一夜目
「早く行け。」
「わかったわ。」
私が朝話すのはこれだけ。あ、あとはこんぴにのお兄さんにパンと牛乳を貰うときにお話しするかも。
こんぴにはすごい、みんなが好きな物しかない素敵なお店。
看板が上のほうにあるから正しいお店の名前はわからないけど、あれはきっとこう書いてあるのよ。
「欲しいもの屋さん」ってね。
「いたっ」
誰かが肩にぶつかった。
朝、普通は挨拶をするものらしいわ。
学校に着いたらみんなせんせいとするのに不思議よね。
あ、いまの子同じクラスだわ。それだけの子ね。
友達は作らないわ。私には似合わないもの。
「なんで来てるの?昨日来ないでって言ったでしょ!」
「私は言われただけだわ。決めるのは私よ。」
「あたしだけが言ってるわけじゃないわ、あの奏多君もおもってるわ!きっと!」
このぷんぷんおこりんぼうちゃんは何を言ってるんだろうか。昨日どころか何度も私に言ってるけど、あなた以外口に出して言わないわ。きっとこの子周りにいじめられてるのね。かわいそうだけどごめんなさいね、私では何もできないの。許さなくてもいいわ。
「ならほかの子も言ってみれば?」
「はーい、みんなおはよう!席について!!朝の会を始めるよ!」
あ!せんせいだわ!
私せんせいが大好きなの、私の知ってる大人の中で一番大人なの。
凄くおきっくて眼鏡もお似合い。
それにとっても優しい言葉をたくさん知ってるわ!
お母さんもせんせいとお勉強するべきだわ!
ぶっきらぼうなんだから、もっとその胸に秘めた愛を聞かせて?
家に来てたお兄さんのあのセリフ、かっこよかったわ。
「では、この問題を解いてもらいます。菊池さん、お願いします。」
「はい、しーいずべりーはっぴー。です。」
「正解、よくできました」
英語なんてきっと将来私は使わないわ。でも得意よ。みんながわからないから私はみんなよりたくさん
せんせいに褒めてもらえるもの。
あの女の子こっちをみて悔しそうな顔をしてるわねえ。
きっとあの子の思ってた答えとちがったのね。
授業が終わってすぐ、女の子が何人か私の周りに来る。
人気者だわ。
「せんせいにちょっと褒められたからっていい気にならないで。キモイわ!」
「そうよ。」
「きも~。」
かわいそうねこの子たち。キモイ以外の形容詞を知らないのだわ。
「そういうの知ってる、自意識過剰っていうんだろ。」
奏多君が突然横から呟いてきた。
「だから何だというのかしら?」
「いや、別に。ないよりましだろ。」
「そうよね、賢いあなたのそういうところ、好きよ。」
「そういうの、軽く言っちまうとこ、きもいぜ。」
「あら、あなたも使うの?その言葉。」
「思ったら口に出る、それだけ。」
「賢いのはたまになのね。」
またキャンキャンと声がする。
「かなたくんになにいってんの!あんた!さいてい!」
「あっそ、私先生に呼ばれてるから行くわね。」
「ちょっと待ちなさいよ!」
「うるさいわね、きゃんきゃんしか言えないのなら何も言えないのと一緒よ。」
そういって私は荷物をまとめたランドセルを背負い席を立った。
「やだわ、もっとかわいい女の子なのよ私。こんな擦れた女にはなりたくないわ」
「しつれいします。6年3組菊池です。あ、せんせい!」
「うん、来てくれてありがとう菊池さん。こっちきて。」
「もー、優希でいいわっていつも言ってるのに。」
それから、私とせんせいは部屋の中のソファーに座った。
「いいんだ、僕は人のことは丁寧に呼ぶことにしてるだけさ。それでね、今日は少し聞きたいことがるんだ。」
「なにかしら?」
「最近クラスのお友達と仲良くできてないんじゃないかなって。」
「ああ、お友達なんて言わないで。彼らは同じクラスにいるだけだわ。」
「それ、せんせいは少し悲しいな。」
「なんでかしら?」
「僕は、友達を作れる力もすごく大事だと思ってるんだ。」
「そうかしら…」
「そうさ、できることはいっぱいあったほうがいい。怪獣の唄にもあっただろ?」
