二夜目
「ねえ、あんたなにしてんの?」
朝珍しく人に声をかけられたわ。
「何かしら、私は今から朝ご飯を買うのだけど。」
「え、コンビニで朝ご飯買うの?えー、かわいそ~う。」
あったまきたわ!でも、私はこの子たちよりは大人だもの。
こんなこと、気にしないわ。
「あら、コンビニはよいところよ?私は好きだわ、あなたにも好きなお店くらいあるでしょ?ただそれだけよ。」
「でも私は毎朝お母さんとご飯食べてるしとっても楽しいの!あなたより楽しいの!」
「そう、それはよかったわね。じゃあまた後で。」
「へーん、まだ学校に来るつもりなんだ。」
「ええ、こくみんのぎむ、らしいわ。」
「あんたみたいなキモイ子はこくみんなんかじゃきったないね!ふん、だ!」
あら、なんだかよくわからないこといってたわ。まあ、こんぴにに入れば忘れるわ!
「らっしゃーせー。」
あのお兄さんちゃんとあいさつできないのかしら?なんてね。
「なに、これ…。」
下駄箱を開くと、その中は血だらけになっていた。
生臭いというか、何ともいえない臭いが鼻につく。
奥には紙おむつのようなものが広げてあった。
「なんか臭わない~?」
「くっさーーい!」
「誰これ。」
「なんの臭いかしらね。」
はあ、はあ、ほおほお。
やりやがったのね。やられたわけね。
構わないわ、だって、私は怪獣だもの。
戦わなくちゃ、いけないのよ。
「洗えば臭いもしないわね。」
外の水道で上履きを洗っていた私は、時間を忘れていることに気づいた。
「まずいわ!」
「おーい!!菊池さん!!!!」
せんせいの声がした、いや、嫌よ。
私はまだ醜い怪獣だもの、せんせいに見られたくないわ。
「水の音、菊池さん!そっちにいるかい!?」
「やめて!来ないで!!せんせい!」
「よかった!まずは無事で!」
せんせいは優しい、でも、でも。
「僕の仕事は生徒のみんなを守ること!だから先生はどれだけ菊池さんが嫌がっても助けに行く。そっちに今行くよ!」
ああ、せんせいに見られちゃうのね。
「わ、わかった。でもこんなの全然かまわないわ。だから、気にしないで?」
「そんなこと、しないさ。」
私、全部話したわ。すっきりなんてしないけど。
「わかった、職員室にこのまま行ってくれるかな。少し待ってて?」
「わかりました。あと、片付けとか、その、えっと。」
「いいんだよ、優希ちゃん。今は。」
「は、はい。」
「で、いままでもこんなことが?」
「ないわ、初めて。」
あるわ、嫌なことをされたことくらい。
「じゃあ、これをやりそうなこの名前、言えるかな。」
「忘れちゃった。」
あの子とあの子とあの子だわ。
「そっか、またあったらいつでも言ってね。先生はゆきちゃんの味方だから。口での信用性はゼロだけどね。」
「どうやって信じたらいいかしら。」
「先生は、先生だから。みんなの味方なんだ。だからほんとはあんまり信じないでね。」
わからないわ。
「わかったわ。」
「高山先生、ちょっとよろしいですか?」
「はい、菊池さん、ちょっと待っててね。」
聞きたくないお話ってあるわよね
「いじめなんて本校から出せませんよ。早く解決してください。」
「し、しかし校長。」
「解決できないのならその子側に何か問題があったとして処理しますよ。」
「そんな!」
酷いわ!なんて言えないわ。これは私がまだ怪獣だから起きたことだもの。
「わ、わかりました。今日の午後の授業予定を変更してもよろしいですか…?」
「構わん。」
「わ、わかりました。」
せんせいごめんなさい。私のせいなのだわ。
「教室、戻れる?」
「もちろんよ、こんなのへっちゃらなんだから。」
「そっか。」
ながーいたいくつな学級会があったわ。
みんながぜんぶしらんぷり、それもそうね。
ほとんどのみんなが知らないのだから。
「わかった、これはほかの先生とかとも話してみるよ。」
「今日はこれで解散にしよう。」
「さようなら。」
せんせいはそさくさと出て行ってしまったし私も帰ろう…?
