32.弟子の一人立ち
秋くらいには一人立ちをしたい。
ユウタはそう考えていた。冬になれば冒険者としての活動はさらに難しくなり、次の機会は春になるだろう。秋も冬に備える魔物が多くなるからか、少しばかり暴力的なものも多くなる。それを考慮しても、ここで慣れてしまえばなぁなぁでずっと滞在できると思ってしまいそうなことは、彼には恐ろしかった。絶対追い出されると思っているうちに出ていくべきだと思っている。
「一人立ち、な。うん、じゃあ今から少しずつ準備をした方がいいね」
クレアに相談をしたところ、あっさりとそれに向けて冒険者活動も追加された。クレアの研究時間を奪うなんてみたいな目でソフィーが見てきたが、「早めに出ていく方がいいだろ」と苦笑しながらユウタが言うと「そうでございますね」と頷いた。けれどそれはそれ、らしく気に入らないのは変わらないらしい。
(先生、なんやかんや人が良いからソフィーさんくらいの過激派がいた方がいいんだろうけどな)
悪い人間に対して容赦がないのは一緒に過ごしてよくわかった。けれど、力無きものがずっとそうとは限らないし、その人間がずっとクレアに対して良い感情を持ち続けるわけではないだろう。
それから、最初は手伝ってもらいながら、少しずつお金を貯めて装備を揃え、家を探して秋口には一人で暮らしていけるだけの環境が整った。家事はクロエに仕込まれていたし、その頃には多少苦手であったとしても対人での戦いもできるようになっていた。
「やっと出ていくのですね」
珍しくにっこり笑顔のソフィーに「相変わらずだな」と思いながらユウタは頷いた。対してクロエは仏頂面で「本当に大丈夫かよ」とぼやいている。彼女は粗雑な言動に反して面倒見がいい。生活面に関してはほぼクロエが仕込んでくれたともいえる。なるほど、大切なお使いなんかはクロエの方に託すものだと納得もした。ソフィーは見た目に反して過激すぎる。悪口とか聞いた瞬間相手に切り掛かる。
「それでは出ていく君にひとつだけ贈り物を渡そう」
「いや、こんだけ世話になったのに贈り物までっていうのはさぁ」
「弟子を送り出す時というのは餞別くらい渡してやるものだ」
クレアの手にあったのはなんの変哲もないサコッシュだった。鞄くらい大丈夫か、と受け取るとその瞬間蒼い光が身体を包み、弾けた。恐る恐るクレアに目を向けると、彼女は珍しく柔らかに微笑んでいた。
「魔法鞄だ。そこそこの容量が入る。冬に入るまでに頑張って蓄えを作るといい」
確実に高級品だ。一人暮らしの準備をする時に店を覗いた。その時に見たそれは0の数がえげつなかった。それに、あの蒼い光のことを考えると持ち主として登録されている可能性は非常に高い。
「まぁ、世間一般では結構な値段なのだと聞く。なるべく隠した方がいいだろうね」
(そのあたりの知識があるのに、なんでポンと渡しちゃうかなぁ!?)
内心、頭を抱えるがそれをすると絶対ソフィーに殴打される。震える声で「アリガトウゴザイマス」と言った。
クロエは可哀想になぁと思いながら彼を見ていたけれど、クレアが「まぁ、ユウタなら大丈夫だろう」と考えているのも知っているので黙っていた。これでコルツ王国の勇者みたいな男になっていたとすればもっと早く追い出されていたし、餞別など渡しはしなかっただろう。
(ユウタの努力と、ご主人の庇護を受けて堕落せずに一人立ちに踏み切った精神力へのごほーびだと思えばまぁ、有りだろうな)
高級品を手にしていることにビビりながら去っていくユウタの背中を見ながらそう考える。喜ぶのではなく、あのように恐縮する彼だからこそ大丈夫だろうと思えた。
「さて、麦を見にいくか」
ユウタを見送ったクレアはそう言って目的地に向かって歩き出した。




