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33.一歩先へ





 弟子も送り出したことだし、とクレアは久々に城下町に来ていた。普段の買い物などはユウタとクロエに任せていた。その方が勉強になるだろうと考えて。

 少し歩けば栄えているのがよくわかる。パンの香りに誘われてフラッと店に寄ってしまいそうだ。



(こういう日常の風景を見れば、あの旅も悪いだけではなかったと思えるな)



 確かに人の役には立てていたのだろう。胸に残る痛みは消えることはない。けれど、穏やかな日常は確かにクレアの心を癒していた。



「ご主人様、お買い物でしたら私かクロエが参りましたのに」


「私が街を歩きたかったんだ。共は嫌だったかな」


「そんな!私はご主人様がいるところならどこだって構いません!!」



 クレアはそんな彼女を見ながら、どうしてそこまで好かれているのだろうと思った。思ったけど、嫌われてなさそうだしいいかで終わった。クロエとユウタが心配していたのはその辺りの大雑把さであったりする。


 薬屋へ寄って薬草を見たり、本屋に寄ってみたり、食べ物を見たりクレアにしては久々にゆっくりと街を眺めている。

 そろそろ帰ろうという時に、クレアはそれを見つけた。

 男の子と一緒に歩く母親。あの森で見つけた時よりも顔色が良かった。



「……ここで無事に過ごしているのか」



 よかった、と安堵して彼らに背中を向けた。そして、ソフィーに声をかける。



「帰ろうか」


「もうよろしいのですか?」


「うん。これ以上遅れるとクロエのご飯に遅れてしまうよ」



 どことなく機嫌良さげな主人を見て、ソフィーは嬉しそうに笑った。

 赤い髪がまだ熱を孕んだ風に靡く。その髪にはレディアが渡した髪飾りがあった。青い瞳が前を向く。ようやく、クレアも次に進める気がした。




 少し離れたところで、女の子を抱いて必死に逃げる男がいた。尖った耳は彼らがエルフであることを示している。

 しつこく追いかけてくる追手から姿を隠すために物陰に隠れて隠蔽の魔法を使う。その手に抱いた少女の顔は涙と鼻水でぐずぐずになっている。けれど、鳴き声ひとつ漏らすことはなかった。……いや、声が出なかった。


 潰れた片目からは血が止まってはいない。それでも、少女を気遣うように残った目を心配そうに細めた。

 何かを言うように少女の口は動いている。読唇術でも使えるのか、男は静かに首を振った。


 ナイフが男の首を掠める。男は覚悟を決めた目で少女を立たせた。



「姫、良いですか?俺が合図をしたら向こう側に走りなさい」



 いやいやと少女は首を横に振る。けれど、「後で必ず追いつきます」と言って立ち上がる。双剣を構えて、追手に立ち塞がった。



「うーん。困るんだよなぁ、僕もさっさと帰りたいし。せっかくめんどくさい旅が終わったっていうのにこんな事で煩わされるのって、メイワク」



 溜息混じりに「せっかく楽な部署に配置替えを願ったのにさぁ」とうんざりした声が路地裏に響く。煙玉を投げて、「走れ!」と叫ぶと風が少女を運ぶように吹き荒れて連れて行く。焦ったような声で「待て!」と叫ぶ追手の前に双剣の騎士が迫っていた。

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