36.祈るような
魔導師は研究内容次第なので人にもよるが、研究上必要なので薬に詳しい者もいる。クレアの場合、それは薬剤の処理を面倒がった師に強要されて詰め込まれた部分もあるが、その詳しい者に該当した。
そして何より、曲がりなりにも共に旅をしていた、しかも誰より警戒していた男の扱う毒だ。ある程度の判別はつく。
(それにしても、三男とはいえ侯爵家の人間を名誉もクソもない女漁り……いや、それ以下に寄越すなど何を考えているんだ。あの王は)
アルケイドは暗部を束ねる侯爵家の三男だ。流石に嫡男やそのスペアである次男は実務に関わることはないが、彼は三男だったからか引っ張り込まれた。多少は不憫である。ただ、「向いてるし~」とヘラヘラしているのでそこまで同情心はない。彼も思うところがあるのかそこまで国に対して忠誠心はない。許せない一線を向こう側が超えてこないから仕えているのだろう。
アルケイドのことを一旦、頭からおいだしてその毒の解毒にかかる。肌の色が変わっているため膝から下を切り落とさなければいけないことも視野に入れていたが、薬の効き方次第ではなんとかなるかもしれない。
男を拘束し猿轡を噛ませた。師に開発させられた注射器に薬剤を入れて、針を患部に注入する。途端に痛みで覚醒したのか暴れようとしたが、魔法で更に拘束を重ねた。一種類の薬剤だけで中和できる毒ではなかった。エグい臭いのする薬で、かなり痛みは伴うが、効果があるのは自分で実証済みだ。アルケイドの攻撃に巻き込まれて作った薬がこんなところで役に立つとは、とクレアは前髪をかき上げた。不機嫌そうな青い瞳を見て、男は荒い息で睨みつける。
「あともう一本突っ込んだら足はなんとかなるだろう。まぁ……半年くらい必死に頑張れば動けるだろうさ。よかったな?」
クレアの言葉を理解する前に打たれた薬剤の痛みに目の前がチカチカするような感覚に呻く。男も少女を守る騎士である。痛みには慣れていたが、それでも拷問のような痛みに生理的な涙が滲む。
「やはり、痛み止めがないとキツいな。だが、この薬は痛み止めと一緒に使うと性質を変えるからな」
残念だ、とちっともそう思っていなさそうな声を聞きながら男は意識を飛ばした。
まだ色は変わらないものの、軽く動く足を見ながら「経過観察だな」と呟いて窓を軽く開いた。マスクのようにあてていた布を外して、息を吐く。
とりあえず、動かさないといけないとある程度換気が終わったら窓を閉めた。希少な薬草や素材も置いているので暴れられるのは困るのだ。
扉を開いて横抱きで以前ユウタに使わせていた部屋へと運び込む。
「ご主人様、あの子の寝かしつけは終わりました」
「そっちはどうだ?」
「経過観察だ」
ローブを脱いでそれをソフィーが受け取る。中に着た服にも血液が付いていた。
「凄いことになってんな」
「仕方がない」
そう言ったクレアをクロエは浴室へ誘導した。
クレアを浴室に押し込んだあと、クロエは溜息を吐いた。ソフィーから聞いた話も加えると、おそらくあの喋らない……喋ることができないらしい少女が心配だったのもあるだろうが、遭遇した敵が相当気に食わなかったのだろう。
少女がいる部屋、男のいる部屋を順番に見てから頭をかいた。
「あいつら、運がいいな」
人が良く、解毒と治癒の技術を持ったクレアに偶然とはいえ助けられた。自分も助けられた身であるからあまり強くは言えないが、主人はもう少しゆっくりしてもいいはずだと思う。不快な連中を相手取るのを休んでもいいはずだ。
(積極的に助けてんのはご主人だしなァ。それに、人助けをすることで罪悪感をマシにしてるってとこはあるだろうし)
クレアがリヒトの森を助けられなかったことを悔いているのは知っている。それだけではない。あのコルツ王国の横暴に巻き込まれた者たちに対して自分もまた加害者であるという意識がある。クロエにしてみれば、クレアもまた被害者だ。そこまで気に病まなくてもいいのではないかと思うけれど、それは外側から見た意見だ。
「……ご主人にも救いがあれば良い」
祈るような声は見上げた夜空に吸い込まれるように消えて行った。その気持ちを表すかのような曇りの夜だった。