「なにかしら?」
「コンビニ女!あんたチクったわね?」
「誰それ?」
「あんたのことよ、そんなことより。先生もあんたみたいな問題児嫌いに決まってる。奏多君もそう思うよね!」
きゃんきゃんちゃんは奏多君にまた話しかけた。
「まあ、俺が勉強する時間がお前に奪われたのは確かだ。」
「そう、そんなに勉強しないとまずいの?」
そう返すと奏多君は私の襟首をつかんだ。
「こいつ、閉じ込めて反省させようぜ。」
「あなたも、バカなのね。」
「う、うるさい。俺にみんな従うよな!」
クラスの子たちが頷いた。
そっか。
私が今いるのは体育倉庫よ。
まだ明るいからいいけど、夜は寒いかしら。
怪獣の塒にはちょうどいいわ。
お母さんは今日は帰ってこないだろうし誰も心配しないもの。
いいんじゃないかしら、こんな日もたまには。
嘘よ、嘘だわ。
本当は怖いし悔しいしつらいし泣きたいしでも我慢、我慢よ私。
味方は私だけなのだから。私が私を見失って何になるというの?
できることはいっぱいあるわ、私には。
みんなよりきっと。だからたたかうの。
私は私のヒーローになるのよ。
嘘よ、嘘だわ。
寂しいわ、ママに会いたい、みんなの顔をぶちゃぐちゃにしてやりたい。
奏多君のお父さんに奏多君のさっきの顔を見せてあげたいくらい。
それよりも、なによりも。
せんせいに会いたい。
このまま、私死んじゃうのかしら。
それも悪くないわ、嘘だけどね。
ガチャッツ!!!!!!
「どうだ、反省したか?」
「っ、奏多君かしら。」
「そうだよ。助けに来てやったんだよ。」
「何をいってるの…?」
「お、お前。俺の彼女になれ。」
「やっぱり馬鹿なのね、これは犯罪よ。そんな相手のことを好きになるわけないじゃない。」
「俺が守ってやるぞ。」
「その顔、残念ね。あなたにはもったいないわ。怪獣さん。」
「怪獣…?何言ってるんだお前。というか、お前夜一人でご飯買って食べてるんだろ。俺ならそんな寂しさも埋めてやる。なあ、俺と付き合えよ。」
そういって彼は私の手首を掴んできた。
「姉さんの読んでた漫画でこうやってたんだ。どうだ、嬉しいか?」
「なん、の、ことか、しら!」
必死になって振りほどく。
「あなたなんてごめんよ!どいて!」
「ちっ、まだ反省が足りないみたいだな。」
「なにを、言ってるの!だから、これ以上は犯罪だって、だから。」
私は彼に蹴り飛ばされた。
痛いわ!
「やめて!」
殴られたわ!
何度も、何度も、おなか、ほっぺははたかれたわ!
そして、それで。
「ね、ねえ、やめ、かな、た、くん。」
また、鍵が閉まったわ。
死んじゃうんだわ。
またドアの開く音。
「も、もういいでしょ、あきらめて…。」
「ゆきちゃん!?!?」
「せ、せんせ、い?」
「そうだよ、大丈夫!?」
「大丈夫、じゃないかも。どこが痛いのかもうわからないもの。」
「と、とりあえず。宿直室に運ぶよ!」
あらら、お姫様抱っこなんて…。
「ごめんね。」
そういってせんせいはお腹をめくってきた。
「ひ、ひどい痣だ。」
「せん、せい。私は大丈夫よ、もう大丈夫だから、もう帰るから。」
「ううん、これは駄目だ。駄目なんだ。ほかの先生なら返すかもしれない。でも俺は、俺だけはあきらめたくないんだ。今から一緒に病院に行くよ。一緒に。」
「わ、かったわ。」
「あとお母さんに連絡するけど、いいかい?」
「だ、だめっ!」
「わかった、先に病院に行こう。」
あまりの剣幕についうなづいてしまったわ。
そして、また聞こえたくない話だ。
「そ、そんな病院なんて。もっと穏便に。」
「それで済まなかったらどうするんですか!!」
「わ、わかった。君が責任をもって連れていきなさい。」
「はい!」
せんせいは心配そうな顔でこちらに戻ってきた。
「じゃあ、行こうか。」
タクシーの中では何も話さなかったわ。話す気分じゃなかったし。せんせいはわかっててくれたのね。
病院についてすぐ、看護師さんが毛布をくれたわ。暖かくて気持ちよかった。
「まず、怪我がどうなってるか見るね。」
若そうな女のお医者さんがお腹をペロンと捲った。顔の傷はもう手当てしてもらったわ。
それからお腹に赤ちゃんがいる人に当てる機械みたいなのでお腹の上をぐりぐりされたけどお医者さんの顔が安心してるから大丈夫そうね、ほら。私大丈夫でしょ?
