62.課題
雪一角兎の角は、とある病気によく効く薬になる。
薬学自体はマーリンから習っていたが、病気に関わる薬を自分一人で作り出したのは旅の途中からだ。エルフの森の襲撃の時もそうだが、基本的にクレアが倒れたとしても彼らは何もしてはくれなかった。稀にアルケイドが食べ物などを持ってきてくれたが、それだけだ。聖女はその身を癒してはくれなかったし、かといって医者を呼んでくれるわけでもない。そのくせ、治癒魔法を独占しようとするのを強欲だと感じていた。
治癒魔法だって万能ではない。けれど、聖女の治癒魔法は本来は別格だった。神の恩寵とも呼べるその術は、本来治しにくいはずの重篤化した病でさえ治療することができた。それを餌にされた、ともいえる。
今はもう聖女など居ないだろう。少なくとも、無事ではあるまい。彼女の師は歯向かうものに容赦がない。いっそ自分もそうなるべきだったのだろうか、と時たまクレアは考える。守られたままは良くないだろう。しかし、おそらくそれを望まれていないということもわかっていた。それを望んでいるのならばマーリンは容赦なくクレアを連れ回していただろう。
聖女のように、特別な力は自分達にとって関係がないのだろう。では、力無き人間は病の前に倒れて良いというのだろうか。例えば、己の母のように。
それは違うだろう、と首を横に振った。
「しかし、まぁ難しいだろうな」
それでも、自分の課題なのだとクレアはそれをそっと引き出しにしまった。
部屋を出ると、「ご主人様」と笑顔のソフィーがいた。その声に応えようと目を向けて、クレアは一瞬固まった。
「ソフィー、それは?」
「ルーンディアです!ちゃんとしとめて参りました!!」
キラキラとした瞳で「私の方がご主人様のお役に立ちますでしょう!?」と言うソフィーだが、赤く染まったエプロンは軽くホラーだ。
「怪我はないか?」
「はい!全て返り血です」
「じゃあ、いい。ありがとう。それは向こうの小屋で片付けようか」
その後に入浴だと言って先に小屋へ向かってもらう。そしてクレアは床を見て洗浄魔法をかけた。
「直接持って来ないようには言おう」
洗浄魔法をかけながら歩いていると、クロエの怒った声が聞こえた。
「獲物をそのまま家に持ち込むとかバカなのか!?血がどれだけ取れにくいと思ってるんだ!!」
「だってご主人様が喜んでくださると思って」
汚れを落としながら合流すると、ソフィーはぷくりと頬を膨らませており、クロエは青筋を立てていた。
「クロエ。とりあえず今回は私が片付ける」
「……わかった」
勝ち誇った顔をするソフィーに、クレアは声をかけた。
「ソフィー、今度から獲物を小屋に置いてから私を呼んでくれ」
「はい!かしこまりました!」
駆けていくソフィーを見送って「世話をかける」と言うと、クロエは納得していないというように頷いた。
「甘やかしはよくないぜ」
「わかってはいるんだが……自分を慕ってやってくれているのがわかるから怒りづらいんだ」
ユウタと張り合う姿もどこか可愛いようにも思えた。仕方がないな、とクロエは呆れたようにクレアを見つめる。
クロエに対してもせっせと日頃のお礼としてハンドクリームなどを支給している。クレアは自分が蔑ろにされてきた経験があるので、余計に何かをやってくれる二人を身内として認めていたし、二人には甘かった。
※ルーンディア
角に魔力を多く溜め込んだ鹿型の魔獣。
稀に宝石のような美しい角を持つものもいる。
美味しい。




