がう。


「自分で出来るわよ」

「手当てって言うのはね、人の手でしてもらった方がいいんだよ」

 ここに居ない黄櫨の真似をする夢子。「なによそれ」と橙はくすぐったそうにした。離れていた間の時間が嘘みたいに、昨日ぶりに会ったような感覚になる。


「夢子のドレス、とっても大人っぽいわね? アタシもそういうドレスにすればよかったわ」

「橙のドレスも可愛いよ。わたしはそういうのにすれば良かったかも」

 二人は着替えてしまうのが勿体無く、この場で二人だけのパーティーでもしたい気分になったが、扉の外で待機しているエースには着替えたらすぐ出てくるよう言われている。橙には聴取が待っているのだ。


「ねえ橙。あんな大事を起こしちゃって大丈夫なの?」

「だから、あんな大事になるとは思ってなかったのよ。……アタシ、夢子を手伝いたかっただけなの」

「え?」

「夢子は白ウサギとして、アリスを捕まえなくちゃいけないんでしょ? それなら世界中どこにでも、すぐ移動できた方がいいわよね。だからアタシ、夢子達が帰った後からずっと“空間移動装置ワープマシン”の開発をしてたのよ。……完成したらいつでもすぐ会いに行けるし」

 

 どこからともなくいつもの服を取り出し着替える橙。背を向けたのは着替えの為か、照れ隠しか。夢子は、思ったより彼女に慕われていることを感じた。


「でも、なんでパーティーの夜に来たの?」

「別に狙ったわけじゃないわ。たまたまマシンが完成したのが今夜だっただけ。アタシ達はパーティーの話が出るより前に、別件で城に呼ばれてたのよ。でもマシンが完成間近だったから、アタシは残って作業してた」

「ああ、だから侯爵様は先にお城に居たんだ?」

「そういうこと。セブンス領からここまで、馬車だと七日もかかるのよ? 移動に時間を浪費するなんて下らないと思わない?」

 熱弁する橙。彼女は“通信機”でアドルフからパーティーのことを聞き、一応正装をして来たらしい。相変わらず妙にハイテクで、妙にローテクな世界である。


「でもワープマシンなら、そんなストレスゼロ! 移動時間がたったの“秒”なんだから!」

「秒!? それはすごいね!」

「でしょ?」

「でも……リスクも高そうだったね」

 夢子は荒れ狂う風と、空の穴を思い出す。あれはまるで災害だ。これまで目にしてきたバグが、いかに小規模なものであったかを思い知らされる。バグと一口に言っても様々なのだろう。

 常盤も永白でバグを利用していたが、本意では無さそうだった。既に解消方法が分かっているバグの再現であっても危険があるなら、橙の起こしたバグは比べ物にならないのかもしれない。


 橙は夢子の反応に、面白くなさそうに唇を尖らせた。


「なによ。夢子まで“帽子屋”みたいなこと言うのね」

 夢子は、常盤がアリスネームで呼ばれているところを初めて聞いた気がした。(やっぱり似合わないなあ……)


「アタシとの再会、嬉しくないわけ?」

「いや、嬉しいよ!」

 橙との再会が嬉しいのは事実だ。セブンス領から戻って来て彼女達の無事を知った時、夢子は心底安心したし、また会えたらいいと思っていた。だが一方で、また会えるとは期待していなかったのかもしれない。(章ごとに変わるメインキャラクターって、それっきり出なくなったりするもんね。……ってわたしは何を考えてるんだか)


「ならいいけどね。……そうそう、実はアタシ夢子に話があって――」


「お二人とも、着替えは終わりましたか?」

 ドアの向こうからエースの急かす声がして、橙は話をやめた。手早くドレスを丸めて“消失”させると、自分を待ち構えている退屈な時間に深い溜息を吐く。


(なんの話だったんだろう?)


 まあ、後で聞けばいいか。

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