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せんせいは一瞬  作者:
3/3

最終夜

 鍵が、かかってる。

 このお部屋にいる限り、お母さんは私を大事にしてくれる。

 電話は届かない。トイレは行けるようになったけど代わりにカメラが置いてあるわ。

 動物園のパンダさんになった気分ね。


「ただいま、ゆき。」

 やっと出られるわ。


「おかえりなさい。お母さん。」

「おう、ただいま。ほら、風呂行ってきな。」

「わかったわ。」


 これがいいことの一つかしらね、シャワーじゃないちゃんとしたお風呂に入れるようになったわ。


「ねぇ、お母さん。これせんせいからのお手紙?」


 言った瞬間、私、やらかした!と思ったわ。

 けど、不思議ね。お母さんはちょっと目を伏せて言ったの。


「ああ、そ、そうだ。ただ別になんと言ったことも書いてないし気にしなくていいぞ。」

「読んでもいいかしら?」

「好きにしな。」

「ありがとう、お母さん!」


 でも、なんだか難しいことばっかりでよくわからなかったの。

 親権?父方?申請?申し立て?よくわかんない。

 私あんまりお勉強得意じゃないもの。

 まあ学校には行ってないし、仕方ないわ。


「じゃあお風呂いってくるね。」

「あいよ。」


 嘘だわ。だいたいわかっちゃった。

 私、ほんとはお父さんと暮らす予定だったのね。

 でも、いつの間にかお母さんのところに今は住んでる。

 その書類?をお母さん出してないのね。


 そんなこと、どうでもいいわ?

 お母さんは私を必要としているんだもの。

 でも、こんなときせんせいならなんて私に言うかな。

 形にならないもやもやが頭のなかをふわふわにした。


「それじゃ、行ってくる。」

「いってらっしゃい、お母さん。」


 私はまた、檻のなか。


 チュンチュンチュンチュン!ガンガンガンガン!ドンドンドンドン!


 目覚まし代わりに、突然ドアが叩かれた。


 怖い。


「ゆきさんの担任の高山です。菊池さん!ゆきちゃん!いませんか!」


 本当は。本当に、本当なら、ここで静かにしておくべきなんだ。

 でも、でも私は、私は……。


「せんせい!私ここにいます!!!」

「——っ、よかった。よかった!!開けてくれるかい?」

「そこの植木鉢の裏の鍵で開けてください。」

「わ、わかった。」


 扉の開く音がして、すぐにせんせいが入ってきた。

 ああ、怪獣の動物園にせんせいも来てしまったのね。

「こ、これは。檻!?なんで!」

「いいのよ。せんせい、私がここにいればお母さんは不安で泣いちゃったりしないもの。」

 そしたらせんせい、へんなこと言い出したの。

「ここまで同じか!?」

 そして、おっきなハサミで鍵をパチンと切っちゃった。


「だめよ!せんせい。これじゃお母さんが!!」

「……ゆきちゃん、聞いて。」

「どう、したの?せんせい。」


 せんせいは、床にちょこんと座るとお話を始めた。


「子供は、自由でいいんだ、でも、放任されてる、ほっとかれてるってことじゃない。」

「よくわからないわ。」

「こんな当たり前の話、よく分かってほしくないんだ。でも、話さないと。」


 せんせいまるで自分とお話してるみたいだわ?


「ねえ、ゆきちゃん。子供は自由に生きる権利があるんだ。」

「私、子供なんかじゃないわ!」

「そうだね、みんなよりずっとずっと大人かもしれない。」

「それに、私はみんなの怪獣なのよ?だから、自由になんてしてたら殺されちゃうわよ?」

「実はね?前に教えてあげた怪獣の唄には続きがあるんだ。」

「そうなの?」


 それは驚きね。聞きたいわ!


「なれるんだ、そのあとはこう続く。」


 なりたくないのに

 なるしかないんだ

 じゃないんだ

 なれるだけなんだ

 だからえらぶんだ

 きみのみらいは

 きみのなんだ


「ほんとは卒業式で話そうと思ってたんだけどね。」

「私の、未来?」


 難しいことを言うのね。せんせいは。


「私の未来なんて、べつに、なんでも。」

「よくない!よくないんだよ!!俺は!諦めたから!!せめて!君だけは!!」


 わっ!びっくりしたわ!


「ねえ、せんせい。私おバカさんだから、全部教えてくれなきゃわからないわ?せんせい。教えて?」

 私は、泣いてた。

 せんせいも泣いてた。


「僕は。」

「俺でいいわ!」

「あ、ああ。俺は、昔ね。お母さんと早くにお別れしちゃって。お父さんと二人きりだったんだ。」

「うん。」

「お父さんとはあまり仲が良くなくてね。いつも喧嘩をするたびに庭の倉庫に閉じ込められてた。」

「私と一緒だわ。」

「そうだね、俺はその時思ったんだ。ああ、こんな時助けてくれる大人はいないのかなってね。」

「いなかったの?」

「びっくりだろ!いたんだよ!」

「よかったね!」

「ああ、警察の人だったんだけどね。」


 それって…。


「そう、お父さんは逮捕されて、俺はなんの縁かその婦警さんに引き取られてさ。」

「お巡りさん?」

「そう、でその人が言ってたんだ。」


 すーって息を吸ったせんせいは笑顔で言ったわ。


「誰かを助けられるのはヒーローだけじゃないんだよ。」


 胸がチクチクした。


「自分を助けちゃいけないなんて誰も言ってない。」


 お腹がぐつぐつした。


「戦うんじゃない生き方は、あるよ。」

「だから、俺は目の前の誰かを救わずにはいられないんだ、戦わない、救う生き方を選んだ、その日から。」


「せんせい、難しいわ。すごく難しいわ。だから教えて?せんせいはそうしたいの?」

 少しも迷わないせんせいはこう言った。

「君をここから助けたい。」


 沢山息を吸ったわ。

 吐いたの。

 吸ったわ、それで、それで。


「せんせい、私を、ここから出して!」

「任せて!」





 せんせいと手をつないでなんだか大きな建物に入ったわ。

 お巡りさんがいっぱいいたから、たぶん警察署ね!



