お正月にはお餅を食べるものなんですよ?
「なあ、俺たちは一体何をしてるんだろうな……」
1月1日。1年の始まりに相応しい青々とした空が広がる今日、俺は何故か態々在学中の高校に忍び込み、我がオカルト研究部の部室で後輩の少女と共に七輪を囲んでいた。
「何って、そりゃもちろん餅を食べるんですよ。先輩が言い出したんじゃないですか」
ショートボブの艶やかな黒髪を揺らし、さも当然のように後輩少女が言い放つ。
「ああ、確かに俺は餅が食いたいと言った。だがな、態々正月に高校に忍び込んで、しかも部室で食おうだなんて言ったか?」
「言ってないですね」
「だろ。それにな───」
「それに?」
「焼いてるのは餅じゃないじゃないか。目的が根本から崩壊してるじゃないか!」
俺は七輪の上でクルクルと回される串に刺さったマシュマロを指さした。
「しょうがないじゃないですか。お互いがお互いにお餅を用意してると思って持ってこなかったんですから」
「だとしても何でマシュマロなんだよ……」
「私お餅はあまり好きじゃないので、マシュマロを食べようと思って」
「じゃあ何でここまで来たんだよ……」
「いや、だから先輩がお餅を食べたいって言ったからじゃないですか。ちゃんと話を聞いてくださいよ。だから友達と彼女が出来ないんですよ?」
「そういう事じゃなくて、お前がここまで頑張る必要なかっただろって話だ。あと、俺に友人と彼女が居ないことは関係ないだろ!」
「いやいや、可哀想な先輩の為にこれくらいやってあげないともっと可哀想で見るに堪えませんから」
「酷い言い様だな!絶対に俺の為なんて思ってないだろ!」
「思ってます思ってます。あ、いい感じに焼けましたね。はいどうぞ」
俺の言葉を軽く受け流し、美味しそうに焼けたマシュマロを小皿に移して手渡してくる。
望んだお餅ではないものの、甘い匂いを放つマシュマロに小腹が刺激され、口の中に放り込む。
「あつッ!あつッ!」
「何やってるんですか……」
乱雑に放り込んだマシュマロは焼きたての熱を持ってして俺の口内を蹂躙した。
あまりの熱さに外気を取り込み冷却を狙う俺を後輩は呆れた、もしくは馬鹿にした、はたまたその両方を含んだような顔でこちらを見る。
「やっぱりマシュマロは駄目だ、お餅を裏切ったからこうなった。もう俺はお餅しか食わん」
「マシュマロが駄目なんじゃなくて先輩が駄目な人だからそうなってるのでは?」
「うるさい!」
俺は正論を先輩的強権で封殺した。
「はぁ…、大体、何でそんなにお餅にこだわるんです?今どき正月にお餅を食べない家庭だって珍しくないでしょうに」
「─────お餅がお餅だからだ」
「何言ってるんです?先輩ってたまに頭のおかしな事素面で言いますよね」
「何が可笑しい!失礼な奴だな!」
「自覚症状なしですか……というか、そんなに熱心にお餅について語る割に去年はお餅食べてなかったですよね」
「ッ!?どうしてそれをッ!」
確かに俺は去年はお餅を食べることが出来なかった。しかし、それは友人だけでは無く親族含め誰一人にも口外していないことだ。それを何故知っている……?
