10.燃える
変化はいつだって突然だ。それはいきなり勇者一行と旅をしろと言われた時もそうだった。
いつも通り普通に食事を食べさせて、リルローズを寝かしつけようとした時だった。
金色の閃光が森を奔る。その魔力を感じてクレアとリヒトは前に出て、結界を展開した。それは彼女たちをそれたけれど、その後には炎が上がった。
「……聖剣?」
信じられないとでも言うようなクレアの声音に、リヒトはさらに警戒心を増して攻撃のその先を睨んだ。
砂煙がだんだんと晴れてくる。足音が聞こえて彼らの姿が見えた。
その姿を認識した瞬間にクレアは判断を下す。
「リヒト。君、リルローズを連れて逃げろ」
「なっ!?」
「時間は私たちが稼ぐ。竜の国に行けば君たちは受け入れてもらえるだろう」
早く行け、と目線を竜の国の方へと向けた。リルローズが「嫌よ、クレアも一緒に」と言った瞬間に、リヒトは口の端を噛んでリルローズを抱える。
「ソフィー。悪いが、死ぬかもしれない」
ソフィーはそれでも共に戦ってくれと頼むクレアを見た。ゾクゾク、と背中に電流が走ったような気分だ。
──私はご主人様の信頼を得られた!
その表情は歓喜に彩られている。
狼族は基本家族単位群れで生活をする。そのうち、大人になると側を離れ、伴侶となる者と新たな群れを作るか、より強い主人を得て忠誠を誓うかに分かれる。
彼女たちは幼少時に、狼族を付き従わせたいヒト族の人間によって家族から引き離されて、懐くことがなかったために奴隷とされた。懐くことがなかったということは、攫ったものを含め、誰も強者だとは認められなかったということだ。
その点、奴隷商が盾にしたところを魔道具を解除して自由を与えたクレアという魔導師はそもそもオーラが違う、とソフィーとクロエはすぐに気がついた。
うちに秘める強い魔力。他の人間のように流されず、自身の価値観で奴隷制度を厭う性根。磨けば光るであろうその容姿。もう少し食べさせて、体力をつければきっと自分達だけの素晴らしい主人になるのではないか。二人はそう思ってクレアにべったりとしがみついた。少しだけ困ったようにしながらも、二人を追い出さなかった時点でクレアは「ご主人様育成計画」に無理矢理参加させられていた。
自分達が彼女に懐いたように、彼女にも信頼を向けてほしいと思っていた。それが叶ったのだ。
「まぁまぁ!私、どうしましょう……張り切ってしまいますっ!」
どこか恍惚としながら彼女がその手を前に出すと、身の丈ほどの大きな剣が現れた。
この世界では、多くの者がその身に自らの武器を宿す。そして、持ち主が願い、魔力を与えることによって顕現し、その身に応じた力を引き出す。
ソフィーが取り出した両手剣は白銀の剣で、それを彩るように青い模様が付いている。
それを見てから、クレアもまた己の武器を取り出した。それもまた、小柄なクレアの身の丈以上もある銀の杖。蒼い宝玉が美しく輝き、クレアの力の純粋さを表しているかのようだった。それを軽々と振り上げて、リヒトに風の加護をつける。
「待ってろ、絶対に助けに戻る」
「期待している」
どこか優しい声音のそれに、リヒトはクレアの本質を見た気がした。斥候を務めていた男が追おうとするのを雷がその影を縫い止めるかのように引き留める。
「弱者を痛めつけようと言うのであれば、名高い勇者パーティーも落ちたものだ」
感情が見えない声はどこまでも冷たく、旅の最初の少女を知る四人はこんな声を知らないとばかりに背筋に冷たいものが伝う気がした。
「魔を庇いだてするようであれば、元仲間といえどこちらも容赦はしない」
やはり、そう言うか。
愛する女の国を頑なに信じ、守ろうとする勇者に、クレアは少しの失望を覚えた。その称号として勇者という名を得ながら、ただ種族が違うだけの人を傷つけるというのは、やはり彼女には理解できないままの気持ちだった。
森は変わらずごうごうと燃える。
母と過ごした思い出という、国への未練ごと焼き切るように。