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Act29-2.「前進」

「馬車の手配が整いました」

「ご苦労」

 ゲートから戻ってきたルイに、ジャックが労いの言葉を掛ける。ルイはそれに後ろめたそうな顔をした。ジャックにはルイが、敵の術中に嵌ってしまった自身を悔いているのだろうと分かったが、敢えて何も声を掛けなかった。下手な慰めは逆効果だろうと思ったのだ。


 ジャックの目が、木に凭れぼうっと上を見上げている黄櫨を捉える。何を見ているのか気になり、何となく近くに行って真似してみたが、変わったところのない普通の夜空だ。地上に目を戻すと、黄櫨と視線がぶつかる。何か文句を言われるか、何も言わずに立ち去られるかのどちらかだろうなと思ったが、意外にも黄櫨は大人しくこちらを見ているだけだ。慣れない反応に戸惑うジャックに、少年がポツリと問う。


「どうして、あの日、来なかったの?」

「ん? 何の……」

 何のことだ、とは言えなかった。黄櫨の視線がそれを許さない。ジャックは自分と黄櫨との記憶を掘り起こし――それらしいものに思い当たる。黄櫨がまだ永白に居た頃、自分の国へ誘ったことがあった。確か森の入り口に迎えに来ると、かつての自分は言ったのだ。

 ジャックはそれを黄櫨が覚えていたことと、“来なかった”と知っていることに驚く。黄櫨は『行かない』と言っていたから、来ていないだろうと思っていた。……だがそれが約束を破った理由ではない。当時の自分には、少年との約束など吹き飛んでしまう程のことが起きていたのだ。


「あの時は……」

 ジャックが、タルトを手にかけたあの日。あれは黄櫨との約束の直前だった。悲しみに暮れるロザリアを前に、ジャックには他の事を考えていられる余裕はなかった。しかしそれを黄櫨に伝えるべきかは分からない。黄櫨には関わりの無い事で、伝えても独り善がりな言い訳にしかならないだろう。


 これまで自分に対して、辛辣な態度を取っていた黄櫨。それは、ただ気に食わないという理由で嫌われていたのではなかったのだ。きっと自分はこの少年の心を傷付けてしまったに違いない。


 いつまで経っても続きを口にしないジャックに、黄櫨が言う。


「いいよ。何となく分かってる。あの頃、君の国が大変だったって」

 黄櫨が永白から離れて間もなく、女王は命を落とし、彼の国は崩壊した。黄櫨はそれを知り、ジャックが約束どころではなかったのだろうと今では気付いている。彼への問いはただ自分の中で消化しきれないものをぶつけただけだ。


「約束を破って、すまなかった」

「もういいよ」

「……許してくれるのか?」

 いつもよりも柔らかい黄櫨の声と雰囲気に、ジャックはホッとした。黄櫨は微かに口角を上げ、


「許すわけないでしょ。もう話すことは無いってこと」

 と言い捨て、サッと立ち去ってしまう。ジャックは深い溜息を吐いた。




 *




 帰りの準備が整い、夢子達は鏡のゲートの前に立つ。静かに控えるお面達、大袈裟に寂しそうにする狸、冷たい目のヘイヤ。いつの間にか戻って来ていたモスは、多めのシャボン玉で出発を華やかに演出している。……その時、風が吹いた。シャボン玉が流れ、氷の溶けた葉はザアアと漣のような音を立てる。 

 常盤は懐かしい男の声が聞こえた気がして、森の奥に吸い込まれていくシャボン玉を目で追った。



 ――遥か昔、タルジーの森には凶暴な三月ウサギが棲んでいた。

 森で暮らすあらゆる動物、踏み入った人間、目につく命を手あたり次第残虐に弄ぶ狂人。小鳥が囀り、ウサギやリスが駆け回っていた森は、死臭に塗れた地獄と化した。近隣の住人は討伐隊を編成し立ち向かったが、誰一人として戻って来る者はいなかった。


 人々が遂に森に火を放とうとしていると聞き、常盤は三月ウサギに会いに行った。タルジーの森は、かつて一人の少女が気に入り、遊び場にしていた場所である。彼女が大切にしていた森。自分にとっても思い出深いその場所を焼き払われることは耐え難く、常盤は原因の三月ウサギを対処することにしたのだ。


 森の奥へと続く赤く染まった道。それを辿った先に、三月ウサギは居た。全身に血をこびり付かせたその男は、言葉を知らない獣のようだった。……『三月のウサギのようなキチガイ(Mad as a March hare)』……物語の中の愉快なキャラクターとは違う、狂気だけを濃縮し形としたその男は、不思議の国が生み出した成功作か、失敗作か。

 新しい獲物を見つけ嬉々とする男に、常盤は銃口を向ける。元より対話による和解など期待していなかった。危険な三月ウサギはリセットして、次の三月ウサギに期待しよう。


 ――引き金を引くよりも早く、男の体が血を吹く。その首筋には背後から斧が突き立てられていた。倒れる巨体の向こうに現れたのは、どこか浮世離れした銀髪の青年。青年の頭には森で暮らしていたウサギ族の特徴的な長い耳が生えている。仲間を殺された復讐かと思ったが、静かな藤色の目には悲しみも怒りもなかった。


