駅 2
授業後の部活も終わる頃には、空には黄昏が堕ちていた。
美鈴は下校し電車の車内で心地良い揺れに身を任せ、浅い眠りに入っていた。
「お前の名前を知っている……お前の名前を知っている……お前の名前を知っている……」
何かの呪文のように繰り返される言葉は威圧的であり、その声はとても深い闇の底から叫ばれているという感じがした。
美鈴はその声を追いかけるように闇の中へと飛び込んだ。
その闇は質量があるように美鈴を押し潰すような圧迫感を与える。
「お前の名前を知っている……お前の名前を知っている……お前の名前を知っている……」
繰り返される言葉に段々と恐怖心が募ってくる。
「誰!? 誰なの!? もう、私に構わないで!」
闇の中から真っ白な指が姿を現した。
そして、そこ指は闇を爪で引っ掻くような不気味な仕草を繰り返した。
「何なの!? 私に構わないで!」
その指は闇の中を蠢きながら美鈴の方へ近づいてくる。
それはまるで、蜘蛛の巣にかかった哀れな獲物を捕食する蜘蛛の様にも見えた。
「来ないで! 来ないで! 来ないでよ!」
美鈴は抗うように身を捩り必死にもがくが、その抵抗は虚しく終わった。
真っ白な指が美鈴の首元を力強く掴んだ。
「お前の名前を知っている!」
美鈴はたまらず悲鳴をあげた。
瞼を開けると、電車の車内で美鈴を見る奇異な目が集中していた。
たまらず、赤面してしまい慌てて開いた扉から下車した。
「今のって“夢“なの!? 凄くリアルだったんだけど……」
美鈴は立ち止まったまま恐怖と混乱の渦が収まるのをひたすらじっと耐えた。
それには、それほと長い時間は必要では無かった。
だが、落ち着いて顔を上げると美鈴は血の気が引く思いをしたのだ。
「偶然にしちゃ……出来過ぎよね……」
慌てて電車から下車したはずであったため、どこの駅であるか確認しなかったのだ。
それなのに、ここはいつも利用する駅であり、あの“名前を呼ばれると……“というネットの投稿にあった心霊現象の駅であった。
「お前の名前を知っていると、確かに言われたんだけど……」
美鈴は夢なのか現実なのか曖昧な境界線に取り残されていた。
重い足取りで自宅まで帰宅すると、洗面所で手洗いを済ませた。
「な、何よ!? 何なのよこれ!?」
鏡に映る自分の首には指で締められたような赤い跡が残っていたのだ。
美鈴は慌てて首についている赤い指跡を消そうと、水で洗ってみたり指で擦ってみたりもしたがそれは消えることはなかった。
突然、洗面所の照明の明かりが不規則に点滅し始めた。
「な、何なの!? もう、いい加減にしてよ」
その言葉と同時に明かりは消えて、洗面所の部屋は闇に包まれた。
静寂が闇を更に深くし、まるで沼地に独り取り残されたようなそんな陰鬱な気分が美鈴を呑みこもうとしていた。
耳元で何かが囁いている声が聞こえる。
その声に意識を集中してみるとそれははっきりとこう言った。
「お前の名前を知っている!」