1. 英雄になんてなれない
新連載はじめました。
よろしくお願いします!
魔王との戦争が終わった。
巷では魔王退治とか言われて劇なんかにもなっているらしい。勇者や聖女も苦い顔をしているというのに気がつきはしない。
──そもそも、人間側からすれば戦争だっていう認識がないのかもしれないな。
赤髪の少女は、そんなことを思いながらパーティーメンバーと共に祖国へと“凱旋”した。
周囲を見回せば、彼女たちを英雄と呼ぶ者と、魔王を倒すような化け物と捉える者の双方が見える。
少女にはその人数が半々くらいに見えて失笑した。笑うべきか嘆くべきかもわからないままだ。
笑顔を作る勇者と聖女、無表情ではあるがどこか誇るように胸を張る戦士、斥候を務めた青年は気まずそうに少女の後ろを歩いていた。
少女は魔導師。勇者パーティーの一員である。
国家公務員だったので命令が出たら、出兵を断れなかった。国はちょうど平民出身で、普通に仕事してれば出世が見込めず、それを餌にすれば少女が動くと思っていた。彼女がそれを断ろうとしたら辞令が出た。最年少で国家魔導師の資格を得た少女は当時15歳だった。
当時はどうしても仕事を辞める事のできなかった彼女は、仕方なく受けいれた。しかし、今の彼女はそのことを後悔していた。
勇者は元々が騎士で、王女殿下と恋仲だった。なので魔王退治で手柄を上げて王女殿下を娶るだろう。
そう噂されていた勇者は凱旋後の謁見にて王に願った。その場にいる王女殿下は涙を流して喜んでいる。魔導師は王女と結ばれれば、一生国にこき使われるだろうと予想したが、口を挟まなかった。それを分かっていて選択したのだろうと沈黙を守る。
聖女は教会に売り飛ばされる寸前だったからか、権力を欲した。彼女は帰ってから絶対に組織を“あるべきもの”に戻したいと言っていた。
汚職にまみれた宗教団体を改革するのは困難であろうと思った魔導師だったが、彼女はそれにも何も言わなかった。承知の上だろうと考えた。
戦士は元冒険者だ。そして、これからもそれを続けていくつもりらしい。
冒険者ギルドを開きたいと彼は言った。彼は既婚者だ。これからはサポートや後進育成に務めるつもりであるという。報酬も結構貰えるとはいうが、彼はどちらかというと感覚でやっているので後進の育成とやらができるのか、と魔導師は首を傾げたがやはり何も言わなかった。他者の人生設計に口を出すつもりはなかった。
斥候の彼もまた騎士団の人で、彼は報酬はお金でもらって、配置転換を希望していた。
彼は安定した収入を取ったのだ。魔王退治なんてしてる人間がそのままで終わらせてもらえるはずはないだろうと思ったけれど、彼女は何も言わなかった。
「最後に、魔導師クレア。そなたは何を望む」
最後に魔導師の名が呼ばれた。
平民の、しかも女が何をいうつもりだというような目が彼女に向けられた。旅に出ていた者に今の自分の立場を奪われるものか、とどこか警戒したような表情の者もいる。
しかし、多くの人間の思いや好奇心に反して、魔導師クレアの口から出た言葉は意外なものだった。
「退職と退職金。それからこの件の報奨は現金でお願いします」
その言葉に上司やら国王は目を丸くする。
深く、落ち着くように息を吐いて、光届かぬ深海のような青い瞳が前を見る。その表情には達成感よりも、どこか疲れが見えた。
「引退します」
魔王退治なんて呼ばれた魔族との全面戦争でクレアは疲れ切っていた。もう前線に立てるだけの精神的な余裕はなかった。ここで退かないと最終的には廃人だという自覚もある。
なので追加で引退すると述べる。魔王を討ち果たした後の少女からは気力を感じられなかった。王はクレアがこの国に害を及ぼすことを考えていない、と判断したのだろう。そのようなことで良いのならば、とすぐに手続きをする様に宰相へと告げた。
自らのポストを奪われることがないと分かった魔導師たちも笑顔だ。
魔王が居なくなって、皆が笑顔になっている謁見の間で、ただ一人、魔導師クレアだけがずっと何の表情も見せなかった。
彼女だけが自分の限界と絶望を抱えて立っていた。