27.長兄は頭が痛い
弟の出立を見送って、アレーディアは溜息を吐いた。物憂げな表情は美しいがそれに見惚れるような人間は彼の周囲には残っていない。
「渡し方には気をつけるようにと言ったのに」
口がうまい方じゃないとは思っていたが、馬鹿正直に言えば怖がらせると説明したはずだった。エリアスだって令嬢たちから狙われてその視線を恐ろしいと思ったことがあるはずなのに。妹が望みのものを確実にもらえないとヒステリーを起こす性格だったからかもしれないし、彼の周囲の側近たちの一部婚約者もその気があった。とはいえ、妹に関してはエリアスの方も悪いので複雑である。
「あんな可憐な容姿をしていても、彼女は魔王と渡り合えた魔導師だ。バレないはずはないだろうに」
おそらく、見守りが気づかれているとは思っていないのだろうな、とアレーディアは遠くをみた。まぁ、死ぬような場所に送ったわけではない。これがヒト族であれば話は違うかもしれないが、非常に強い身体を持つ竜人の一族である。細身であるアレーディアですら、それなりに強い。
兄が弟のストーキングに頭を抱えていた頃、妹はウキウキでクレアの家に向かっていた。ピンクブロンドの髪が嬉しそうにぴょこぴょこと跳ねる。ツインテールにした髪が彼女の愛らしさを際立たせていた。
ヒト族よりも寿命の長い竜人である。本当は彼女の方がクレアよりも長い時を生きている。だからこそ、クレアに懐いている反面、愛でるものとしてみているところもある。
そんな彼女は、クレアの家にたどり着くと黒髪黒目の少年を見つけた。兄と同じはずの黒い髪は短く、どちらかというと幼く見える顔立ちだ。日本人がそもそも幼く見えるというのだから、それは異世界に来ても同じだということだろう。
「ん?」
少年……ユウタもまた、リルローズを見つけて首を傾げる。護衛みたいなものが付いているお客様なんて、行商人のレディアくらいだった。あれも護衛というよりは筋肉の発達した部下という感じだったので同列にしていいか迷うところだ。そう思わせているあたり、レディアと名乗る彼は優秀なのだろう。
「えっと、先生に何か御用ですか?」
ユウタが見ても位の高い地位にいる女の子だとわかる。失礼にならないようにと持っていた鍬を下ろした。
「まぁ!クレアったら弟子を取ったのね!!」
リルローズの見る限り、クレアという人間は普通に他者を育てるというのは向いていないのではないかと思っていた。確かに助けてはくれるし、求めればそれだけ応えてくれる。けれど、反発してくることもなければ、傷つくのが自分だけであれば飲み込んでしまうところもあった。とても健やかに人間を育成できる状態ではなかったし、むしろ我が儘お姫様であったリルローズが「保護しなきゃ……!」と思ってしまう程度には死んだ目をしていた。
しかし、今目の前にいる少年は元気そうだし締め付けられている様子も見られない。これまでの交流からもわかってはいたが、それだけ人と関わる余裕ができてきたということだ。くふ、とリルローズは笑みを溢した。
一方で、ユウタは謎の“外側はとりあえず可愛いと言っていい幼女”に戸惑っていた。少し視線を逸らしてクロエを見つけて、救いを求めた。これがソフィーであればそうはいかない。彼女はご主人様以外どうでもいいので助けてはくれない。
クロエはひょいと柵を乗り越えると、「ああ、リズか」と言って屈んだ。
「ユウタ、これこの国の姫さん」
「は!?」
そんな気軽に姫が出てくるわけないだろと思うが、クロエが嘘をつく理由もなく、混乱する。リルローズは胸を張った。
「リルローズ・エヴァンジェリン・アポロニアよ」
ユウタはどこにも国名の入っていない名前を不思議に思ったが、王族に関わる機会はあまりないはずなのでいいか、と目の前のリルローズに向き直った。
「はじめてお目にかかります。私はミヤムラ ユウタと申します。ミヤムラが姓です」
狼メイド二人が普通にこんな挨拶をしないのでリルローズは感心しながらユウタを見た。後ろの侍女も頷いている。
まだそんなに感心されることを言った覚えがなくて困惑した。
「そんで、リズはどうしてここに?」
「美味しいものができたと聞いたの!」
キラキラとした瞳でそう言うリズを見ながら、クロエはクレアのいるところにリズを案内しようと「とりあえずご主人はあっちだぜ」と歩き出した。
「姫様って毒味とかいいのか?気軽に出歩いていいのか?」
召喚された国のお姫様はユウタのことを国のお荷物だと言っていたし、鼻持ちならない高慢さが目立ったが、それでもそれをユウタの前で出すことはなく、高い地位にある女性らしく民を守るべきだと兄と一緒に公務をこなしていた。その分、命を狙われることもあったし、警護の数も多かった。それを知っているのでユウタは疑問に思うけれど、今のリルローズの姿は彼女本来の姿ではない。リルローズもまた療養中なだけで、本来はもっと強い力を持つ。そして、現段階でも今のユウタよりは強い。
でも、ユウタは普通に「第一王子が一番上だっけ?頭痛いだろうなぁ」とか考えていた。それには間違えがないのだった。