「よし、でも次は親御さんと来てね?」
「はい。」
「よし。あ、先生は少しお話が。」
そういって私は人目のつかない個室に案内されて飴を貰ったわ!
「うーん、イチゴ!」
「いいよ~、イチゴ味ね。」
「あともう一個!」
「うーん、でもこの時間だからなあ。」
「せんせいの分よ!」
「ああ!わかった。じゃあこの桃のやつをあげて?」
「はい!」
そのまま、飴をころころして舐め終わったら眠くなって寝ちゃった。
「んん?」
「起きたかな、おはよう。まだ夜だけどね。」
「せ、せんせい!?あれ私!?」
「あはは、いいんだよ。」
なんだか、私、壊れちゃったのかしら、怪獣でいいのに、じゃないと戦えないのに。
「あのね、あのね。」
「うん。」
「私怖かったわ、怒ってたわ、悔しかったわ、つらかったわ、残念だったわ、しんじゃうとおもったわ、でも、やっぱり、やっぱり。」
「うん、うん。」
「こわかったわ!!!!」
そして、私はわんわん泣き出してしまったの。止められなかったわ、止めたくなかったのだから。
「大丈夫、大丈夫。もうすぐお母さんが迎えに来る。だからもう少し待っててね。」
その言葉を聞いた瞬間、涙はぴたりと枯れたわ。
「だめ!だめよ!だって!」
「おい、ゆき、あんたなにした。」
お母さんが来てしまった。
もう、おしまいだ。
「帰るぞ、ゆき。言ったろ?家にいろって。なあ、学校なんか行くなって。」
お母さんの拳が、私のお腹に刺さったの。
「ぐうえぇ…。」
胃の中の残り少ない水分を全部吐き出したわ。
「ちょっちょっと!菊池さん、なにを!」
「いいの、私が悪かったわ。本当の娘じゃないのに迷惑かけてるのだから。」」
なんてことないわ、いつものことよ。
「ほら、帰るぞ」
そのあと一週間、私はこんぴににもいかせてもらえなかった。
お母さんが料理を作ってくれて凄く不思議な気分になったけど、とても美味しかったわ!
この一週間でママもお母さんもない。ちゃんとお母さんをお母さんって呼べるようになったわ。
ほんとはほんとはずっと、そう呼びたかった。けど、これで解決ね!
せんせいに会えないのは、ちょっぴり寂しいけれど。
「お母さん!いってらっしゃい!」
「おう、いい子でな。」
「うん!」
でも、帰ってくるとこうなっちゃうのね。
たまによ、たまーに。
「おい、今日家から出ようとしたろ。」
「そ、そんなことひてない!ひてない!」
ほっぺを潰しながらお母さんが聞いてくるの。
お母さん、お酒の匂い。
「お前は姉さんの最後の形見なんだ!大切なんだ、なぁ頼むよ、お前だけは、いつも、無事で……。」
そのあとはすんすん泣いちゃうの、私のお母さん、可愛いでしょ?
「だから、今日はこれを買って来たんだ。」
そこにあったのは、銀色のケージ。
「いぬ!?ねこ!?」
嬉しいわ!
「いや、お前の為のだ。」
え?
「嫌!嫌よ!お母さん!私ペットじゃないわ!」
「大丈夫、ここに入っていれば安心だ。もう外は怖くない。」
「お母さんが怖いわ!」
「姉さんの血を引いたお前は!必ずしも人を惹き付ける!なにかあってからじゃ遅いんだ!てか、もう起きただろ!」
ああ、そっか、そうなのね。
お母さんは、ママになりたいんじゃないのね。
ママにまた会いたいのね。
「……いいわ、ここにいる。」
「ほんとか!?あ、ありがとう、ありがとう!!」
せんせい、私、お母さんのヒーローになるわ。
もう、これで満足よ……。