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Act3-2.「パーティーの夜に」

 パーティーは、ジャックが言ったようにカジュアルな雰囲気だった。挨拶回りに駆け回る者も多いが、貴族も兵士も気楽に気ままに楽しんでいる。

 ビュッフェスタイルの食事。中央では楽団の演奏に合わせて踊る人々。隣接されたプレイルームにはビリヤードやチェスが備えられ、ちょっとした談笑を楽しめる喫茶室や喫煙所まであった。


 ジャックが出席者と挨拶を交わしているその隣で、夢子は静かに微笑みながらやり過ごす。所作はジャックや周囲の人々の見よう見真似だ。ジャックが話を終え相手が去ったタイミングで、彼に気になっていたことを訊いてみた。


「ねえ、王さ……国王陛下は、わたしの事を知ってるの?」

「ん? ああ、まあな」

 ジャックは曖昧な返事をした。彼は夢子に関することを逐一王に報告している。本人の知らないところで勝手に話をしているというのは、何となく後ろめたかったのだ。


「それで国王陛下は、わたしのこと、どうお考えなの?」

「どうって?」

「だから……」

 夢子は、虚無化の問題を重く受け止めているだろうこの国の王が、白ウサギの役目やそれを担う自分にどういう考えや印象を持っているかが気になった。こういうことは王の側に居るピーターに訊いた方が早いだろうか?

 ……と思っていると、見知った顔が目に入った。永白への旅に同行した騎士、ルイだ。数日前に見たばかりのくすんだ金色の髪に、夢子はもう懐かしさを覚える。スーツ姿の彼も今宵は出席者の一人としてここに居るらしい。近くには他の騎士達も居た。


 どこか浮かない顔をしたルイは、夢子達に気付き歩み寄る。そして元気のない声でぼそっと挨拶をした。


「こんばんは……」

「ああ。お前、挨拶くらいまともに出来ないのか?」

「すみません、団長。お会いできて嬉しい限りです」

「いや、そうじゃなくてだな。こういう場では、まずは女性を褒めるのがマナーってもんだろ?」

 ぐいっと前に押し出される夢子。ルイは夢子と目が合うとより一層表情を暗くし、俯きながら「素敵な装いですね」と機械が文章を読み上げるみたいに言った。ここまでくると逆に清々しい! と夢子は呆れる。


「ルイさん、どうしたんですか? 具合でも悪いんですか?」

「具合が悪いと言って欠席すべきだったかもしれません。先の戦いで何の役にも立てなかった不甲斐ない俺には不相応な場ですから……」

 ルイは永白での戦いで役に立てなかったどころか、敵の駒として操られジャック達の邪魔となってしまったことに気を病んでいるのだ。それだけではなく、危険視し見下してもいた異世界人の夢子が異変解決にしっかり貢献していることも、彼を落ち込ませている原因である。ジャックは「まだ気にしてたのかよ」とデリケートな部下に溜息を吐いた。


「わたしは旅の間、ルイさんには沢山お世話になったので感謝してますけどね。美味しいものでも食べて楽しみましょうよ。折角ですし」

「そうだな。それがいい」

 ジャックは近くの皿から小さな焼き菓子をつまむと、それをポンと上に放り投げて、口でキャッチする。流石にパーティー会場でそれはどうなんだ? という顔の夢子に「この国では、一口サイズの食べ物はこうするのが正式なマナーだぜ?」と言うジャック。


「嘘だあ」と周りを見れば……続々と放り投げ、口で受け止める騎士達。ルイを見ると、彼もまた静かにやって見せた。


「え~……」

 半分以上疑いつつ、夢子も近くにあったブドウを一粒取り、慎重に放る。「あっ」それは夢子の鼻にぶつかった。コロコロ転がり落ちそうになるそれを、ジャックの手が受け止める。こんなことをしていては、小さな食べ物は一個も食べられ無さそう……とブドウを見つめる夢子に、ジャックが堪え切れず笑った。


「はは、冗談だよ」

「……分かってるよ! だと思ったけど!」

 周囲の共謀者達も小さく笑っている。なんて人達なんだ……と恨めしそうにする夢子の後ろで、ルイも微かに笑った。



 それからも、ジャックの元には代わる代わる様々な人が挨拶に訪れた。美しいドレスやタキシードを身に纏った貴族、堅苦しいスーツ姿の官僚、他とは一風変わった身なりで流行の先を行くような商人、ジャックと親しげな軍関連者。


