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48.師の背中



 夜中にしれっと帰ってきて、夜食を要求するあたりがマーリンのふざけたところであるとクレアは思う。けれど、いつもより少し疲れた様子だったので大人しく厨房で料理を作る。そういう時の師は大抵何か仕事を頑張った後なのだ。

 ソフィーとクロエを起こすのも忍びないと、一人で調理場に立った。



(こういうのは久しぶりだ)



 やってもらうことに慣れていた自分を不思議に思いながら肉を火にかけると、頭上に重石のようなものが乗った。



「まだ?」


「干し肉とかならありますよ」


「クレア、師に携帯食を食べさせるのは可哀想だと思わないのかい?」


「特には」



 師という名の重石にそう言いながらサラダに添えていたトマトを差し出すと、それを口に入れた。手から直接食べる師を見ながら餌付けのようだなと思う。ほのかに表情が柔らかくなった弟子にをよそにフリーダム系師匠は温めたスープを勝手に飲んでいた。



「なかなかだな」


「クロエは料理がうまいから」


「ワン公にしてはえらいと褒めてやろう」


「師、あの子は狼ですよ」



 またクロエが怒るだろうと少し呆れたようにマーリンを見つめた。余所見をしながら器用に皿に肉を盛り付けている弟子を見ながら「同じようなもんだろ」と鼻で笑った。そんな対応を皆にするものだから嫌われるんだぞと言って治らないことをわかっているのでクレアは座るように言って、食事を並べる。



「こうしていると、世話をさせていた頃を思い出すね。あの時食べた君のお母さんのスープは悪くなかった」


「まぁ、何かを焼かせれば炭を生成する人ではありましたが」


「煮るのと焼くので何が違うんだろうねぇ」



 師にしては柔らかい声音に、不器用ながらその死を悼まれていることを察して、クレアは「ふふ」と笑った。



「なんだ、笑えるじゃないか」



 悪戯が成功したような笑みで髪をぐしゃぐしゃにしながら頭を撫でる。そして、震える肩に気づいて、仕方がないなとでもいうような顔をした。

 上着を脱いで頭の上からそれを思い切り被せる。



「お前のことだから、どうせ全部抱え込んでたんだろ。僕の前でくらいは多少気を抜いても構わないんじゃないか?僕がいるときにずっと気を張っていると、体が保たないぜ」


「自分で言うことじゃないです」



 泣きたくない訳ではなかったのだろう。マーリンは弟子に背中を貸しながらそう考える。まだ、たかだか18歳の女の子だ。国がやってきたこと、勇者と名乗った愚か者たちがやってきたこと、希望が潰えた瞬間。そのどれもを受け入れ、消化できるほど達観してはいない。クレアは才能は人一倍あるが、それだけだ。



(才能ってのはこうやって潰されてくんだよな。胸糞悪い)



 泣かなかったのではなく、泣く場所を奪われていた。元から感情を曝け出すタイプではなかった。好奇心は強かったが、家族のためにと震える手を必死に握りしめて魔法を魔物に放っていた。習ったことを必死に口に出しながら、青い顔で素材を剥ぐ少女の顔を思い出す。



「クレア、お前はこの天才の弟子なのだからもう少し傲慢に生きるといいよ」



 そう言った師に、目をまあるくしてきょとんとした顔をした後にクレアは苦笑した。

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