71.性質
報告を聞いてアレーディアは顔を引き攣らせていた。予想以上に弟はクレアに怖がられていた。そして、その報告を見た茶髪に赤い目の青年……クローディア・ロイス・ブルーノは「魔導師殿の方が感性が普通ですね」と抑揚のない声で追撃した。さすがに「そのようだな」としか言えず、苦虫を噛み潰したような顔をする。
「魔法が使えない、通用しない事態が起こった時にどうしても筋力の差がものをいうものだしな」
特に竜人は他の獣人よりも力が強い種族だ。ヒト族のクレアにとっては脅威だっただろうと考える。そういうことも含めて注意をしていたはずなのにと思うと溜息は止まらない。
「アレで優秀だというのになぜクレアが関わった瞬間、おかしくなるのか」
好感度を上げるために必死である様子ではあるが、逆効果である。しかも、女王である母や兄である自分のアドバイスなども参考になってなかったらしい。参考にしろ、というよりかは頼むからやらないでくれと言ったことが何処かで捻じ曲がっている気がする。
「恋とは難儀なものでございますね」
「全くだ」
元々、獣人の中でも竜人は一途、悪くいえば執念深い種族である。人によっては暴走してしまう。それでもアレーディアは好いた相手であれば、もう少し相手に対しての思いやりが必要だろうと思う。
「殿下たちには早々に婚約者を決めていただいた方がいいかもしれませんね」
「それは余程のことがないと無理だろうな」
疲れたように椅子の背もたれにもたれかかり、足を組んだ。
「確かに、政略によって結ばれた王族もいる。だが、基本的に我々は愛を得なければ子ができない仕組みになっている。いくら迫られ、そういう行為に及んだとしても互いの気持ちが通じあっていなければ生殖行為として成り立たない。呪いみたいだろう?」
くく、と笑う。
竜人はそれなりに本能が強い。だからこそ、狂ってしまわないように幼い頃からフェロモンの遮断、通称番避けの処置がされる。番が必ずしも良識ある相手だとは限らない。強い力を持った種族の獣人が悪人に振り回されるケースはそれなりの歴史にも残っている。
けれど、問題も出てしまった。
番というからには種を残しやすい相手でもあった。
おおよその獣人にはそれで何の問題も出なかった。むしろ、勘違いにより番だと拐われて本物が見つかれば捨てられる。そんな番の分からぬヒト族は激減した。
けれど、竜人は影響が想定より大きかった。長く時を生きるからあまり知られてはいない。死ぬまでには大抵焦がれる相手がいるものだった。
その影響というのが「心より求め合う男女でない限り子ができることはない」というものだ。
「媚薬も試してみたようだが、性欲だけではそれに当てはまらなかったと聞く」
「試したんですね」
「好きな相手はいないが、どうしても血を残したいと考える同族もいたということだ」
結局、その同族は数十年後に相手と巡り合い子を成した。だが、逆を言うとそれまでお互いに好きでいられる人間が現れなかったということ。それに加えて政略結婚でも冷たい関係性の竜人に子はできず、できたと思われたところは不貞だったことなどからほぼ確実とされている。
だからこそ慎重にとエリアスには言っていたのだ。一途であるが故に一度恋をすればなかなか他の人間に目がいかない。おまえそういう特性持ってるのに軽率なことするんじゃねーよ、というのが母と兄と妹の意見だった。この辺りは父に似たのだろう。母と似た瞳を細めて、仕事の書類にサインを入れた。