「私、あれ大好き。」
「僕も大好きさ。」
怪獣の唄というのは、せんせいが四月に教えてくれた詩だ。
みんなは怪獣だ。
きらいなものがいっぱい。
たたかいあいてはみんな正しい。
だからたたかわなきゃいけないんだ。
できることはいっぱいあるといい。
なんでもやってみるといい。
なかまはたくさんいるといい。
そうやって怪獣をやめるんだ。
誰かのヒーローになるんだ。
なれるんだ。
すごく正しいわ、すごくきれいだわ。
だから私はこの詩が大好き。
自由帳に書き写してあるもの。
「せんせいはみんなと仲良くしろって言いたいの?」
「ううん、ちがうよ。」
「ならどうしてほしいの?」
「何かしてほしいんじゃないんだ、困ってたら教えてほしんだ。それがせんせいのお仕事だから。」
「私困ってなんかちっともないわ!」
「ならいいんだ。あ、これお母さんにお手紙渡してくれる?」
「読んでくれるかわからないわよ?」
「いいんだ、まず渡してくれれば。」
「わかった、じゃあね!せんせい!」
「はい、さようなら。」
お母さんが帰ってくる日はいいことがあった日と悪いことがあった日よ。
今日はいいことがあったけど、今日はどうかしら。
よかった、ちゃんとお金はあるわ!これでこんぴにには行けるわね。
「帰ったぞ~。」
「おかえりなさい!」
今日は元気そうね!
「もうねっから、んじゃおやすみ。」
「うん、おやす。待って!」
「あ?んだよ、つかれてんだけど。」
「これ、せんせいからお手紙が。」
「あー!?お前なんかやったのか?」
「わかんない、でもなんにも私はしてない自信があるわ。」
「ならいいんじゃねぇーの?ふーん、あー。忘れてた。」
「へ?」
「いや、お前が気にすることじゃない。悪いな、飯。」
「いいのよ、こんぴに行くのは好きだもの。」
「まーだそう呼んでるのか。コンビニのこと。」
「いいじゃない、こっちのが可愛いわ!」
「子供のこたぁーわからん。ま、おやすみ。」
「うん、おやすみなさい。ママ。」
「おう。」
さて、お母さんも寝ちゃったからしゃっきりしないと!
お巡りさんから逃げるミッション開始よ!
と、思ったのだけど案外今日はすんなりついたわね。
「いらっしゃいませー。」
「……。」
私の心はうきうきだ、けどここはみんなのお店だもの、静かに、ね?
「お願いします。」
「らっしゃいませー。」
お兄さんのちょっと雑な袋の入れ方が好き、私にも他の人にも平等だもの。
「あ、あれ君は確か。」
「は、はい?」
マズいかもしれないわ。
知らない人に声をかけられても普段なら暗い所に逃げればいいわ。
でもここは日向だもの。
「ああ、おじさんは奏多の父です。こんな時間にどうしたのかなって。」
「ああ、お夕飯の材料が足りなくなっちゃって。」
こう答えとけば大丈夫でしょ。
「そっか、お使い偉いね。」
「このくらい大丈夫です!」
「ならいいんだ、あ、この紅茶飲んでよ。おじさんはもうちょっと帰れないから。」
「なんでですか?」
「ああ、奏多が塾終わるのを待ってるんだ。」
「奏多君、受験するの?」
「母さんがな。絶対したほうがいいっていうんだ。あはは、こんな話しても意味ないね。ごめんね、気をつけて帰りなよー。」
「はい、さようなら。」
びっくりしちゃったけどよかったわ。それになんだか変なこと知っちゃった。
どうでもいいのにね。
「た、ただいま。」
「っていっても誰も返事なんてしないのだけれど。」
お母さんは夜のお仕事に行っちゃったもの。
きっとまた沢山お酒を飲むんだわ。
「夕方のママは大好き、でも朝のお母さんは嫌いよ、ちょっぴりね。」
電子レンジなど使わなくとも十分暖かいお弁当をささっと食べてペラペラのお皿を水で軽く洗う。
「こうすると臭わないのよね。」
宿題は学校の暇な時間に終わっているし、もう寝ちゃいましょう。
シャワーを10分測ってだす。お水もただじゃないもの。
「おやす、いいや、寝よ。」