「去年この教室をのぞいた時に寒そうにこの部室で震えてる先輩を見つけまして、面白かったんでしばらく観察していたんですよ」
「は!?お前去年って中学生だろ!?」
「そうですけど何か?」
「何かってお前、凄いな……」
校内を知り尽くしている在校生ならまだしも、受験を控え只の中学生が正月に高校に忍び込むか普通……。
「だから先輩が無様に転げ回っていたのも見てたんですよ?」
にっこりと、小悪魔の様な笑みをこちらに向けながら言い放つ後輩。
「ぐ、ぐぁあああ!俺の先輩的威厳がァあッ!」
恥だ。生き恥だ。
去年の俺はお餅を忘れたことのみならず、七輪に手が当たり痛みのあまり半泣きで地面をプロサッカー選手のように転げ回ったのだ。
思い出すだけで死にたい、今すぐ土の中に埋まってしまいたい。
「大丈夫ですよ先輩。先輩に威厳とかそういうものはこれっぽっち無いですから」
「全然大丈夫じゃない!」
もう駄目だ……。
膝を抱え蹲った。
「冗談ですよ先輩。気を取り直して大好きなお餅でも食べましょうよ」
「……え?お餅?」
「はい、お餅です」
「いや…え?さっき無いって……」
「ああ、あれ嘘です。『サプラーイズ!』みたいな?」
気持ちの籠っていない平坦な声でつまらなそうにサプライズを明かす後輩。
「サプライズが下手くそ過ぎる…サプライズってもっとこうさ、やる側もやられる側も楽しむもんだろ……」
「楽しんでましたよ?私は先輩がわちゃわちゃしてるのが楽しい、先輩は落ち込んでる所でお餅が食べれて嬉しい、ほら『ウィンウィン』ってやつですよ」
「全然『ウィンウィン』じゃない!お前しか楽しんでないわ!」
「何故です?先輩はお餅を食べれるのに…」
態とらしく右手を小さく丸めて頬に手を当ててさも落ち込みましたと言わんばかりの後輩。
「上げる前に下げすぎなんだよ!下がりすぎて上がる余地がないわ!」
「まあまあ、そうカッカせずにお餅を食べましょう」
此方を軽く受け流し七輪にお餅を置き始める後輩。
「くッ、この野郎……」
口では反抗的な態度をとりつつ俺は大人しく椅子に座った。だってお餅が食べたいから。
プスプスと音を立て、お餅が丸い膨らみを作り始める。
「美味しそうですねぇ……」
「うむ、そろそろだな」
菜箸でお餅を取ろうとしたその瞬間だった。
「……おい、なんだ」
「どうしたんですか?」
「……今掴んでるこの手をどけろ」
後輩の手がお餅を取ろうとと菜箸を持った俺の右手首を掴み、万力の様に固定していた。
決して、決してだが一学年下の後輩、それも女生徒に力負けしたからとかではない。ただ俺はかの有名なガンジーの様に非暴力主義をモットーにしている融和の使者である為、対話による解決を選んだ。
「せ、先輩っ…!もしかして後輩からタダでお餅をたかろうとしてるんですか!?」
「たからねぇよ!忘れてただけだわごめんなさい!ちょっと待ってろ……」
空いている左手でボケットの財布を取り出す。
「先輩、なんでもお金で解決させようとするなんて最低ですね……」
「なんでだよ!お前が金を払えって言ったんだろうがッ!」
「誰も金を払えなんて一言も言ってないですよ?」
「そうだけど……!一体俺に何を求めてるんだよ……」
「そんなの私とつ─────」
「……つ?」
「次のお正月でも一緒にお餅を食べましょうということです別にそれ以上の意味はありませんそんな事よりお餅食べましょうお餅わぁ美味しそうに焼けてますねぇ先輩にはこの一番綺麗に焼けてるのをあげますねはいどうぞ」
「ど、どうした急に」
顔を真っ赤に染め、残像出るほど高速に手を振り回しながらまくし立ててくる後輩に困惑を隠しきれない。
「は?別にどうもしてないですけど?」
いや、どうかしてるだろ。
と、思っているが口には出さない。何故なら藪蛇になるのが火を見るよりも明らかだからだ。我が校切っての頭脳を持つと名高い俺はこのような安易なトラップには掛からない。さすが俺、天才だ……。
「何気持ち悪い顔になってるんですか……」
「何が気持ち悪い顔じゃい!」
後輩がジト目で俺の顔を凝視し罵倒してくる。
「……それで、どうなんですか?」
上目遣いでこちらを伺ってくる後輩に、先程の怒りを忘れて思わず口ごもる。
「まあ、その……いいんじゃないか。来年も集まってこんなことするのも……」
「…ふっ、ふふ」
後輩が堪え切れないといった風に笑い出す。
「わ、笑うなよ!」
「いや、フフッ、すみません。つい……フフッ」
「こ、この野郎……!」
「いやだって、…ひふゅ、耳まで真っ赤にしてて……あはは!ダメです我慢できないです!」
たがが外れたように勢いよく笑い出す後輩。
「ゆ、許せん!俺に赤っ恥を掻かせおって!」
怒髪天を衝く怒りに駆られ、抗議の念を叫ばんとしたとき─────
「─────先輩、好きです!」
眩いばかりの笑顔でそういい放った。
「─────はッ!?」