 それから、しばらく待って。

 気づいたら寝てて、目を覚ましたら、せんせいが笑ってた。


 ああ、好きよ、せんせい。あなたが私、世界で一番好きよ。

 二番目はこんぴにね!格下げになっちゃった。


「ゆきちゃん今日はここで寝よっか。」

 お布団が置いてあるお部屋に案内されたわ!もう眠たいもの、ご飯はおいしかったし。


「せんせい、帰っちゃうの。」

「一回ね。」

「い、いやだわ。」

「へ?」

「今日は、一緒に寝るの!」

 もう六年生なのに私ったら何言ってるのかしら!

 でも、でも。


「うーん、ちょっと待ってて。」


 そういうとせんせいは近くにいたお巡りさんに話しかけた。


「は、はい。分かりました。はい。大丈夫です、それに明日は日曜ですから。ええ、分かりました。」

「せんせい?」

「よし、じゃあ今日は一緒に寝ようか。」

「やった!おやすみ!」

「うん、おやすみ。」




 うーんと暗くなってから、せんせいきっと途中で帰る予定だったのに寝ちゃったんだわ。

 かわいい。


「せんせいは、私だけの味方じゃないわ。知ってる。でもそれでいいの。」

 小さな声で囁くわ。ふふふ。


「きっと、これが奏多君が思ってた気持ちと同じなのかしら。」


 そんなの嫌だわ!!!

 私はせんせいが好きで、せんせいだけが好きで!

 でも、これはイケナイ恋だわ。


 せんせいは大人だもの。

 21歳だっけ?私は12歳だわ。

 9歳も違うのよ!!


 恨むわ、せんせい。こんな気持ちを私に教えるなんて。

 もし私がお母さんみたいに大人だったら、もっとこのもやもやをちゃんと言葉にしてせんせいに伝えられる。感謝も、いろいろも、全部、全部!


 だから、大人になろう。


「私、怪獣なんかで終われないわ、せんせい。」


 私も、目を閉じた。



 朝、お母さんが迎えに来ているらしい。

 せんせいは、お母さんとは別々に住むことも出来るよ、と言っていた。

 でも、そんなことしなくてもいいわ。

 だって私、自分の生き方を決めたもの。


「せんせいが誰かを救うために生きるなら、私、誰かに大好きっていうために生きるわ!」

「そっか。」


 せんせいはそれしか言わなかったけど。

 それでもいいの、だって、言わなくても伝わったと思うから。

 それに、しばらくお姉さんが様子を見に来てくれるって言ってたもの!




「お母さん、あのね、あのね。」

「わ、わたしこそ、ご、ごめんな。姉さんに重ねて子供を見るなんて、ばかだったよ…。」

「う、ううん。ママ!私は、ママのこと大好きよ!」

「お、お前、それは、呼びたいときにでいいって。」

 かがんだママの胸を指でつんつんしながら言うわ!

「私は!ママの!ゆきなのよ!」

「おう、おう!」


 お化粧も涙でぐしょぐしょのママがハグしてくれた。


「大好きよ、ママ。」

「おう、おう!わたしも……!」


 せんせいは、どこか晴れやかな目でこっちを見てた。それがなんだかむずがゆかったのよ?


「あの、高山、先生?でしたっけ、本当にありがとうございました。」

「いいんです、僕が菊池さん親子の役に立てたなら。」

「とっても助かりました。」


 あ、なんだかママとせんせい近いわ!


「ママ!それは私のせんせいなの!!」

「あー、はいはい。わかってるよ。」


 おかしそうにクスクス笑うママと恥ずかしそうなせんせいのこと、今も覚えてるの。


 そのあとはフリースクールというとこに行くことになってお友達もできた。

 とてもいい時間だったのよ?せんせいのおかげで。



















 ソファーに男女が二人。

 年は少し離れている。

 女性のお腹は大きく、分かりやすい妊婦さんらしい風貌で、お腹には眼鏡の男の手が添えられていた。

「そりゃよかったよ。あのときは俺も必死だったからな。」

「ええ、でも結婚したのに先生も変かしら?」

「まあね、でもどう呼びたいんだい?」

「うーん、あなた、とか?」

「こっぱずかしいなあ。でも、いまならあれでいいんじゃないか。ゆき。」

「パパ、ってこと?」

「そう、それだ。」

「この子にはちゃんと終わりまで怪獣の唄を教えてあげたいし、コンビニは正しく覚えさせなきゃ。」

「こんぴにもかわいいぞ?」

「いいのよ、あれは私だけの素敵な名前だから。だから、この子にもちゃんと素敵なものを教えてあげなきゃ。」

「うん、ずっと幸せに。」

「大好きよ!」

「あは、あの時のことまだ忘れてないんだ。なんだかうれしいよ。」

「忘れないでよね、パパも。ううん、約束よ?せんせい?」


その先に言葉なんていらなくて、キスが一つあった。


「せんせいはいっつも私の大事な一瞬を奪っちゃう、大好きよ、せんせい。」

珍しくハッピーエンドで幕を閉じたいと思います。

あくまでも持論ではあるのですが下から這い上がる物語の行き着く先が奈落であるのはおかしいと考えています。そのため、こういった形で終わるのです。物語、は。

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