45.厄介魔導師の逆鱗に触れる
竜の国の女王、アレクサンドラは厄介者が来てしまったことに頭を抱えてしまいたかったが、女王としての矜持でいつも通りに笑みを浮かべた。アレーディアもニコニコと笑みを作ってはいるが、目は全く笑っていない。
マーリン・ストーンヘッジという男は稀代の厄介者であった。女癖は死ぬほど悪いし、誰であっても男は粗大ゴミとばかりに足で蹴飛ばすし、魔物を繁殖させてあわやスタンピードになりかけたこともあったか。それでも捕まって討伐されていないのは彼の行いが結果的には丸く収まることが多いからだ。引っ掛けて遊んだ女が他国のスパイだったり、吊し上げた男が内乱を目論んでいたり、スタンピードそのものを彼が指先一つで仕留めてしまったり。
「で、いいでしょ?アレクサンドラ。何かあっても僕がちゃーんと後始末つけれるって知ってるよね?」
「そういうのは事前に報告・連絡をして許可を得た人が言うセリフよ。マーリン」
反省している様子もなく、唇を尖らせる成人して結構な時を生きる男にアレクサンドラは苛立つ。まさか超絶めんどくさい世界一厄介な天才魔導師が弟子を取っているだなんて思いもしなかった。自分の都合の良いようにしか動かないことで知られる男は「今言ったからセーフだねっ」とウインクをする。殴って良いかな、と思い始めてきたが、とりあえず理由と目的は聞かなければと問いかける。
「理由?弱小国家如きが僕の弟子を良いように扱って、しかも愛妾にしようなんて企んでいたみたいじゃないか。滅びても仕方がないんじゃないか?」
「意外だな。そんなに弟子が可愛いか?」
「いやぁ、僕のプライドの問題さ。弟子をコケにされたってことはね、巡り巡って師である僕のこともコケにしたってことだよ。あの子がいたから勇者としての体裁を成せたというのに、本当に愚かしい。国家ごと消えるべきだ」
嫌なやつを敵に回したな、と同情する気持ちが多少はあるが助けてやる気は微塵も起きない。マーリンという男はやるといえば必ずやる男であった。報復などであればなおさらである。ここまでのやる気を見せたのは初めて見た気がするが、ハイライトの消えた瞳を見て「我々には被害のないよう、きちんと対処すること」と条件を出して頷いた。
「ああ、無論そのつもりさ!一応魔法契約用のスクロールも持参したけれど必要かい?」
やけに準備がいいマーリンに、今度こそ溜息を吐いて「さっさと見せて」と手を出した。
「先生の師匠、バチバチにめんどくさそうだけどいつまでここにいるの?」
マーリンが王城に行っていることを良いことに、ユウタはクロエに出されたアップルパイに舌鼓を打ちながら問いかけた。クロエも気になるようで耳を傾けている。
「目的が何かは知らんが、達成するまではいるだろうな」
「私、あの方嫌いです」
不貞腐れたようにソフィーが言う。行く前にスカートを捲って、「色気がない下着だな。僕が良いものを贈ろうか?」とか言われたこともあって若干殺意すら覚えている。
「師を好きな人間は少ないぞ、安心しろ」
クレアの言葉に、「そうだろうな」と思いながら、ユウタは紅茶を口にした。
(けど、あの人多分先生のこと大好きだよな。話聞いてガチギレしてたし。いや、まぁ、俺でもブチギレる内容だったけど)
クレアの魔王退治の話を思い出して、彼は目を細めた。尊敬する姉のような人が思いの外蔑ろにされていて腹が立つのは彼だってわかる。これが年下の少女のされていたことであれば、さらに怒りは増すだろう。庇護対象であるかそうでないかは怒りの度合いを左右する。ユウタにだってそれは理解ができた。要するに、自分など比較にならないほど、マーリンという男はコルツ王国に激しい怒りを抱いているのだ。
(あれ、ちゃらんぽらんに見えて、先生のためにお土産まで用意して訪ねてきてるもんな。弟子が可愛くてしょうがないんだろうな)
クレアとその他大勢に対する目線が天と地ほど違った。自分が男だからかと思ったけれど、ソフィーたちに対してもその辺の塵芥とでもいうような対応だったので何とも言えない気分だ。
「アップルパイうめー」
「味わって食えよな」
クロエの言葉にお礼を言いながら頷いてありがたくもう一口。ヤバい男にあったストレスが緩和していくようだった。




