7.住人増えた
クレアが気がつけば、リヒトも森に住み着いていた。仇では、と思う気持ちがなくもないが、本人がいいのならばと放っておくことにした。
しかし、なぜか自分の世話を焼いてくる件に関しては理解できないでいる。
そんなある日、小さな女の子が泣きながら迷い込んできた。小さな女の子が泣いているのは心苦しいと助けようとしたけれど、クレアに対して怯えた様子を見せた。
知り合いの中に少女はいなかったはずである。しかし、魔王退治の名目でクレアも長い旅をしていたのでもしかしたらどこかで見られたのだろうと後ろに控えるソフィーに声をかけた。
「ソフィー。よろしく」
クロエのことも優しいと思っているクレアだが、彼女は言動がいささか乱暴なのである。初対面であればと対応の丁寧なソフィーを呼ぶ。物腰が柔らかいのでそう怯えられたりしないだろう。
そばにいても怯えさせるだけであればと離れれば、リヒトが難しい顔で「いいのか?」と問いかけてきた。
「お前が助けると決めたのに、誤解されたままでいいのか」
「主張することが良いことばかりじゃないだろう。それにソフィーとクロエであれば悪いようにはしない」
彼女たちがそういう人でないことは分かっている。暴走することもあるため、影からちゃんと見守りもするが。
「怯えられる、ということはそれなりの理由があるということだろうしね」
全く覚えがないというのなら話は別だけれど、残念ながら嫌々だろうと従っていた過去は覆せないものだ。
目で彼女たちを追う。幼い女の子には何が必要だろうか、なんて考えていたら呆れたような溜息が聞こえた。
「クレア。お前は一体、何がしたいんだ」
「何もしたいことはない」
何も思い浮かぶことはなく、ただ無力感だけが残る。クレアの母がこの状態を見たら叱るかもしれないが、生憎ともういない。
ただ倫理的に、道徳的にどうかということを避けているだけに過ぎない。
「いつかは出来るかもしれないが、今じゃない」
いっそ何もないところにいれば、ゆっくりと今後のことも考えられるかと思っていた。しかし、予想と違って報奨とか言ってよこされたこの土地は騒がしい。
国王は亜人がそこそこ通る場所に配置すれば、クレアが他の種族を取り締まるとでも思っていたのだろう。しかし、引退すると告げた通り、何もする気はなかった。
「……早く見つかるといいな」
仇の一人であるはずの少女にリヒトは慰めるようにそう言った。少しだけ、無感情にその目がリヒトに向けられる。未だ光見えぬ深海のような瞳が、どこか哀れであった。
苛烈な炎のような赤い瞳の姉を思い出す。怒りに燃えながらも、王国を滅ぼしてやるのだと息巻いていた美しい女。
せめて、それくらいの意志を持つ者であれば仇と見れた。だが、勇者と共に旅をしていた魔導師は傷つき、苦しみ、自身を大切にする気持ちすら消してしまった。贖罪のつもりなのか、元来優しい性格なのか。それは旅をしていた頃の彼女を知らないリヒトに判別のつかない事ではあったが、ヒト族以外の獣人やエルフ、果ては力弱き魔族などもこの領地から逃がしている。
しかも、ヒト族に化ける魔法を教えすらして。
「……我らの森に関して言えば、関与すらしていないのだからな」
本当に、生きている事自体が苦痛に見える。リヒトたちの想像以上に、旅で心を磨耗したのだろう。クレアは何も思わないわけでも、考えないわけでもない。
その背中を見つめながら、小さくつぶやいた言葉は空気の中に霧散した。