40.王子と王女の襲来
クレアは困惑していた。
誰だって一国の王子と姫がいきなり押しかけてくれば驚きも困惑もするだろう。後ろにいる侍女のイルヴァも疲れた顔をしているし、少し遠くにはヒラヒラと軽く手を振るネーロがいた。ネーロはアレーディアの部下ではあるが、身軽ですばしっこいところを買われてちょくちょくエリアスがやらかさないように見に来ていた。同時に、当番でちょくちょくクレアたちの護衛にも立っている。本人は「でも給料良いし、アレーディア殿下は普通に良い人なんで今んとこ辞める気ないっス」と言っている。
「今、怪我人を抱えているのであまりお相手はできないのですが」
一緒にエルフの美少女が居て、クレア本人も薬草を抱えている。その状況にリルローズはちょっぴりむくれた。
「その怪我人の話だ。解毒が完了次第こちらの医師が預かろうと思う」
「それは助かります」
クレアは薬に関してはある程度専門的に学んではいたが、医師と呼べるほど医療知識はなかったのでホッとしたような声音でそう言った。心配そうにクレアを見上げるシャルロッテに「これできちんと治してくれる人が見つかったぞ」と穏やかな声で告げた。真顔ではあるが。
「まぁ、少しくらいなら待ってあげてよ。けれど、私の相手をする時間はなるべく取って」
「うん?まぁ、よほどのことがない限りは君を拒みはしないが」
良い子だものな、とリルローズに言ったクレアはほんの少し微笑んでいた。隣にいる兄に得意げに笑って「もちろんよ!」と胸を張った。
「じゃ、お邪魔すんのも申し訳ないっス。お暇しますよ〜」
パンパンと手を叩いて、ネーロがさっさと回収をしにかかる。リルローズはクロエが焼いたアップルパイを持ってご満悦である。イルヴァはクロエにペコペコと頭を下げて彼女を連れ帰った。
エリアスはクレアの名前を呼んで大きな袋を渡した。ぎょっとした顔のネーロが「それ止めろって言ったっスよぉ!?」と頭を抱えている。
「これを役立ててほしい」
所々、袋が赤く変色している時点で分かりづらいものの、クレアの顔は引き攣っている。そっと袋を開いて、中を確認してから閉じた。中身はラミアと呼ばれる上半身は女で下半身は蛇の魔物の肝だった。あとは、黄金獅子の牙とバイコーンの角。
クレアの知っている常識ではこれらはある一定の工程を経て素材としてしっかりと決められた方法で保存して引き渡すものである。このように雑多に渡されても、ほとんどダメになってしまっている。
「第二王子殿下」
「君にはエリアスと呼んでほしい」
「第二王子殿下、気持ちはありがたいですが、保存もしっかりとできていない魔物の素材は産業廃棄物です」
こればかりは“危ない”のでクレアもしっかりと話さなければと彼の目をしっかりと見た。
「ラミアの肝とバイコーンの角が既に反応し合っているのがお分かりですか?」
ソフィーに合図をしてシャルロッテを連れて行ってもらい、中身をぶちまけた。掃除用の魔法も習得しているので容赦がない。床が少し溶けて異臭がしたのを見て、感じてネーロはドン引きしていた。
「幸い、この袋が強力な耐性を持っていたようでしたから御身に傷はついていないようです。けれど、こういった魔物の素材はその知識の元、適切な方法で保管しなくては処理するのも面倒な代物になります。最悪呪物になります」
ガチ説教だった。
杖を一振りで袋の中に戻る異臭物。しかし床はどう見えても溶けている。好きな女の子にやばい代物を渡してしまったエリアスの顔は真っ青である。挙句の果てに、本を数冊手渡されて「怪我をすれば誰かが責任を取ることにもなりかねません。まず素材採取の心得を読むべきです」と言われてしまった。よく冒険者組合などには置いてある資料ではあるが、素材が入手難易度の高いものであるからか“上級”などの記載が見える。
ネーロもまた、頭を下げてエリアスを引きずっていった。