「あれ? 三月ウサギって、特別だって聞いてたのに。弱いし、中身も俺と変わらない。期待外れ」

 青年は独り言をブツブツ言いながら、ぱっくり割れた傷を斧で広げ、気の抜けた顔で中を覗いている。まるで子供が虫を殺しているかのようだ。青年の異常さに、常盤は戦慄する。


「もうお前に、興味は無い」

 青年はつまらなそうに斧を引き抜き、もう一度突き立てる。男の雄たけびが森に木霊した。


 キャラクターの名を冠さないただの野ウサギが、隙を突いたとはいえ、三月ウサギを殺してしまった。その事実に驚愕する常盤の前で、更に驚くべきことが起きる。

 絶命した三月ウサギが、三月ウサギではなくなったのだ。キャラクターをキャラクターたらしめていた不思議な力が抜け出て、別の器に移る。認識が塗り替えられる。……青年が、三月ウサギになったのだ。


 青年は自分の中に巡る何かに首を傾げ、手を広げたり閉じたりしている。世界に授けられた名前、アリスネーム。それが人の手によって奪われるのを目にしたのは、この世界が出来て間もない頃から居る常盤も、初めてだった。


「なに、これ。どういうこと」

「不思議な力を感じているなら、それはアリスネームの力だ。お前が、次の三月ウサギになったんだ」

 野ウサギは、一応は常盤の存在に気付いていたのか、驚くこともなく顔を上げる。


「俺が三月ウサギ? よく分からないけど……お前、こいつより特別な感じがするね。中身、確かめてみていい?」

 先程の三月ウサギとは異なるベクトルで狂っている青年。悪意の塊に見えた男とは違い、その目にはただ真っ白な好奇心だけが光っていた。恐らく生まれて間もないのだろう。何も知らないだけなら、教えればいい。

 青年は斧を構え一歩踏み出そうとしたが、常盤の放った銃弾が彼の手を掠め、斧が手から落ちる。青年は「痛い」と目を丸くした。


「落ち着け。中身を見たところで、お前の知りたいことは何も分からない」

「じゃあ、どうすればいい?」

「……言葉が分かるなら、対話しろ」

「話? 話せば何か分かる?」

「殺し合うより得るものは多い筈だ。お前が知りたいなら、私が知っていることは教えてやる。……お前の名前は?」

 青年はヘイヤと名乗った。

 この時の常盤はまだ、ヘイヤと長く付き合うことになるとは思ってもいなかった。ただ野放しにするのは危険だと、様子を見るだけのつもりだった。


 ヘイヤは、稀な才能に恵まれた青年だった。世界の理に深い理解を示し、意識エネルギーを独自の解釈で魔術化し、人を惹きつけるカリスマ性で組織を作り上げた彼。彼が最初からキャラクターであったと誰もが疑わなかった。

 探求心に溢れ、いつも何かに心奪われているヘイヤ。危ういところと、子供みたいに純真なところが、常盤は放っておけなかった。


 黄櫨が現れると、ヘイヤは父性本能にでも目覚めたのか、少し大人ぶるようになった。傍からは黄櫨にちょっかいを掛けているだけに見えたが、本人は面倒を見ているつもりだったのかもしれない。いつからかヘイヤに纏わり付き始めたラファルは、ヘイヤ同様にノンキャラクターとは思えない、不思議な男だった。ラファルの才能をヘイヤも見出していたのだろう。ヘイヤは彼を雑に扱いつつ、自分との戦いの中で成長していく姿を楽しみに見守っていた。

 ……大切なものは一つだけでいいと思っていた常盤だったが、気付けば、掛け替えのない存在が増えていた。それは邪魔に感じる時もあったが、心の穴を埋めてくれるものだった。


 ――そして、ミツキの出現。彼女は世界に適性のある異世界人だった。彼女を上手く利用すれば、アリスの“代替”に出来るかもしれない。アリスをその役目から解放することができるかもしれない。それを期待していたものの、やはり駄目だった。この世界に根付いた“強い意思”が、新しい異世界人の存在を認めない。彼女は呪われ、そして彼女を守るために、ヘイヤは命を落とした。


 ヘイヤの死後、苦しみ続ける黄櫨を見て、常盤はミツキを保護したことを後悔した。彼女のことを何も知らない内に、無感情に排除してしまえば良かったのだ。


『俺は、大丈夫』

 あの日、そう言って微笑んだヘイヤ。最後に見た彼の、彼らしくない表情が、今も目の奥に焼き付いている。




「常盤さん、どうかしましたか?」

「……何でもない。帰ろう」

 常盤は、鏡に少し警戒している夢子の手を引き、ゲートに入る。振り返ることは無かった。

過去に縛られながらも、受け入れ、前進していく各々。


常盤視点の過去編は入れるか悩んだのですが、絶対ヘイヤを思い出している筈なので入れました。

色々知っている彼視点だと、現段階では分かりにくいことが多いし、ネタバレになりかねない……。


次回は平和な話です。

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