 夢子は大抵は、ジャックの私的な友人として彼らに応対した。中には夢子の正体を知る者もおり、励ましを送られることや、薄っすらと警戒を向けられることもあった。


 パーティー慣れしていない夢子はすぐに疲れてしまい「ちょっと外の空気を吸いに行ってくるね」と、ジャックの返事も待たずその場を離れる。会場の大きな窓はどれも出入り出来るよう開け放たれており、夢子はその内の一つからテラスに出た。


 白い石の床が、室内から漏れ出る光に淡く照らされている。外に広がる庭園では、木々や花々に煌びやかな電飾が施されていた。その光景はこの上ない贅沢品で、ここは恋人達が語らうにピッタリのロマンチックな場所に思える。……現にそういう場であるらしく、少し離れた場所では男女が見つめ合っていた。(――あまり見ないようにしよう)


「なにしてるの」

 突然声を掛けられ夢子は心臓を跳ねさせる。振り返ると、先程遠目に見ていたピーターがそこに立っていた。彼の後ろから呼び止めるような甲高い声が聞こえたが、ピーターに冷たく視線で追い払われ、掻き消える。


「こんばんは。わたしはちょっと休憩。今の人、挨拶しなくていいの? ジャックはずっと誰かと話してたけど」

「僕も休憩なんだよ。必要な挨拶はもう済ませた」


 休憩なら、少しでも静かに過ごしたいだろう。場所を譲った方がいいだろうか? 夢子がそう考えていると、結論を出す前にピーターが隣にやって来て、手すりに背を凭れた。


(邪魔にされるまではここにいようかな。それにしても……こんな綺麗な夜景に背を向けちゃうなんて、勿体ないなあ)


「ねえ、君さ」

「え? なに?」

「さっきは随分楽しそうにしてたね。あんな事があったジャックと仲良くできる君の神経の図太さには、本当に関心するよ」

「あれ。なんか今日はいつにも増して刺々しいね。折角……その……カッコいいのに。あ、タキシード! 似合ってるっていうか、うん」

 わたしは何を言ってるんだろう? 夢子は恥ずかしくなりそっぽを向こうとするが、そちらには熱烈な恋人達の姿。逃げ場がない。ピーターは何か言いたげに夢子を見ていた。


『ほら早く! 君もちゃんとドレス姿を褒めてあげなくちゃ! 夢子がいじけちゃうよ?』

 

 ……聞き覚えのある声に、夢子は苦い顔をした。時間くんだ。一人一人に語り掛けることの出来る彼が、敢えて自分にも聞こえるように言うところが憎たらしい。夢子は顔を強張らせ、見えない誰かを相手に宙を睨む。ピーターは「ああ、うん……」と夢子をじっと見た後で、


「いつもと違うね」と言った。


 それは事実でしかない。髪を切った人に『切ったね』と言うのと同じ。何だかそれがとても彼らしくて、夢子は笑った。


 その時、視界の端の空で何かが光った気がして、夢子は目をやる。見間違いではない。空には稲妻みたいな光の線が走り、バチバチと火花を散らせている。その中心で爆発が起き、何かが飛び出してきた! 現れた物体は青白い光を後ろに噴出しながらこちらに向かってくる。


(ゆ、UFO?)

 それは円盤型の台座にキックボードのようなハンドルが付けられた、見たこともない小型の飛行機だ。SFチックなその乗り物の上に立つ少女を、夢子は知っている。


「えっ……橙!?」


 橙が出てきた空には穴が開き、そこから強い風が吹き荒れた。嵐の如き暴風が庭園の木々を、花々や草を、城を飲み込んでいく。庭園に出されていたテーブルや椅子が宙に放り出された。夢子も飛ばされそうになり必死で何かにしがみ付こうとするが、間に合わない。その手をピーターが掴み、強く引き寄せた。



 ――風がおさまる。パーティー会場は人々の悲鳴とどよめきで満ちていた。


(一体、何が起きたの?)

 夢子は薄っすらと目を開け、自分を閉じ込めているその腕越しに庭園を見る。そこには地面に突き刺さったあの謎の乗り物と、尻餅をついているドレス姿の橙。ちょっと転んだみたいな顔で頭を掻いている彼女はとりあえず無事らしく、夢子は安堵した。


「あっ、」

 夢子はハッとしてピーターから離れた。言葉を詰まらせながら何とか「ありがとう」と絞り出す。彼に助けられたことは以前にもあるが、これまでと道理が違うように感じるのは、見慣れないその服装の所為だろうか?

 ピーターは素っ気なく返す。


「別に、君を助けた訳じゃないよ」


(いや、流石にそれは無理があるでしょ)

 という夢子の感想と同じことを、時間くんも言った。


 夢子達に気付いた橙が「久しぶりー!」と元気に手を振る。ぽっかり空いた空の穴はそのままだ。

 

 何やら波乱の予感である。

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