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44.魔導師マーリン




 足音が温室の前で急ブレーキをかけたように止まり、その扉が開く音がした。



「先生!!助けて!!」



 久しぶりに聴いた気がする弟子の声は元気そうで、「どうしたんだ?」とクレアは声をかける。ユウタは困ったような顔で「実は」と話そうとすると、いきなり後ろから蹴り飛ばされて少し吹っ飛んだ。



「ああごめん、粗大ゴミかと思った」



 全くごめんだなんて思っていない声が響く。クレアは頭が痛いと言うようにこめかみに触れる。そして、ジトッとした目で「我が師、相変わらず元気そうですね」と冷え冷えとした声で言った。



「え、このヤベー人、先生の師匠なの!?」


「はは、クレア。お前はできの悪い弟子を持ったね?」


「特に争いがない場合は素直は美徳ですよ」



 クレアがそう言うと、青藍の髪の魔導師は笑顔のまま「ぶん殴るよ」と口に出した。本気だと知っているからクレアは溜息を吐く。彼女の師は自分のペースでしか生きられない人種なのだ。



「ユウタ、これが私の師だ。他に並び立つ者のない稀代の天才魔導師マーリン・ストーンヘッジ」


「ああ、そういう素直な言葉は歓迎するよ。僕も褒められるのはやぶさかではないからね」



 その前に、「問題しかない男だ」と聞いているのでユウタは複雑そうな表情をした。すでに蹴り飛ばされているので普通の人間ではないとは思っている。

 クレアの隣に立ち、当然のように腰を引き寄せるマーリンは嫌がる猫のように顔を手でブロックされている。セクハラすんなよと見る目も冷たくなるのを感じた。



「それで、何のようですか」


「あ、そうそう。ほら、君がコルツ王国をぶっ潰したいお姫様に僕を紹介しただろう?」


「そういうのは自分、専門ではありませんので」


「そうだよねぇ。僕は嫌いな奴らの死に顔で美味しくパンをいただけるけど、君はそういうタイプじゃないよねぇ?そして、クレアはそれでも僕に手紙をよこした。何でだい?」



 師の言葉にクレアは首を傾げた。そして、少し考え込んでから「ああ、」と声を出す。



「別に、進んで滅ぼしたいわけではないが、そうなったらなったで構わないかと思って」



 唯一の弟子の性格を知っているマーリンは大きく目を見開いた。その瞳の奥に燻るものを読み取ってなんとも言えない顔をした。静かにクレアから離れて溜息を吐いた。



「この分だと、早めにあの国を出れたのはまだ運が良かったか」



 小さな声で呟かれたそれはクレアの耳に届くことはなかった。「それはともかく」と彼は彼女に胡散臭い笑みを向ける。



「僕、クレアのここ数年のお話、じーっくり聞きたいな」


「それは構いませんが……。ユウタ、君の用事は何だったんだ?」



 その言葉に我に返ったユウタは「そう!ツキナキグサの場所知らないかな!?」と聞いてきた。



「ダンジョンのもう少し奥に潜るために必要な治療薬を作りたいんだけど、薬屋に置いてなくって」


「だろうな。季節外れだ」


「クレアの弟子、薬草辞典暗記してないの?」



 不快そうに指差したマーリンに「そこまで必要だとは思わなかった」とクレアは素直に言う。実際、薬草辞典を暗記している冒険者の方が少ない。



「必要なのは石化治療薬だな?」


「よく分かりましたね!?」


「近隣のダンジョン含めた魔物の情報は頭に入れている」


「ああ、あのダンジョンしばらく行かない方がいいよ。小僧では少し厳しいと思うし」



 小僧と呼ばれたことに少しムッとしながらも、「いや、先生の師匠だからそこそこ年上だし、俺くらいだったら小僧か?」と思い直してその理由を聞くと、それはそれはいい笑顔で碌でもないことを言ってきた。



「ダンジョン内の魔物をちょっぴり増やして、少しだけ他のダンジョンに転移させているんだ。こちらの国に迷惑はあまりかけないよ」


「十分かかってますよ!?だから討伐クエストで冒険者集められてるんですから!!」


「えぇ〜……討伐されるのは困るな。アレクサンドラに命令出してもらうか」



 マーリンは「逃げるなよ」と言って姿を消した。クレアは「碌でもないこと、してなきゃいいけど」と呟いてから弟子に向き直った。



「討伐は要らんようだから、せっかくきたのだし昼食でも食べていけ」


「うん。そうする……」



 ユウタは「めんどくさいことにならないといいな」と思ったが、少し離れたところで煙が上がるのを見て、「もうめんどくさいことになってんな」と確信した。


「僕は嫌いな奴らの死に顔で美味しくパンをいただけるけど」

意訳:嫌いな奴の不幸はメシウマ

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